序幕
年の終わりが迎えられる冬の夜更け。淡く寂れた街で老人は地べたに座って背を屋舎の壁へと預ける。古くほつれかかった着物一枚で過ごしていた。老いぼれには苦行の寒さだろう。彼から吐き出された白い吐息が夜空に舞う。……が、すぐに闇へと消えてしまう。
時間が刻々と過ぎ去って行く中、男は悟った。
“もう日の出を拝まなくて済める”
退屈でありきたりな再演に終幕が訪れた事を。色褪せても夜が似合うこの色街に別れを告げる時が来た。かつては鮮やかだった景色が昔のように思える。否、昔の事だ。
孤独に無駄に時間を過ごして来た。鼓動が徐々に弱くなるに連れて…息苦しくも男は喜ぶ。
「………やっと、話の結末が……見えて来た…」
男は今か今かと待ち遠しく、目尻を下げる。この人生を最期まで見ようと、また白い吐息を吐く。その様に男はある人物を思い浮かべた。
人気のない裏路地で金木犀の香りを漂わせながら朝には篠笛、夜には煙管を吹かす青年の横顔は、今でも脳裏に過ぎる。色欲の街に似合わぬ、伊達な柄などない……無地で鮮やかな着物と羽織を身に纏う姿。……しかし、何故か惹かれしまう。時には揺るぎない眼差し、固く噤まれた口元は音すら漏れることなく、時には冷たく嘲笑的な目遣い、皮肉な笑い口からは毒が吐き出される。そんな男だった。
あの男の存在が、老人の……否、かつて老人が若がりし頃、彼の色街の景色を鮮やかにさせていた。




