第一幕 「小町藤が咲く頃に」②
「──────……どうでしょう?」
「うん、おもんなかったわ」
結弦の一芝居が終わった後、微笑した八月一日の清々しく辛辣な感想が飛び交う。やはり根はしっかりとした噺家の師範だった。
結弦にとって「面白くない」は江戸にいた頃から聞き慣れていた。何度も弟子志願を蹴落とされ、破門を繰り返している。
「何がいけなかったのでしょうか?」
項垂れる結弦の問いに八月一日が口答する。
「……真面目過ぎる所やね」
「真面目…ですか?」
「つまらんって意味や。やっぱ硬いねぇ…表情もぎこちないわ、台本通りに読んでるのが丸分かりやわ……まぁ台本通りなんやろうけど」
言葉の刃が……否、傷だらけの心が塩漬けにされるような痛みが走る。
「……やっぱり、自分にはこの道は相応しくないのでしょうか?」
観念に俯く結弦に、八月一日は呆気に取られた。
「ちゃうで?褒めてるんやど」
「え?」
「真面目の何がアカンの?」
一般的な質問に結弦は一考する。
「噺家は……お客様に噺を聞いて楽しんで貰うためにあるのでは?」
「……楽しむ…ねぇ……?」
八月一日が企むような笑みを浮かべると座布団から立ち上がる。
「結弦くん、ちょいとこっち来ぃ?……」
「え、俺は?」
兄弟子が自分に指差す。
「お前は居残りや」
「は!?そんな殺生な…」
「お前は普通におもろいからええねん」
頓着のない八月一日に今度は兄弟子が項垂れた。
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八月一日の後ろを歩く。案内された場所は大部屋から離れ、屋敷から少し離れた日の当たりが悪く、陰気臭い蔵。しばらく使われていなかったのか、八月一日が戸に手を掛けると土埃が落ちる。
中は暗かったが、目を凝らせばそれは大量に保管されている本──────。
「全部台本や」
八月一日が先に説明する。ざっと数百の台本が蔵の棚で眠っていた。
「凄い……こんなにたくさん...」
好奇心に一冊手に取る。
『移しと隠りの縁』という題名...聞いた事のない噺だ。
「......それ、気になるん?」
八月一日がそっと手を伸ばすと、結弦は応えるように台本を渡す。静寂の間、台本の捲る音が聞こえる。
「せっかくやし、わてが読もうか?」
「え、良いんですか?」
「ええで。せっかく新しい弟子がここへ来たんやもん。師匠として、手本を見せやなアカンやろ?」
そういうと八月一日は脚本を持ったまま奥に進むと狭い座敷に腰掛ける。
「ちょっと陰気臭い寄席やけど、そこは我慢してもろて…」
そして噺は語られる。
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こんな暖かい春爛漫な時期に怪談噺なんて季節外れやと思いますが、これはこの色街では誰もが知っとる有名な「移しと隠りの縁」で……あ、知らん?あぁそうやったな、すまんすまん。
ほな、初めましてぇの人にも説明しますと、この街は昔から夜になると神隠しが起こるらしくて……え?信じとらんの?まぁ他所は大抵そうやろうなぁ……江戸なら尚更。せやけどホンマやねん、悲しい事に。
自分も詳しくは知らんのやけど、神隠しに会うた人に話によると、ここでは黄昏時になるとこの世とあの世の堺が曖昧になるらしくて、知らんうちに生きてる人間があの世へ行ったり、逆に死んだ人がこの世に遊びに来たりっておもろい現象起こるみたいでな?しょっちゅうあるみたいやで、珍しくもないって。
あの世に行って戻って来る事が大概や。気になるんは、あの世には何があるかって話やんな?ここと同じ街があるんやって。鏡写しのようにそっくりな色街でな…ただ違う所を言えば、あの世の者…まぁ幽霊とか妖怪がおるくらいや。そないに恐ろしいとこかって言われたらそうでもないらしくてな、ここと変わらへんって。仲良くして来る奴もおれば、襲って来る奴もおる。運が良ければ一緒に酒を酌み交してくれる事もあんねんって。
えぇなぁ思うたわ。わても行ってみたい思うたけど、何故か…なかなか運に巡まれんくて一度も行った事ないねん。羨ましいなぁ思って聞いた人とそれについて朝まで話したんや。…そんで、別れ際に「今度いつ会えるん?」って聞いたら、その人が「夜しか会われへん」って言うたから、また夜に会おうなって約束したねん。これが「移りと隠りの縁」って話や。よう分かったか?
……え、そんなに怖くない話やった?うーん……確かに怖なかったなぁ(笑)……せやけどな?
実際に経験しとらんからそないな事が言えるんやで?




