第七十五話やっぱり海の幸だよね、山の幸ってなんか地味だし
「おぉ……海だー!」
爽やかな海風が潮の香りを運び、視覚だけでなく鼻腔でも海を感じさせた。
現在は標高が高めの丘の上から海を見下ろしており、水平線が真っ青な海と空を溶け込ませていた。
「海は初めてか?まぁ迷宮都市を中心に活動していたら滅多に来ることもないか」
俺が海にテンション上がっていると、ロミが御者台から声を掛けてきた。
海……初めて……なのか?
最早、薄ぼんやりとした輪郭すら思い出す事が難しい俺の元となった人物の記憶では海へ行った事が残っている。
しかし、俺は初めてだ。
「遠い昔に来た気もするけど、初めてだ!」
なので間を取った内容をロミへ応える。
俺の言葉にロミが頷いた後、レミの方へ向き。
「レミも海は初めてだったな、どこか海鮮の美味い店でも行くか」
ロミが暢気なことを言う、海鮮か……エルフの里山の『森と平原の境』亭のタラの燻製以外では初めてだ。
フェルセブスミー、船と海の傍の街……的な意味らしい。
「あ!それならいい場所知ってますよ〜!フェイ商会の系列なんですが、普通だとシャル金貨が何枚必要か分からないですけど!私がいればなんと無料で入れてしまうわけです!」
ネリーが得意気にフェイ商会の会長のサインが書かれているというカードを見せつける。
金属製のカードは紛失防止の為に、開いている穴から細い鎖を通してネリーの首へぶら下がっている。
そのカードを見て重要事項を忘れずに伝える事にする。
「レストランもいいが、ネリーには先にフェイ商会の支部へ行って死霊術師らしき客がいなかったか調べてもらえるか?この街に潜伏している可能性がある」
念の為調べてもらう必要がある、まだ落とし前もつけてもらっていないのだ、見つけ次第捕縛するか始末するかしなくてはならない。
「それにつきましてもご心配なく!言ったでしょう?フェイ商会の系列のお店だって、貴族や富裕層向けのレストランや宿、お店も含めた複合型施設ですので、この街の支部長さんは基本的にその施設にいる筈です」
ネリーは抜かりなくこれからの行動予定を提案する。
土地勘もあるようで慣れた様子でどの方向へ向かうかをロミへ説明している。
確かフェルセブスミーからエルフの里山は担当だと言っていたことを思い出す。
地図も毎年更新しているらしいので、彼女が1番この街に詳しいだろう。
ネリーの案内でゾロゾロと街の中へ入り、フェイ商会の商業施設へ向かう。
「そういえば!皆さん!せっかく海へ着たんですから、海水浴しませんか!?」
ネリーがいつにも増して興奮している。
海水浴……?中世ルネサンス時代みたいなこの世界にそんな文化あるのか?
「聞いたことがあるな、なんでも水着を着て浅瀬で遊ぶのが貴族に人気だとか」
ロミがネリーの言葉に顎に手を当てて思い出すように言葉にする。
水着まであるの?でもこの世界では石油どころか天然ゴムも使われている事を見たことがないが、どのような物なのだろうか。
「その通り!今王都でも密かに流行りつつあるんですよ!元々海は荒っぽい男達が大波に挑む場所という認識でしたが、現フェイ商会会長がそこに上流階級向けの夏の避暑地としてのブランドを創り上げているんです!今回行く複合施設もそのブランドづくりの一環で建てられたんですよ!」
……またフェイ商会会長か。
しかしそんな悠長なことを言っていていいのだろうか?
「大丈夫なのか?スミーブロクスヘスレではかなり格式高そうな宿を取ったのに、完全に足取りを掴まれて襲撃されたんだぞ?」
俺の問いにはロミが一瞬考える素振りをした。
「否……前の宿は貴族専用だったが、逆に貴族の間では有名な宿だったんだ、それなら株式会社であるフェイ商会の宿の方が安全かもしれない」
ロミが返答するが……株式会社?フェイ商会って株式会社なのか?
俺が困惑していると、ネリーがロミの隣からこちらへ視線を向ける。
「そう!フェイ商会は世界初の株式会社なんです!株式会社というのはですね、株式をお金で買ってもらって会社が資金を集めて、そのお金を元手に会社が商売して利益が出れば所有している株式の量によって利益の一部が還元されるんです!」
ネリーが得意気に株式会社の説明をしてくれる。
……世界初の株式会社……ねぇ……?
株式会社の仕組みも俺の俄な知識と一致している。
「その株式を持つ人……株主というんですが、それがこの大陸どころか海の向こうの貴族にも大量にいるのでそれこそ王族ですらフェイ商会の利益を損なうような真似をしたら、株主のいるあらゆる国から戦争を仕掛けられるとまで言われているんですよ!」
まさかのグローバル企業か……いくら何でもフェイ商会周りだけ明らかに文明レベルがおかしい。
黒死病を治療出来る医師団、新聞社、水着、株式会社……よくぞまぁここまで出来るものだと感心する。
もしかするとフェイ商会自体が地球の知識を持った数百人規模の集団が創った会社なのではないか?と思うレベルだ。
もしかしてネリーへとんでもない権限を与えたのも、『俺』のことをネリーから聞いたから?
俺の出したA3Wのアイテムを一部でも入手できれば、地球の知識と魔法の知識を合わせ持っている者であれば複製が可能かもしれない……そのためにネリーへ極秘で追い掛けるように命令した?
――閑話休題。
「わかった、確かにそれなら拠点にするには良さそうだ」
とりあえずフェイ商会の複合施設とやらに行く事で話が纏まる。
◇◇◇◇
辿り着いたフェイ商会の施設は周りを塀に囲まれた、まるで城のような立派な建物だった。
その建物の裏側には砂浜が広がっており、恐らく海水浴場として利用されているのだろう。
「じゃあ、私が手続きしてきますね!」
ヒラリと軽やかにネリーが御者台から飛び降り、正面玄関と思しき場所へ走って行く。
上流階級向けと言うだけあり、壁なども立派だなと見ているとすぐにネリーは帰ってきて中へ通された。
中は中で明らかに温暖な地域にしか分布していないであろうトロピカルな植物が植えられている中庭等、南国気分を味あわせようとする創意工夫がそこら中に見て取れた。
先ずはアシヌスと馬達を厩舎へ預け、広いロビーに通された。
――レミは足元を確認し、一言「多分踏み抜くから外で待つ」と正面玄関の前で留まった。
「アルファさん以外は同室のスイートルームですよ!残念ながらの部屋を仕切る扉が無いタイプなので、男性のアルファさんは別室に行ってもらうことになりますが……あ!部屋の格としてはスイートルームと同じVIP扱いなのでご心配無く!」
ネリーが残念そうに鍵を渡してくれる。
前の宿の時のスイートルームの一室ですら広かったのに……それと同格なVIPルームに1人って、全く落ち着かなさそう〜。
「そうなのですね……私は別にお部屋が同じでもいいのに……」
お姫様がボケているのか本気で言っているのかよく分からない発言をして残念がっている。
「失礼いたします、ネリー・スー様はどちらでしょうか?」
ロビーで固まっていた俺達に背筋が真っ直ぐ伸びた、老齢に入ろうかという年頃の白髪の紳士が声を掛けてきた。
それを見たネリーが手を上げて、老紳士の前へ出る。
「はい!私です!もしかして支部長さんでしょうか?フェイ新聞社シャル王都支部所属のネリーと申します」
ペコリと頭を下げながら老紳士へ自己紹介する。
その様子を見た老紳士は優しい瞳を向けて、自身も頭を下げる。
「フェイ商会フェルセブスミー支店長のロカと申します。頭をお上げください、会長から信任を受けている方に頭を下げさせた等、リッカ会長に知られたら怒られてしまいます……こちらへどうぞ」
紳士だ……ネリーに頭を上げさせ、俺達をロビーから別室へ案内する。
その別室は上品で、華美ではないが全ての物がかなり高価なのだろうなと思わせた。
それぞれソファへ座るよう案内され、腰掛ける。
「先程受付の者からも話を聞いております、何でも魔晶石か入れ墨用のインクを購入したお客様がいらっしゃらないか確認したいとの事でしたが……どの様なご要件で調べているのかお伺いしても?」
老紳士は先程までの優しい目が嘘のように鋭い眼光でネリーを見る。
そこで口を開こうとしたネリーをロミが押し留める。
「我々の都合で申しわけないのだが、我々を狙っている死霊術師がいる、ソイツがこの街へ来ていないか確認したかったのです」
ロミの説明に老紳士は考える素振りをする。
確か顧客情報はフェイ商会でもトップシークレットらしいので、例え信任手形を持っていようとそう簡単に聞けるものではなかったか?
「その死霊術師は何をしたのですかな?」
「スミーブロクスヘスレからここに来るまでの集落を全てゾンビまみれにして、皆殺しにしていた」
ロミは短い質問に、即答する。
全員クソ野郎の居場所が分かれば、今すぐにでも報いを受けさせたいと思っている、なのでその回答に迷う事は無い。
「……承知いたしました、どうやらこちらで得ている情報とも相違ありませんな」




