第70話ある生臭神父の祈り
「神父様……ここももうすぐ……」
信者の女性が諦観した眼差しを向けてくる。
自身でも醜いと思うでっぷりと脂肪で膨らんだ腹を擦る。
礼拝堂の両開きの扉は、逃げ込めた中でも比較的若い者達が押さえているが……今にも壊れてしまいそうに激しく揺れている。
何が起きたのか未だに分からない、ただいつも通りの1日だった筈だ。
畑を耕す者、山の川へ水を汲みに行く者、もうすぐ本格的な夏がやってくるので夏の祭りの準備をする私を含めた者達もいた。
夏祭りの準備をしていた者達は教会の礼拝堂前の広場で各々が作業をしていた。
税の徴収や祭りの時は街から物を取り寄せたり、役人や商人へ渡す為の作物や現金を神教会の神父である私が代表して集める。
……なのでちょっとちょろまかして教会の運営費――私の生活費――にしたりするために私も祭りの準備を張り切っていた。
祭りの準備には子どもたちも参加して、祭りで行う楽器や踊りの練習をしていた。
異変は突然だった、村の若者が中心地まで走ってきたのを思い出す。
若者は腐った人間が村の者達を襲っていると言い、その若者の話を聞いている間にも、礼拝堂へ逃げて来る者達が大勢やってきた。
そしてその後から、アレがやって来た。
まさに地獄の軍勢……大量の腐った死体がそこかしこから人を襲い始めた。
その恐ろしさは言葉に出来ない。
顔見知りの人々が死体に捕まると、多数の死体が群がり全身を噛まれ不自然な方向に全身を捻じられて死ぬ。
「な……なんだ!?と、とにかく礼拝堂へ!」
理由もわからぬままに広場にいた者達や、逃げて来る者達を礼拝堂へ誘導する。
別に教会の礼拝堂が避難先に指定されているわけではないが、この村で唯一の石を積んだ頑丈な建物だし、何か集会があれば皆がここへやって来る。
逃げて来る者達が殺到しギリギリまで扉を開けて待ったが、すぐ近くまで亡者の群れがやって来て扉に取りつかれそうになる。
慌てて扉を閉めて逃げ込んできた者達と扉を押さえる、鍵が付いてはいるがあの死者の軍勢を相手には全く頼りとならなかった。
そこから只々扉を破られないように押さえ続けている。
どのくらいの時間が経ったのかも分からない。
扉を押さえていた者達の誰かが言った。
「ここはいいから、神父様は神へ祈りをお願いします……我々が神の御元で次の勇者と共にあれるように」
神教会の神――勇者へ聖剣を与え給うた偉大なる方々――は死後にその御元へ人の魂を導き、永遠の安寧を与え、勇者と共に生ける者達を見守ることが出来るという。
……今まで、真面目に祈った事など……祈りで腹は膨れず、神の御慈悲で魔物は倒せない。
それでも神父を続けたのは、ただ生まれた時に神教会に捨てられたから、ただ物覚えがよかったから、ただ金勘定が得意だったから。
ただ――自身の私腹を肥やす事ができる特権階級だったから。
もしこれが神罰であるというのなら、その対象はきっと私だ。
だが……必死でほんの少しの寿命を延ばそうと扉を全力で押さえる者たち、その後、怯える子ども達を見る。
この子達と、村の者達全員を道連れにする事が、私に課せられた罰だと言うのか。
ここで、この期に及んで、心の底からの後悔が私の肥え太った身体を押し潰す。
「神父様、どうか子ども達の為に祈ってあげてください」
礼拝堂にいる者たちでも、いつも子ども達の世話を焼いていた女性から懇願される。
傍目に見れば、きっと私は震え上がり、情けない顔をしているだろう。
「神父様……どうなってるの?外、何が起きてるの?」
「こわいよ、お母さんもお父さんも大丈夫なの?」
「ウワーン!ウワーン!」
「泣かないで、ここなら神様が見守ってくださってるから大丈夫よ」
子ども達は泣き叫ぶ子やそれを宥める子ども、外や両親の事を気にする子……
私への神罰だとするなら、最期くらいは神父らしい事をしよう。
「さぁ……皆、手を繋いで輪になりましょう、怖がらないで……神と先祖はいつも見守ってくれています、これから神の御元へ行く為に皆で祈りましょう……大丈夫、少し住む場所が変わるだけです」
私は努めて優しく微笑みながら、子ども達と手を繋ぐ。
子ども達が手を繋ぎ、輪になる。
年上の子ども達は現在の状況を正しく認識している、幼い子ども達にしっかりと手を握るよう優しく教える。
その子ども達の周りには、既に扉を押さえるスペースも無く、力も無い女性と老人達が悲しげに立つ。
「ねぇ……神父様、なんで笑ってるのに泣いてるの?」
幼い子どもが私の下手くそな偽の微笑みに、無垢な問いを投げかける。
私は最期まで最低で無様な神父だ、こんなに幼い子を不安にさせてしまう。
「ちょっと目にゴミが入っただけだよ、安心して」
普段は人を騙す為によく回る私の舌は、月並みな誤魔化し方しか出てこなかった。
全員が手を繋ぎ、輪になった所で目を閉じる。
「さぁ皆!私の後に復唱して!」
人生で最初で最後の本物の祈りだ、何としても神々へ届いて欲しい。
私の浅ましい邪悪な魂でこの子達を救えるのなら、いくらでも差し出そう。
「光なる世界におわす神々よ、貴方方の御元で我等をお救いください、父なる神よ母なる神よ、この地上に生きる者たちへ御慈悲をお与え下さい」
私の祈りの言葉を輪になった人々は復唱する。
こんな、こんな私の祈りで彼等が少しでも救われるなら全身全霊をかけよう。
「神よ我等は貴方方の下僕也、どうか我等をその庇護の元、勇者となる者の助けとしていただく事を願います」
ドンドンと扉は今にも石造りの蝶番ごと外れてしまいそうだ。
後数分後には歩く死者達に無惨に殺されてしまうだろう。
せめて、最期は子ども達の苦痛が最小限でありますように。
そんな祈りの最中――
「キィィィエエエエッ――!!」
ゾンビのうめき声とは違う、凄まじい喊声が扉の向こうから聞こえてきた。
「イヤアアアアッ――!!」
その声は最早人間のものとは思えぬ程の大音量で、声と共にまるで大雨でも降ったかのように、ボタボタと何かが激しく地面を打つ音が聞こえる。
「ダァアアアアッ――!!」
その余りの獰猛な喊声に、竜が村に降り立って暴れているのかと考える。
しかしそんなことはあり得ない、確かに凄まじい気迫だが、その声は、確かに人の声で、その声が響く程に動く死者達のうめき声が減っていく。
「キエエエエエッ――!!」
喊声が止むまで、ドドドッと豪雨が降り注ぐような音が続き、それが終われば、外は無音になった。
何が、起こっているのか分からない。
先程まですぐに壊れてしまいそうだった扉は、もう誰も押さえていないが、その扉を破ろうとする者はいないようで身動きすることなく立っている。
扉のすぐ傍までガシャガシャと、金属が擦れる音が近付いてくる。
これは……鎧を纏っているのか?
扉の前で気配は立ち止まり、コンコン、と驚く程優しく扉をノックした。
「旅の者だ、襲撃されていたようなので助けに来た、誰か生きている者はいるか?」
先程までの喊声では男か女か判別出来なかったが、落ち着いて話せば女性であることがわかった。
礼拝堂にいる者同士で顔を見合わせ、最終的に神父である私に視線が集中する。
まぁ私が出るのが1番でしょうな、と、扉へ近付く。
「ありがとうございます……今開けますのでお待ちください」
女性へ返答し、一応警戒しながら壊れかけの扉の鍵を外して扉を少しだけ開ける。
そこには青い髪の女性が堂々と立っていた。
その後ろには無数の骸……というより肉片が散らばっている。
その光景を見て扉を開け放つ。
「よかった……生存者がいたか……他に生存者がいそうな場所はあるか?」
その女性の声は竜の咆哮でも地獄からの不死者でもなく、心の底から生きていた者がいた事にホッとした優しい声だった。
……今度からは誠心誠意祈ることにしよう。




