第百十一話雨の日に古傷が痛むのって科学的証拠ないんだって
ドンッドンッとHK416が5.56mm FMJ弾を放ち、標的に命中する。
「今日も精が出るな、アルファ、傷はもうすっかり良さそうだな」ロミが屋敷から出てきて声をかけてくる。
もはやこのやり取りもお決まりだ。
「あぁ、もう殆ど腹も肋骨もむち打ちも問題ない」
目が覚めてから21日……3週間が過ぎていた。
昏睡状態の時も合わせれば28日、流石に身体も動かせるようになってきた。
シスター曰く、肋骨もしっかり繋がったが、まだ柔らかくこれから徐々に固まるらしい。
それでも呼吸するのにも難儀していた時から、十分過ぎる程に動けるようになった。
「アルファ、今夜、晩餐でこれからのことを話し合おう、もう食卓で固形物も食べられるんだろ?」
朝の訓練中にロミが声を掛ける。
「わかった!油物と堅いものは少なめにしてくれよ!」ここ1ヶ月程はインフォメーションデトックス――情報デトックス?――状態で何も話を聞いていないので色々話さなくてはならないだろう。
ロミは俺の返事を聞いて屋敷へ引き返しながら「わかったよ」と返事した。
食っちゃ寝の俺とは違い、ロミは毎日百合騎士団の隊舎へ出勤している。
帰ってくるのも毎日遅い、バリバリと精力的に働いているらしい。
朝の訓練を続ける、上半身……特に肋骨には気を使いながらゆっくり走ったり、数秒間速く走ったりを繰り返す。
やっぱりまだ息切れしてくると痛む、痛むと言ってもちょっと違和感がある程度だが、なんでも治療当初は肋骨が左右合わせて3本綺麗に折れていたそうだ。
肺に骨が刺さらなかったのは幸運だった。
こういった痛みなどの骨折の後遺症は、長期間に渡って残る事が多いようだ。
未だに雨が降りそうになるとドラキュリオに踏み砕かれた右足首が疼く。
そしてしばらく鈍った身体を鍛えなおし、色々している間に、すぐ昼間となり昼食を摂り終えたら、俺宛に来たお手紙を読む。
手紙の内容も検閲された物しか手元に来ないが、どうせ暇なので読む。
ファンレターから切羽詰まった物まで様々あるが、俺が今できることは何もない、祈っとくくらいしとくか……
ファンレターを読んでいると、夕方にシスターがやって来る。
正確には毎日朝と夕方にシスターに診て貰っている。
シスターが俺のコルセット外してグイグイと肋骨や腹を押し込む、結構容赦ない「もう殆ど大丈夫そうですね、痺れたりジクジク痛んだりはしませんか?」力強い触診の後、質問される。
「いえ、もう殆ど痛くないですよ」
俺の言葉に微笑んで首肯する。
「今日と明日、肋骨を固定する治療をすれば治療完了です」シスターの言葉に食い気味に「マジっすか!?」思わず取り乱してしまう。
「そんなに嬉しいなら治療した甲斐がありましたよ」
俺の素っ頓狂な声にクスクスと笑いながら応えてくれる。
……そういえば、聞くタイミングを逸してしまってやっていなかった事がある。
「シスター、俺の名前はアルファ、貴女の名前を教えていただいても?」
マジでいつもシスターさん呼びしかしてなかったので、名前を聞いていなかったのだ。
シスターさんがそういえば、と両手を叩く。
「私の名前はエレスティと申します、お名前を教えずご無礼を……」エレスティさんが残念そうな顔をしたので「いや、いやいや、こっちが聞かなくて申し訳ない」慌てて否定する。
「しかし、1ヶ月で治るものなんですねぇ……肋骨骨折って、流石フェイ商会秘蔵の医療部隊の1人」
俺が何気なく呟くと、エレスティが驚いた顔をする。
普段な優しく微笑んでいるか、真剣な顔で診察をしているかしか見たことがなかったため珍しい。
「なぜ、私がフェイ商会秘蔵と思われたのですか?ただのフェイ商会から派遣された神教会のシスターのことを」え?そこまで気にすることだった?
「えーと、重湯とは別に経口補水液……塩と砂糖を混ぜた飲み物に、痛み止めとして飲んでたの、サリチル酸じゃなくてアスピリンでしょう?」
エレスティは本当に驚いた顔をして口元へ手をやる。
「……失礼しました、少々想定外でしたが……こちらを、フェイ商会のリッカ会長からの密書です、私も内容は知らされておりません……もしアルファ猊下が経口補水液かサリチル酸……アスピリンの元になる原料を知っていたなら渡せと仰せ使っております」
厳重に封蝋のされた封筒を渡してくる。
俺が地球人かどうか慎重に調査していたらしい……そしてアスピリン発言は完全な証拠として捉えたということだろう。
「治療も明日か明後日で終了です、猊下が訓練中すっ転んでまた肋骨が折れたりしなければ……ですが」
驚き顔を微笑みに変えて、診断下す。
やーっと自由の身だ、と思い「お世話になりました!」エレスティへ元気よくお礼をいう。
「フフッ、はい、お疲れ様でした、でもまだ明日もありますからね」
その後、可憐な微笑みを残して彼女は帰っていった。
◇◇◇◇
エレスティが帰った夕方頃、普段より早い時間にロミは帰ってきた。「アルファ、これからのことを話すぞ」そう言われてレミの後ろを付いていき、食堂へ辿り着く。
中にはロミだけではなく、ルミが広い食堂で待っていた。
食堂へ俺が来た瞬間ルミが立ち上がり、俺に礼の姿勢を取る。
……怖っ。
「アルファ、怖がってる所悪いが慣れろ……アルファ猊下、か」俺が狼狽えているのを見たロミが話す。
そうか……俺、勇者猊下なんだよな……ロミとは毎朝会ってたからあんまり気にならなかったが、これが普通になるのか……
「……えーと、大丈夫なので席に付いてください」ルミが着席したのを確認した後、俺も適当な席へ座ろうとすると後ろから襟首を掴まれる。グエッ。
「上座はあっちだ、私の私邸なので最上段は私が座るが2番目の位置はもっと奥だ」なんか今日のロミさん怖い……
俺がその2番目に偉い人の上座の席へ座ると、早速ロミが口を開く。
「アルファ、お前にはシャル王国騎士魔法学院に行ってもらう」
そう、そう?なにその……シンプルな名前。
「これは勇教会でも神教会でもシャル王国でも合意が取れた内容だ、この学校には勇教会の勇者聖下も一時的に通っていたこともある由緒ある学校だ、アルファにはこの学校で、貴族の常識、魔法の常識、戦場の常識……様々なことを学んでもらうぞ」
ロミがこの場にいる全員に聞こえるよう、高らかに俺へ宣言する。
え?なに?急に学園編?
俺が学校〜?
「質問なんだが、その学校へ行く利点って俺にあるのか?」正直あんまりピンときていない、冒険者で旅の心得はあるし、人との会話もできる。コミュ強なのだ俺は。
「利点?利点?利点だとぉ!?」ロミが珍しく怒りも露わに俺に詰め寄る。
「お前!私がお前をお前呼びしてる時点で怒れよ!神教会の勇者なんだぞ!お前は!」そんな事言われたってロミさんにはタメ口くらいでいいじゃんかよ〜。
「さ・ら・に!テーブルマナーも酷い!食器が使えないんじゃなくて、コース料理のカトラリーに全部同じ物を使う奴があるか!というか!切りにくかったら青銅製の自分のナイフを懐から出す!」「それは……切り辛い肉をグチャグチャにするよりはマシかと思って……」「黙れ!」彼女剣幕に俺の言い訳にもならない言い訳は却下された。
「後、お前宛の手紙を1通ずつ全部読んでるらしいじゃないか、メイドや小間使い達の間で有名だぞ、手紙を読んではちゃんと祈ってくれている高潔な勇者だと!」
「いや、それはいいことじゃ……」「お前に手紙を出せなかった者は祈りを上げて貰う権利すらないということか!?」
ムムム……コレは言い返せない。
「ハァハァ……と、いうわけで勇教会の勇者……勇勇者のマナーにも詳しいシャル王国騎士魔法学校でマナーと貴人の常識を叩き込む為に入学が決まった」
「は……はいィ」もうロミの勢いに抵抗は無駄と全面降伏した。




