第八十四話行くも引くも動くに違いはない
「なんでアンタにウチの魅了が効かんかったんかは分からんけど、お仲間を連れてたのが裏目に出たね!」
自信満々の声が聞こえる。
その声は確かに美しく妖艶なのだが……なんというか、先程までとキャラが違う。
こっちが素なのだろうか。
今の俺はベルトにM18拳銃、手錠、催涙スプレー、ペッパーボール、トランシーバ、スタングレネード1つ、投げ捨てたテーザーガン……
インベントリにはスモークグレネードとフラググレネードが入っている、急いでスモークグレネードをインベントリから取り出して投げる。
3つ連続して投げて、広範囲に視界を塞ぐ。
「うわっ!毒!?あ痛たー!」
俺の投げたスモークグレネードにびっくりして、『恋獄』が慌てて逃げようとして転んだらしい。
岩場なので相当痛いだろう。
しかし今問題なのは、ルミの視界だ。
彼女は今、左目で使い魔からの空中視点を見て、右目でスコープでこちらを狙っていることだろう。
ルミがAWMを使う時に提案した、スポッター無しでも長距離を狙撃できる技術!
アイツの使い魔は風速気温湿度どころか、魔力の残滓だとかいう俺には理解できない物まで見えるらしい。
このスモークグレネードの煙幕もどれだけ効果があるか……
だがルミを撃つわけにはいけないので、こちらの勝ち筋は『恋獄』を人質にしつつAWMから直接狙えない位置へ移動して"魅了"を解除させること!
人質にしただけではルミの腕なら、はみ出した俺の頭だけを吹き飛ばすなんて朝飯前だろう。
スモークグレネードの煙で視界が塞がれている内に大急ぎで購入画面でガスマスクを買う。
インベントリからフラググレネードとガスマスクを取り出して身につける。
急いで煙の中へ走り出し、予め付けていたペッパーボール銃を抜く。
ペッパーボール銃――その名のそのまま、胡椒などの催涙物質が固められたボールを飛ばす非致死性武器、当たれば一面が胡椒だらけになるが強力に相手を制圧できる。
『恋獄』がずっこけたであろう場所まで猛スピードで走る。
煙で視界が殆どないが贅沢は言っていられない、この煙がある内に『恋獄』を捕まえなければ確実に死ぬ。
幸い岩場だった事と、お洒落な靴を履いていたお陰で煙の中をロクに移動できず、すぐにペッパーボールを乱射して取り押さえる。
「グエー!!くじゅん!!ごほごほごほ!助けて!ゴボゴボ!」
『恋獄』の首根っこを抑えて確保する。
すぐさま無線連絡を行う。
「アルファからイエローへ!今俺は自爆用の爆弾を持っている!俺が死ぬか、俺が起爆すれば『恋獄』ごとバラバラのミンチになるぞ!」
『恋獄』にもインベントリから取り出しておいた、ピンを抜いたフラググレネードを見せつける。
「ゴホゴホ!!わーわー!中止!攻撃中止!ヘックション!!」
『恋獄』が慌ててルミへ攻撃中止を命令する。
手古摺らせやがってコイツ。
「うつ伏せになれ!それで両手を背中で祈るように合わせろ!」
立っている『恋獄』へフラググレネードを見せながら指示する。
「ちょっと!レディなんだからもっと丁重に扱いなさいよ!」
なんだ?コイツを掴んでいる腕が痺れる感じというかなんというか、魅了の魔法か?
「お願いだ!触れた部分に惑わされるな!」
お願いを使うとすぐにその妙な感覚は消え失せて、取り押さえる力を強める。
手榴弾を握ったまま手錠を片手で掛けるのには苦労したが、なんとか拘束する。
「オラッ!立て!お前には聞かなきゃならないことが沢山あるんだからな!」
俺の腕を後ろ手に組まれて手錠のされた、恋獄の左腕で組んで立ち上がらせる。
「……貴方……ウチと触れてて平気なん?」
取り押さえるて立ち上がらせると意外にも抵抗する様子を見せずに、素直に指示に従って歩く。
何なんだコイツは?ガスマスクを外す。
「触られんのが嫌なら自分でキビキビ歩けよ!」
とは言うものの、足場は海岸の岩場であり、さらに彼女の靴はヒールのようなお洒落な物で、明らかに岩場を歩くのには適していない。
なので補助しながらゆっくり歩くが――
「オイ、確か死霊術師……『恐美』とか言ったか?それってお前の仲間だよな?」
海岸から街方向へ行こうとしていると、いくつかの小屋から人影が出てくる。
本当に海岸の端に位置するので、建物といえば物置程度の小さな小屋がいくつかあるだけだ。
人影の正体は――
「自爆用のゾンビだぞ!アイツらは!?どうなってる!?こっちに向かってくる!」
手榴弾を持ったままでは戦えない!
すぐにゾンビ達へ手榴弾を投擲して、恋獄の組んでいる腕を引いて伏せる。
ボンッ!ボンッ!ボンッ!と俺の投げた手榴弾の破裂した音と自爆ゾンビの爆発する音が連続して鳴る。
伏せた時に恋獄を庇うように覆い被さる形となったが、この体勢でなければ武器が使えない。
その覆い被さった状態のまま、M18拳銃を抜いて自爆ゾンビを優先的に撃つ。
「そんな、こんなに密着するなんて……」
恋獄がブツブツ言っていたが聞いている暇は無い!
「今すぐにルミ……もう1人の奴の魅了を解除しろ!いや!解除しなくてもいいから俺と連携するように命令してくれ!自爆ゾンビだけじゃない!海からもゾンビが上がってくるぞ!」
M18を連射しながら恋獄へ、最早懇願する。
ヤバいヤバいヤバい!海の中からどんどんゾンビが来るし、地上側の建物からは自爆ゾンビが出てくる!
俺の言葉に、ハッとした様子で恋獄が叫ぶ。
「意識を取り戻して!この人と協力してゾンビを倒してウチを助けて!!」
その命令が効いたのか、トランシーバのイヤホンからザッと雑音がする。
「――ザッ――イエローからアルファへ、ワタクシどうしてましたの?記憶が混濁して……」
「アルファからイエローへ!それは後!今は俺と女のいる海岸にゾンビが群がって来てる!自爆ゾンビの処理を頼む!送れ!」
俺が送った指示が伝わったのか、すぐに自爆ゾンビへ狙撃され、爆発が連続する。
「――ザッ――イエローからアルファへ、ロジャー!使い魔の情報では海からどんどんゾンビが出てきてますわ!早く街へ退避してくださいまし!以上!――ザッ――」
助かる!自爆ゾンビはどうやら海の中にはいないらしく、海岸に近い建物から数体がまばらに出てくるだけなのでルミの援護があればなんとかなる!
「よし!行くぞ!いくら何でもあんなに自爆ゾンビを送って来てるんだ!お前ごと俺を殺す気なんだよ!立って!」
腕を引っ張って立たせるが、元々あまり岩場を歩くのに適していない靴だった為、歩みは遅い。
ええい!遅すぎる!
M18をホルスターへ仕舞い、恋獄の手錠を片方外してやる。
膝裏と背中へ腕を通して抱き上げ、所謂お姫様抱っこ状態にする。
「ひゃ!」
急に抱き上げられたことに驚いた声を上げる。
「落ちねえようにちゃんと捕まっとけよ!」
恋獄が反射的に落ちないよう首元へ手を回して捕まったので急いで走る。
「――ザッ――イエローからアルファへ、そのまま街を経由して、フェイ商会まで行ってくださいまし!一部分だけじゃない!あらゆる海中からすごい数のゾンビが這い出てきていますわ!送れ!――ザッ――」
ゾンビの隠し場所!海の底に沈めていやがったのか!
「アルファからイエローへ、ロジャー!フェイ商会にはレミがいるが安否確認出来るか?送れ」
「――ザッ――イエローからアルファへ、ロジャー、フェイ商会は無事ですわ、警備の兵と思しき者達が次々にゾンビを掃討していますわ、送れ」
その言葉に安堵する、はぐれた仲間と2度と会えないなんてことは、もうこりごりだ。
だが、この状況……同時多発的に魔物ががそこら中から現れ、街すべてが阿鼻叫喚と化す……これじゃあまるで、迷宮都市のあの日じゃないか――!




