第八十三話大将!いつものちょうだい!
ガタン、と正面扉が開かれ、全身をトーガのような布で顔すら見せないよう纏った小柄な者が店内に入ってくる。
「ごきげんよう、注文の物は揃っていまして?」
その甘い声色は、耳を溶かすかのような妖艶な雰囲気を感じる。
「はいお客様、ご用意してございます。奥から持ってきますの手間少々お待ちください」
彼女の言う通り、先週から準備していた物品を奥の倉庫から取り出す。
インク、針、魔晶石……依頼されていた物を1つずつ確認する。
商品を準備してお客様の前へ戻る。
「こちらで全てでございます」
商品を見ると彼女は満足したように、代金の入った袋を机へ置く。
中身を確認すれば、約束通りの金貨が納められていた。
「ありがとう、確かにいただきましたわ、次に必要になったらまたお願いさせていただきますわ」
その言葉に深々と頭を下げる。
「ご用命いただければ、可能な限り取り寄せいたします、またのご来店をお待ちしております」
私の言葉を聞いた彼女は商品を手持ちの鞄へ詰めて、店から出ていった。
フェイ商会支店長の私に出来るのはここまでだ。
後は彼等の力に頼るほかない。
◆◆◆◆
「アルファからイエローへ、ターゲットが店を出た、追跡を開始する、送れ」
「――ザッ――イエローからアルファへ、ロジャー、こちらもターゲットを確認しましたわ、射程範囲内から出る際は報告しますわ、以上――ザッ――」
装着したイヤホンからトランシーバの雑音と共にルミの声が聞こえる。
ルミに負担が掛かっているとは思ったが、彼女にはさらにトランシーバの基本的な使い方も覚えてもらった。
本当はロミとレミにも使ってもらおうとしたが……まぁ適性というものがある。
しかし複雑な物嫌いのロミはともかく、レミは触るだけでどんどん握り潰したり外れちゃいけない部品を外してしまったり……本人曰くなんか触ったことの無い感触で力加減が分からないとのことで……
ネリーは興味を持ってくれたが……彼女に渡して良いものか悩んでしまった……無論掛け替えのない仲間だと思ってはいるのだが、彼女へ渡す事は=リッカ・フェイへ渡す事だ……それが吉と出るか凶と出るか……俺にはまだ判断できなかったのでトランシーバを渡せなかった。
そんな事を考えながら、ちゃんと尾行を開始する。
どうやら目標は人混みを避けて裏通りを行くらしい。
現在、庶民的な服装をしているが、上着を大きめな物にしてその下にNIJ規格Ⅱの防弾防刃チョッキを着ており、ズボンに上着は入れず、各種装備を着けたベルトを隠している。
スタスタと迷いなく歩いていく女を見失わない距離で尾行する。
ルミは海まで下りの丘になっていて大体の街を広く監視できる位置にいる。
しばらく尾行を続けていると――
「――ザッ――イエローからアルファへ、このまま尾行すると、完全に人のいない行き止まりの区域になってしまいますわ、途中で身を隠してくださいまし、送れ――ザッ――」
ルミの言葉に脳内で地図――A3Wのユーザーインターフェースの地図……迷宮都市以来めちゃくちゃ久しぶりだ――を開いて位置を確認する。
確かにこのまま行けば先は何もない、倉庫もなければ港も無い、ただの岩場だ。
「アルファからイエローへ、ネガティブ、コイツは多分拓けた場所で記憶を操作するような魔法を使う気だ、それならそのまま俺の対策で無力化して確保する。送れ」
誰もいないなら逆にちょうどいい、ルミの言葉を否定してこの場で確保してしまうことを伝える。
岩場で街の隅っこということは、向こうも逃げ場がない筈、ここで確保できれば死霊術師への大きな手掛かりとなる。
「――ザッ――……イエローからアルファへ、ロジャー、ですがアルファに危機が迫ったと判断したら発砲しますわ。以上――ザッ――」
ルミは無線の使い方も、完璧だな。
でもやはり1週間に満たない期間で無線とライフルのスコープの取り扱い、1000メートル級の狙撃等々……思い切り詰め込み過ぎているが彼女は文句1つ言わない。
そして人の作った建造物が無くなり、その先には海しかない場所まで移動した女が振り返る。
「あら……ストーカーがいるのはわかっていましたけれど、ここまで堂々と姿を見せるとは思ってなかったわ」
その声は妖艶な雰囲気を纏わせ、全身を布で包むような服を着ているが、その上からでもわかるほど抜群のスタイルを持った女だった。
「テメェと違ってやましいことが無くて隠れる意味がねーからな、両手を見せろ!後ろを向いて跪け!」
ホルスターからM18拳銃を抜いて女へ向ける。
出来れば生きて捕まえたいので、ベルトへ付けている他の非致死性の武器も使うことを念頭に置いておく。
「アラ?鉄砲?もう少し立派なモノを期待していたのだけれど……」
ドンッドンッ!と2発空へ向けて威嚇射撃する。
その後、すぐに女を狙う。
「連発式だ、当たったら痛いじゃすまないから、素直に捕虜になって死霊術師の居場所を吐いたほうが身のためだ」
俺の言葉に女がこちらを向き、顔を隠していたフード部分を外し、こちらへ視線を向ける。
小さな角の生えたブラウンの髪と目が輝く。
目を逸らそうとするが、なぜかその輝くブラウンの目から目を離せない。
「私は六魔人、人類の敵対者の1人、人を恋の獄房へ堕とす者『恋獄』|まぁすぐにお忘れになってしまわれるでしょうが、お見知りおきを」
女が名乗る……六魔人?人類の敵対者?その6人の内の1人『恋獄』がコイツってことか。
じゃあ死霊術師も六魔人の1人ってことか?
――人類に敵対する6人の魔人がどーたら、恐るべき美の魔人『恐美』がどーたらこーたら――
レミの奴!めちゃくちゃ重要情報じゃねーか!?
「それでは、私を追う皆様には少しだけ記憶をなくして帰っていただきますわ……魅了!」
魔法の言葉と共に放たれた魔法により、意識が溶ける……甘い声と……妖艶な目で見られると何でも言うことを聞いてしまいたい。
やっぱり精神へ働きかける魔法!
――だが、この感じは……迷宮都市でのドッペルゲンガーの時に経験済みだ。
「お願いだ!惑わされるな!」
首からかけていた神涙石を強く握り、女の魔法へ対抗する。
即座に自我を取り戻し、頭が冷静になる。
やっぱりコイツの精神支配はお願い程の効力は無い!
「アルファよりイエロー!対象は生け捕りにする!送れ」
魔法が効かないならばと、ルミへ報告を入れながらすぐに走り出し、M18をホルスターに納める。
「うえっ!?効いてないの!?」
女が素っ頓狂な声を上げる。
M18拳銃の代わりに、テーザーガンを取り出す。
コイツはここで生け捕りにする!
女が何か別の魔法を使う前にテーザーガンを発砲する。
テーザーガン――アメリカのアクソン社が販売しているスタンガン、その一番の特徴は電流の流れたワイヤー付きの小さな矢を発射することで、離れた位置からスタンガンの電流を流す事ができる。
A3W中では正確な型番までは分からないが、恐らくTASER 7というモデルだろうと言われている。
これは電極を2本発射して電流を流すモデルでアメリカ警察等でメインに使われることの多いモデルである。
問題は1発しかすぐに撃てないのと、射程距離は精々10メートル程度であることだが、目標が1人であれば低致死性の武器としてはかなり強力かつ使いやすい武器だ。
「いぃ――!?あ痛たた!」
肌に刺さった電極から強力な電気が流れ、ガクンッと倒れて動けなくなる。
そのまま覆い被さりうつ伏せに寝かせようとする。
「うつ伏せになれ!両手を背中に回せ!」
バチバチと電気が流れる音がする。
腕を掴んで、手錠をかけようとする。
「ひいいん!お助け〜!なんとかして〜!」
この期に及んで命乞い……にしては妙だ。
なんとかして?……誰に?……って?!
即座にその言葉の意味を理解し、テーザーを投げ捨てて、倒れていた女から離れて岩場の陰へ隠れる。
パカーンと一瞬前に頭があった場所の岩肌に弾丸が当たった音がして、遅れて銃声が届く。
ズドオオォーーーォン……
この銃声、やっぱり.338ラプアマグナム!
しまった、もしもの時の為にルミにも来てもらったのが完全に裏目に出た。
「マジ痛ったぁ……何か刺さってるし……最悪……でも!はっはっはー!ウチの魅了は見ていた者が全て対象なんよ!そんじょそこらの催眠術と一緒にせんといてね!アンタみたいなウチの魅力が分からん石ころ以下のヤツも偶におるけど、アンタのお仲間さんは真っ当な審美眼をもっとったらしいわね!」
あの女、俺が狙撃されて身動き取れない間に好き放題言う。
っていうか、さっきまでと全然キャラが違うじゃねーかよ!
ルミから直線距離では500メートルは離れていない筈……AWMを持った彼女なら一撃で殺られてしまう。
多分この岩場から少しでも動けばやられる……
ズドン!――とAWMの物ではない小さな大砲のような音が遠くから聞こえ、空を見れば、何度か見せてもらった布と針金の鳥が宙を舞っていた。
拙い、ルミの使い魔!今の彼女に死角はない。
クソったれ……ここから一手でもしくじればルミに殺される。




