第62話 陰木紬季の正体②
本屋に現れた敵は3体で、唯一と思しき出入り口を塞いだ。連中は武装はしておらず、制服やエプロンを身につけるだけだった。
「どうするワタル。全員を吹っ飛ばすか?」
凜花の手には、いつものショットガンがある。ガシャリという重たい音とともに、弾が装填された。
「まて、状況を見極めてからだ」
そもそもコイツらは人なのか。まばたきもせず、無表情にこちらを凝視している。動きもぎこちなく、腕を垂らすか、胴体を揺さぶるなどするという、不自然な歩き方だ。そして凜花の銃を目の当たりにしても怯まず、一歩一歩、着実に迫りくる。
人ではない。そう判断した。
「やるぞ凜花、一気に制圧する!」
「よし来た! 食らえ!」
凜花のショットガンが轟音とともに火を吹いた。それで花屋の店員が、積み上げられた本とともに吹っ飛ばされていく。
オレも警棒を引き抜いて、正面の敵に叩きつけた。相手の右腕がへし折れた。しかし残った左腕か鋭く突き出された。
「危ないッ!」
指先を伸ばしての突きだ。咄嗟に首を曲げてかわす。頬が僅かに熱くなった。薄皮でも切られたようだった。
「ワタル、こいつら面倒だぞ!」
「そのようだな。恐怖も、そして痛覚もないらしい」
「マネキンみてぇだと思ったら、どうやら正解だったらしいな」
凜花に撃たれた敵は、左半身を吹き飛ばされても立ち上がった。血を流す代わりに無機質な破片がこぼれ落ちた。
オレが叩いた敵も、片腕をダラリと下げつつも交戦の意思を保っていた。
「いっそのこと、バラバラにする以外に無いか……あっ!」
「どうしたワタル。何かあったか?」
廃墟で見かけたマネキンも、胴を砕かれた形で倒されていた。つまり何者かが、オレたちのように交戦した跡だったのだろう。
それがヒントになるかは、賭けのようなものだった。
「凜花、腹を狙え! 盛大に撃ち抜いてやるんだ」
「任せときな!」
凜花が腰だめに構えて撃った。半壊状態だった敵は、腹を撃たれると、その身体は2つに分かれた。下半身は膝を折って倒れ、上半身も無表情のまま腕を激しくふるった。しかし、それだけだった。
「攻略法はこれだったようだな。いける!」
オレは警棒を戦鎚に変化させ、真横に殴りつけた。敵は紙切れのように吹き飛びつつ、胴体から真っ二つに割れた。やはり血しぶきなどはなく、繊維質な煙が巻き上がっただけだった。
「こいつら、店番をやってた奴らだよな。つまりは、客も店員もマネキンだったって事になるが……」
「ワタル、考察なんて後回しだろ!」
凜花の銃がもう一度火を吹いた。それで最後の1体も吹き飛び、煙を吐きつつも動かなくなった。
これで目下の敵は全て撃退したことになる。
「チェックメイトだ、陰木。降参して衣織を解放するのなら、これくらいで勘弁してやる」
戦鎚を陰木に向けながらの最後通牒。しかし、陰木は何ら怯むことなく、むしろ嘲笑うようにアゴを持ち上げた。
「あ〜〜あ、やっぱり雑魚じゃだめね。ソイツらにはそこそこアニマを使ってやったけど、ここまで弱いんじゃ考えものね」
「聞いてるのか陰木。同じセリフを2度も吐かせるな」
「やっぱ真打ちに出てもらおうかしらね。無駄に損害出したくないし」
「あくまでも衣織を手放さないつもりか。だったら痛い目をみてもらうぞ」
「パパ、ママ、お願〜〜い」
陰木が呼びかけた瞬間、本屋の壁が一部だけ吹き飛んだ。穿たれた穴からは、スーツ姿の大男が現れた。身の丈2メートルにも迫るほどの巨体だ。床が揺れるほどの足音を鳴らしつつ、陰木を庇うようにして身構えた。
「なんだよこの馬鹿デカいの! これもマネキンなのか!?」
「まだだ凜花。もう1体来るぞ」
続けて現れたのは女型で、小柄なタイプだった。花がらのワンピースとパンプスという、ありふれた装いだ。しかし、左腕にくくりつけられたクロスボウが異様で、通常のものより大きく見えた。
女型の方もやはり陰木の支配下にある。オレ達に無味乾燥な瞳を向けつつ、クロスボウに矢をつがえた。
「パパ、ママ、遠慮しないで良いよ。殺しちゃって良いから。いやむしろ殺しといて」
その言葉に、女型が先に反応した。膝立ちになってクロスボウを構えた。射線はオレから外れているように見えた。
「凜花、飛べ!」
オレたちが横跳びに転がった瞬間、壁に矢が立て続けに突き立った。計5本。その威力は、壁に長い亀裂が走るほどに強力だった。
「ひょっとして連射式か? だが装填に時間がかかりそう――」
「ワタル! でけぇのがそっちに行ったぞ!」
男型の方が、頭を低くして突進してきた。まるで雄牛の突撃だ。
持ち上げた戦鎚を相手の頭目掛けて振り下ろす。が、柄の部分を上手くいなされた。そして放たれた回し蹴り。動きは見えた。しかし防御までは間に合わなかった。
「グハッ……!」
脇腹にめり込む足。オレはそのまま蹴り飛ばされ、窓を突き破って通りの上を転がった。息がうまく吸えず、眼の前には星がチカチカと舞った。
「大丈夫かワタル!」
凜花が駆け寄って抱き起こした。その頃にはどうにか呼吸も元通りになった。
「心配するな。まだやれる」
「そうかい。まぁ、それは敵さんも同じみてぇだが」
男型が、破られた窓を潜って通りに出た。女型の方も装填が終わったらしく、静かにこちらへと歩みだした。
手強い。何か作戦を練らなければ、こちらが制圧されかねない。しかしどうやって考えろというのか。敵は今も攻撃の機を窺っており、いつ攻め寄せてきてもおかしくはなかった。
そんな一触即発の事態の中、不意にあらぬ方から大声が響き渡った。
「陰木さん! もうこんなこと止めてください!」
衣織だ。彼女は陰木に向かって両手を突き出して身構えた。決死とも思える形相だ。
しかし、陰木は退屈そうに答えるだけだった。
「なによ。もうちょっとだけ待ってて。すぐに終わるから」
「私だって戦えます! その気になれば、首の骨を折ることだって出来るんです! でも、それはやりたくない。だってアナタは――」
「うるさいわね」
陰木は話の途中でアニマを使用した。それで本棚のスチール板がグニャリと曲がり、衣織の身体に巻き付いた。それで衣織は自由を奪われてしまった。
「はい、良い子で待ってる。そしたらご褒美あげますからね〜〜」
事態は明らかに悪化した。こうなっては衣織を解放するには、陰木に拘束を解かせるか、アニマが枯渇するまで戦うしかない。チョーカーだけでも厄介だと言うのに。
「そして厄介と言えば、この2体のマネキンも……」
「ワタル! やべぇぞ! 他にも敵が来てやがる!」
「何!?」
敵は正面だけではなかった。通りに、そして屋根の上に複数体のマネキンが集結していた。まさに袋のネズミ。状況は一挙に最悪の事態に陥ってしまった。
「アッハッハ! チェックメイトはどっちの事かしらね? 無駄な抵抗をしなかったら、楽に殺してあげるわよ?」
「やべぇよワタル……どうすんだよこの状況!」
無理やり戦っても負ける。正面の2体を相手するうちに、他の敵に横腹を突かれるからだ。だからと言って逃げられない。包囲は完璧で、無事に抜けられるとは思えなかった。
戦えない。逃げられない。ならば、策は1つだけだった。
「だったら守ればいいだろ!」
オレは声を荒げては、両手を地面に向けた。キレイに整地されたアスファルトを代償に、大きなドーム状の建物のを構築した。オレと凜花は、瞬く間に密閉空間によって守られた。
「すっげぇ……。こんな建物を一瞬で造っちまうなんて。ワタルも強くなってんだなぁ」
「安心するのはまだ早いぞ。これしきの事で、陰木たちが諦めるとは思えない」
その見込は正しかった。外側からドームを叩く音がする。そして時おり強い振動が響き、建物全体が揺さぶられた。やはり男型の攻撃力だけ桁外れだった。
「どうすんだよワタル。敵が諦めるまで籠城すんのか?」
「そこまで粘るつもりはない。長々とひきこもってるうちに酸素が切れる」
「言われてみれば、空気穴がどこにもねぇぞ!?」
「さらに言えば、一部分だけ脆くしてある」
「いやもう訳わかんねぇ。脆くしてどうすんだよ!」
「誘導だ。守りを破れそうな箇所があったら、敵も殺到するだろ。そこを叩く」
すると左手の方から激しい振動があった。まもなく亀裂が入り、敵の攻撃も激烈になってゆく。
オレはアニマの大部分を吐き出して、強力な武器をこしらえた。あとはタイミングを見計らって浴びせるだけだ。
やがて壁の一部が崩れた落ちた。穴の向こう側には、男型含めて数体のマネキンが集まっていた。
「よし、今だ!」
準備したのは1門のカノン砲。いつでも発射できる状態だった。
「これでも食らえ!」
爆発とともにドーム内を熱気が駆け抜けた。
そうして射出された砲弾は凄まじい威力だった。瞬く間に2体のマネキンを粉砕、遠くの店舗まで一直線に飛んで、その壁を突き破った。
射線上には今も男型のマネキンが居る。コイツを倒せたなら、戦局も大きく好転するはずだ。
「2射目だ! 食らえッ!」
爆風が今にも駆け巡ろうとした瞬間、不意に女の悲鳴が響き渡った。
「ダメーーッ!!」
すると射線上に陰木が姿を現した。男型のマネキンを庇う位置だ。だがもう砲撃は止められない。無情にも砲弾は轟音とともに正面に飛んでいった。
「何してる! 避けろ!」
オレが怒鳴った瞬間、陰木は逃げるどころか、その場に踏みとどまった。そして両手を前に突き出した。
するとどうだ。砲弾は物理法則を無視して、宙空で静止した。陰木がアニマをフル活用して抵抗しているのだ。
「うぐ、うぐぐ……! 許さないから。パパに酷いことするなんて……!」
陰木は青筋を立てながら必死に抗った。やがて瞳からは、涙のような流血がこぼれだし、口の端からも血が流れた。アニマは不可能を可能にするといっても、条理を違えるほどに反動は大きい。その負担を思うと、敵とは言えど心に刺さるものがあった。
「んぐぐぐ……この……この野郎ーー!」
陰木が両腕を大きく横に振った。すると砲弾は向きを大きく変えて飛び、陰木を避けて遠くの壁を撃ち抜いた。
「はぁ、はぁ、パパに、悪さしないで……」
そう呟くなり、陰木は膝をついて倒れた。気を失ったのか、身じろぎ1つ見せない。膨大なアニマを消費した反動だと思った。
「気絶したのか。それほどにまで、なぜマネキンを守った……?」
「おいワタル! 街の様子が!」
どうやら陰木のゾーンが効力を失いつつあるらしい。美麗な景観を誇ったA番街は、その端から本来の姿を取り戻してゆく。レンガ作りの屋根は激しく崩れ、磨き抜かれた窓ガラスは粉々に割れてと、今や見慣れた廃墟に変貌した。
「マネキン達も動かない……か」
陰木が倒れると同時に、敵も全てが無力化した。両手足を投げ出して、その場に転がされてしまう。こうなれば最早、脅威でも何でもなかった。
「そうだ。衣織はどうなった?」
「私なら無事です、ワタルさん!」
オレたちがドームから出ると、衣織が迎えてくれた。身体を拘束するスチール板は剥がれたが、首元のチョーカーはまだ健在だった。それが外れるのも時間の問題だろう。
「さて、これからどうする? 念の為、陰木を縛り付けておいて――」
オレは台詞途中だったが、機械音声が割り込んできた。それはスマホからで、想定しなかった言葉が辺りに響いた。
――サイコダイブが可能になりました。カゲキツムギのディープゾーンに潜りますか?
オレ達は思わず顔を見合わせた。そして、たいして考える事もなく返答してしまった。
ディープゾーンの中に潜る、と。




