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第45話 ロイヤルクラン潜入作戦

 地下駐車場から先は殺風景な階段だった。段差を踏みしめるたび足音が響いてしまい、気配を殺すのに苦労させられた。



「さてと、人質の皆はどこだろうなぁ?」


「しらみ潰しに探すか、あるいは誰かしら捕まえて口を割らせるかだ」



 早河だけでなく、細矢も内部までは詳しくないらしい。だとするとオレのスマホが役に立ちそうだ。



「みんな、これを見てくれ。マップを閲覧できるんだが」


「おい待て、スマホが動くってマジかよ?」


「ちゃんと出たな。この赤いのが敵で、緑が――」


「何だぁ? 今画面にノイズが走ったけど、そしたら丸が消えちまったぞ?」


「チッ。向こうも対策してるか。本来なら、さっきみたいなマーカーが浮かぶんだ。それで人の位置が分かるんだが」


「いやいやいや、何者なんだよアンタら……」



 宇和前の時と同じだ。マンションの住民は表示されず、どこに誰が居るかわからなくなった。ほんの一瞬だけ見て取れたのは、緑マーカーがゲートのある南方面に集まっている事だ。ただしフロアまでは分からない。



「やはりここは足で稼ぐ他あるまい」



 細矢が1階の扉を静かに押して、薄く開いた。するとそこはエントランスで、すぐ目の前に見張りの背中が見えた。


 細矢は扉をそっと閉めた。



「2階から始めよう。この扉の先は抜けられそうにない」



 階段を昇り、2階から出た。こちらは見張りがおらず、一見してありふれたマンションだ。


 ただし、崩壊前のそれだった。



「蛍光灯は全部ついてるし、通路はカーペットが敷き詰められてるし。しかも観葉植物まであんの? ここだけ世界が違うじゃねぇかよ」



 たぶん、建物全体がセカンダリーゾーンだろう。そう思いはしても、わざわざ教えない。伝えた所で信じてもらえそうに無いとも思う。



「しっかし、こんだけ部屋が多いとな。どこに何があるやら分からねぇな」



 試しにいくつかのドアノブを引いてみた。しかし施錠されており、中の様子を覗き見る事も出来なかった。しかたなく通路の赤絨毯の上を歩くのだが、ふと、オレの傍でドアが音もなく開いた。


 オレたちは揃って身構えてしまう。しかし、ドアを開いた男は、外へ出るでもなく、コチラに注意を払うこともない。ただジッと足元だけを見ていた。



「なんだコイツは。立ったまま寝てるのか?」



 そうとしか思えない。両手をダラリと下げて、頭もうつむかせている。近寄ってみても無反応だ。



「酷いもんだな。こんなになるまで働かされてるって事か?」


「違うな、鬼道渉。部屋の中を見てみろ」


「いったいどうした?」



 細矢が、立ち尽くす男の脇から室内を覗き見た。窓も電気も家具も完備しているのだが、酷く荒れていた。だから廃墟というよりゴミ屋敷だ。流しには食器が山積みで、ダイニングテーブルも私物で散乱している。


 その散乱する私物を見て、オレは背筋が凍る気分を味わった。



「何だよあれ。注射器……?」


「この様子は麻薬中毒だな。今はトリップ中なんだろう。少し探らせてもらうか」



 細矢が家主らしき男を押しのけて、部屋にあがりこんだ。男は抵抗をみせるどころか、壁にへばりつきながら独り言を繰り返している。確かにこの様子なら、騒がれる心配はなさそうだ。



「一般的なワンルームにユニットバスか。このご時世では贅沢極まる待遇だな」


「おい、マジかよ! シャワーから温水が出るぞ!?」



 室内に凜花の情報は無かった。だが、水や電気などが通ってる事が分かっただけでも、収穫かもしれない。



「さて、2階を一通り探索したわけだ。が、大半は施錠された部屋で、特に見張りは無し。いたのはジャンキーが数名。どうしたもんかね?」



 早河が徒労を隠さずに言うので、オレは持論を口にしてみた。



「普通に考えて、捕虜に見張りはつくだろ。それか、簡単には出られない場所に押し込むハズ」


「まぁ、その辺がセオリーだろうよ」


「ここはマンションの構造だから、さっきみたいな部屋がたくさんあるって事だ。低層階だとベランダから逃げられそうだよな。それは連中も避けたいところだろう」


「うんうん。だから?」


「捕虜は地下、あるいは高層階に囚われてるって事になる。地下だと窓みたいなものはなく、簡単に出られない。高層階なら、飛び降りて逃げる事もできない」


「おぉ〜〜なるほど。たしかに有り得そうかも?」


「鬼道渉。二代目の総長に興味はないか? 私が全力でサポートするぞ」


「ちょっと充希さんんん!? こんなとこでリストラしないでくれる? 初代はまだまだ働き世代よ?」



 オレたちは目星をつけたところで、もう一度階段を昇り始めた。一応、中毒者の心を読むよう、衣織に依頼はした。しかし結果は失敗。思考にとりとめがなく、読み解くことが出来ないそうだ。


 結局、ろくな情報もないままに3階へと昇った。こちらも内装は似たようなもので、通路に人の姿はなく、閑散としていた。



「ここもジャンキーの巣窟かい? またくっせぇ部屋なんだろうぜ」



 早河が傍のドアをおもむろに開いた。そして、無警戒に入り込もうとしたところ、鋭い声が鳴り響いた。



「おいお前! 人の部屋に何の用だ!」


「うおっ! す、すまねぇ、間違っちまったぜ。たははは……」


「間違いだと? いったい何と間違えたんだ、言え!」


「あ、いや、それはだなぁ……」



 室内の男は執拗だった。眼尻を怒らせて早河に詰め寄った。これは助け舟が必要だと思い、オレは間に割り込もうとした。


 しかし今度は、オレに強い反応を示してきた。



「ん? お前、どっかで見た顔だな」


「いや、何のことだか。オレはアンタを初めて見かけたが」


「ちょっと帽子を取れ。割と最近に見かけたような……」



 男がオレの方へ歩み寄る。すると早河が大げさに手を叩き、硬い声で笑った。

 

 

「待ってくれよ旦那。こいつは、あれだ、若手俳優に似てるって良く言われるんだよ。ほら何だっけ。朝ドラに出てたアイツ。名前はえっと……」


「というかお前も見覚えあるぞ! 誰かと思えば疾風旅団の親玉じゃねぇか!」


「げぇっ!? 結局オレがトリガーかよ!」


「敵襲だ! 疾風旅団が乗り込んできたぞ!」



 男は叫びながら部屋のボタンを押した。すると、通路のあちこちで非常ベルが鳴り響いた。遠くでドアが慌ただしく開く音がいくつも聞こえた。



「こいつはやべぇわ、とにかく逃げるぞ!」


「逃げるって、どこにだよ!」


「オレについてこい!」



 早河の先導に従い、オレ達は階段を駆け降りた。そしてもう一度2階まで来ると、とある一室に押し入った。


 ここにも住民は居る。しかしその男は、フラフラと立ち尽くすばかりで、オレ達に全く関心を示さなかった。



「さてと。逃げてきたは良いが、こっからどうすっかなぁ。何も考えてねぇわ」


「いや、早河の思いつきは悪くないと思う。連中もまさか、仲間の部屋に隠れてるとは考えないだろうから」


「そう言ってくれるか兄弟! 充希ちゃんもこれくらい優しくしてくれたらなぁ」


「それより衣織。ここから分かる事はないか? どこに集まっているとか、何でも良いんだが」


「はい。そこでボンヤリ立ってる人の心に、しっかりと変化が起きました」


「それは読めるってことか?」


「彼はこんな事を考えてます。敵が出た。守りを固めなきゃ。ゲート、エントランス、それとハーレムを。だそうです」


「大収穫だ。助かったぞ」



 ゲートとエントランスを固めるのは、それが出入り口だからだ。そしてハーレムとは、言葉通りに受け止めたら、女の園だろう。


 つまりは、凜花がそこに囚われている可能性が高い。



「ハーレムの場所が分からんな。マップが使えたら1発でわかりそうなものだが……」



 悩ましくするオレに細矢が言った。


 

「それだったら、敵の動きを追跡すればよいのでは? 守りを固めるために移動しているのなら、要所に人が流れるはずだ」

 


 この案に誰も反論しなかった。ジッとしていても袋の鼠だ。だとしたら、ひとまず救出に動いたほうが良いだろう。凜花にしろ、捕虜の団員にしろ、頭数が増えれば戦いやすくなる。


 それから部屋のドアから様子を窺っていると、不意に通路が騒がしくなった。誰かが「救出に来たかもしれねぇ、ついてこい!」と叫んでは、慌ただしく駆け去っていった。


 その様子を覗き見た早河は、部屋の奥へ戻ってきた。

 

 

「どうやら西側の階段に向かったな。オレたちが使った東側とは反対のやつ」


「気づかれないように追いかけよう。その先に誰かが囚われてるはずだ」



 オレたちはすかさず一丸となって部屋を出た。衣織が小声で「お邪魔しました」の言葉を残した。


 西側の階段。そこを静かに降りていく。そして踊り場に差し掛かったところで、早河が手を挙げて止まった。

 

 地下階段から何人かが昇って来る。男たちは「ゲートを固めたほうが良い」と口にして、1階通路を東方面に歩いていった。



「地下だ。きっと何かあるぞ」



 早河がささやき、そして無言の侵攻を再開した。階段で最下層まで降りると、短い通路と、扉が1つだけ見えた。



「クッ、あかねぇ。鍵が必要だな」



 早河は押して引いてを繰り返しては、そう結論付けた。すると衣織が、天井ぎわの壁を指さして言った。



「あのぅ。ああいう所から入れませんか?」


「ダクトか。試す価値はありそうだな」



 早河は金属ラックを器用に登ると、ダクトの蓋に手をかけた。幸いにもボルトはゆるく、素手で回せるくらいだった。


 そうしてオレたちはダクトの中へ。そこは狭く、暑く、這ってすすむと金属板がへこんで、ボワンという音を響かせた。快適とは言えない。しかし、進めないほどでもなかった。


 やがて早河が、終点の蓋までたどり着くと、オレ達に声をかけた。



「居たぞ。団員だけだが」


「オレにも見せてくれ」



 早河の上を這って、部屋を覗き見た。そこは倉庫のようで、段ボール箱に挟まれるようにして、3人の男が囚われていた。いずれも両手足を荒縄で縛られている。



「しまった。誰か刃物の用意はあるか?」



 早河の問いに明るい返事はなかった。そしてダクトは、コチラ側から開ける事はできなかった。ネジは倉庫側についているらしい。



「クソっ。あとちょっとで助け出せるのによ!」


「早河、これを使ってくれ。縄を切るには十分だろう」


「それは助かるけどよ、ワタル。なんか顔色悪くねぇか?」

 

「そんな事気にするな。それより早く救出しろ」


「お、おう。そうだな」


 

 オレは、カミソリの刃に釣り糸をくくりつけたものを手渡した。競合するゾーン展開で作ったものだ。負荷は厳しい。しかし今は、刃物を探し回るだけの余裕はなかった。


 早河は蓋のスキマから垂らしつつ、倉庫の仲間に声をかけた。



「おい、乾(いぬい)。大丈夫か? 助けに来たぞ」


「あぁ……総長……? どこに居るんスか?」


「ダクトの中だ。今、縄を切るための刃物を降ろしている。どうにか受け取れ」



 乾という男は、ちょうど蓋の真下にいる。乾が広げた手のひらに、カミソリの刃がおさまった。



「へへっ。こいつさえあれば……。おけ!」



 乾は両手が自由になると、次は自分の足を、それから仲間たちの縄も千切った。



「乾。お前はハーレムがどこにあるか、知ってるか?」


「いや、よくわかんねぇす。あぁでも、女が1人、飛び降りてグッチャグチャに死んだとか聞いたな。だから上の方じゃないんスか?」


「おい。その女ってのは凜花ちゃんじゃねぇよな

?」


「誰かまでは……。だいぶ前に連れ去ったヤツとは言ってたっすよ」


「じゃあ別人か、良かった……。いや良くはねぇがよ」


「それより総長。オレたちも何かやらせて欲しいっすよ。ここの連中を全員ブッとばしてやりてぇ!」


「だそうだ。ワタル、どうするよ? ちなみにコイツらはそこそこ戦える。オレが格闘術を仕込んだからな」


「良い戦力だな。それなら……」



 乾たちは、恨みがあるのも手伝い、勇猛に戦うだろう。だとすると、探索よりも別の事に向いているように思う。とにかく暴れるものが良いだろう。



「早河。彼らにゲート付近で陽動してもらうのはどうた?」


「乾、ゲートで暴れまくれ。危なくなったらマンション外に逃げろ。出来るか?」


「もちろんっすよ! 片っ端から首をへし折ってやらぁ!」



 乾達は気炎を吐くと、倉庫から飛び出していった。内鍵式のようで、中からは簡単に開けられるようだった。


 それからダクトから戻ると、階段の方から騒がしい声が聞こえてきた。



――おい、なんでこいつらが出てきてんだ!?


――クソ強ぇぞ! 上フロアから応援を呼べ!



 すると、階段を駆け下りる音がいくつも響き、ゲートの方へと走り去っていく。



「よし、これで上層階は手薄になったんじゃないの?」


「今のうちだ。ハーレムとやらを探しに行くぞ!」



 すかさず階段を駆け登っていった。


 この時オレが予感したのは凜花との再開が近いこと。そして、決戦も控えているだろうことを、何となく感じていた。

 


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