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第44話 共闘しないか

 誰かの歩く足音で目が覚めた。視界一面が青く、身体は見慣れぬ寝袋に包まれていた。半身を起こしてみると、ここがキャンプ用テントの中だとわかる。



「どうしてオレは、こんなところに……?」



 入口のシートがめくられた。顔を覗かせたのは衣織で、オレと目があうなり駆け寄ってきた。



「ワタルさん、目が覚めたんですね!」



 オレが挨拶代わりに片手を挙げると、衣織はそれを両手で包みこんだ。強い力で、しかし震えて。



「このまま起きなかったらどうしようかと、心配でした……!」


「大げさだな。ただ気絶しただけじゃないか」


「でも、何だか怖くて」


「あれからどうなった? 瀬田谷で襲われてからの記憶が曖昧だ」


「疾風旅団という、例のバイク乗りが助けてくれました。ここは駒江の端っこだそうです」

 

「なぜあの連中が……。いや、それよりも凜花はどうした。アイツもここに居るんだよな?」



 オレの言葉に衣織の顔が曇る。答えは聞くまでもなさそうだ。



「凜花さんは、残念ながら、敵の手に……」


「分かった。助けに行く」


「そんな! 無茶ですよワタルさん! 今目覚めたばかりなのに……」


「悠長なこと言ってられない」



 オレは立ち上がろうとしたが、一瞬のうちに膝の力が抜け、前のめりに倒れた。衣織に抱き起こされた事に、情けなさで胸が痛む。



「せめてもう少しだけ、体調が戻るまで休みましょう?」


「オレはいったい、何日眠りこけてた?」


「今回は一晩だけです。あの襲撃から丸一日経つかどうか」


「だったら休んでられない。離してくれ」


「イヤです! こんな身体じゃ絶対に殺されちゃいますよ!」


「お前を無理やり引き剥がしてでも、助けにいくからな」



 この言葉に衣織は怯まず、むしろ、オレの胸を抱きとめる力を強めた。


 力付くで押し通すのに、少し気が引ける。だが時間がない。凜花に今頃、どんな災難が降り掛かっているか不明な以上、死力を尽くすべきだと思った。


 オレが意を決して、衣織の腕を引き剥がそうとした矢先のこと。またもや入口のシートがまくられた。やってきたのは2人組の男女だ。



「どうやら目覚めたようだな。気分はどうだ?」



 見覚えのある黒い長髪と、切れ長の瞳に、真紅のウインドブレーカー。確か充希(みづき)と呼ばれた女だ。


 その隣には、警官服を着た金髪オールバックの男。もちろん早河なのだが、なぜか、雨で濡れそぼった子犬のような面構えだ。やたら丸まった背中にも、哀愁のようなものを感じさせた。



「鬼道渉(きどうわたる)よ、少し話をしたい。構わないな?」


「手短にしてくれ。オレには時間がない」


「感謝する」



 こうしてテントの中、4人で輪を作って座った。この人数だと手狭で、互いの膝がくっつきそうになる。



「まずは自己紹介を。私は細矢充希(ほそやみづき)という、疾風旅団の副総長だ。コイツの事はもう知っているな? 総長の早河翔騎(はやかわしょうき)だ」


「しょ……翔騎でぇ〜〜す」



 早河は酷くショボくれていた。駒江の青龍なんて猛々しい異名など、すっかり忘れたかのようだ。



「鬼道渉、そして姫野衣織。まず君たちに謝らねばならない」


「何のことだ」


「我々は君たちを保護したかった。しかし、壮絶なる誤解と行き違いの果てに、お互い争う間柄となってしまった。それは我々としても不本意だ」


「待て。一旦整理させろ」



 オレはここ数日を改めて振り返った。凍京入りしてから、延々と襲われ続けた印象だ。その始まりはどこかと思い出してみた。



「そもそもの発端は、多満川での一件だ。死体を投げ捨ててた連中に見つかり、オレ達は逃走するハメになった」


「それは我々ではない。もしや、赤いリストバンドをした連中では?」


「そう。全員が同じものを着けていた」


「だとすると、瀬田谷ロイヤルクランの一派だ。国友凜花を連れ去った連中でもある」


「お前たちだって同類だろ。何度もオレ達を襲った」


「そこが誤解だ。我々は君たちを害するつもりは無かった。多少手荒な手段を用いたが、どうにかして瀬田谷入りを阻止したかったのだ。少人数で乗り込むだなんて、あまりにも無謀だからな。実際に君たちは、ロイヤルクランの連中から激しい襲撃を受けたではないか」


「だったら初めからそう言えよ。そのチャンスはあっただろ」


「総長の交渉が物別れに終わったと聞いた。話ならば一通り聞いていたのでは?」


「まず銃撃された。そのあと聞かされたのは、凜花たちを手籠めにして、オレは強制労働させられるという話だった」



 そこまで言うと、細矢は切れ長の瞳をまん丸に剥いた。そして顔はこちらに向けたままで、右手を真横に繰り出した。その拳は正確に早河の頬を貫き、弾けるように吹っ飛ばした。



「痛い! やめて充希ちゃん! 散々謝っただろ!?」


「聞かされた話と随分違うな、総長。なんだ今のは? 交渉ではなく、まるで脅迫ではないか」


「誤解だっての! オレはただ、女の子にはゲストとして拠点でゆっくりしてもらってよ? 男の方はまぁ、何かシャクだから仕事してもらおうって、それを言っただけだっつの!」


「銃撃したあとにか? だとしたら何を言っても無駄だろうが! どう聞いても脅し文句にしか聞こえんわ!」


「だってクソめんどいんだもん! ダラダラ喋るより、1発撃った方が早いんだって」

 

「その結果がこれだ馬鹿者! 銃を抜くのは最後にしろと、いつも注意してるだろうがッ! この交渉ベタ!」



 細矢は見事な体さばきで早河の腕を絡め取った。かと思うと、流れるような動きで腕固めを決めてしまう。



「とにかく申し訳ない事をした。もし腹の虫がおさまらん様なら、死なない程度に懲らしめて構わない」


「いだだだッ! 充希ちゃん、これマジで決まってるヤツだから!」



 オレは喚き散らかす2人を無視して、その場で立ち上がった。多少フラつくものの、今度は1人で歩けそうだ。



「悪いが茶番に付き合うヒマがない。助けてくれたことは素直に感謝する。だが、それだけだ」


「待て鬼道渉。もしかして、仲間の救出に向かう気か?」


「他に何がある」


「だったら好都合だ。外を回りながら話そう」


「だからオレには時間がないと――」


「共闘しよう。我々の仲間も数名が、クランに囚われている。目的は合致しているだろう?」



 オレは細矢の目を見返した。相手もこちらを直視してくる。嫌な予感はない。そう思うなり、オレは頷き返した。


 テントの外は大型スーパーの駐車場だった。不揃いなテントが幾つも並び、その間には無数のプランターが展開している。細矢が家庭菜園だと言った。



「我ら疾風旅団は、豊かな水源を求めて旅をしたいた。多満川ならと期待したのだが、アテが外れたよ」



 ザッと見た所、住民は20名強と言った所か。全員揃えば30名を越えるらしく、その数には子どもまで含めていた。


 辺りを歩き回る最中に、2人の少年少女が目の前を駆け抜けていった。眩い笑顔で段差を飛び跳ねたりする。かと思えば、今度は打ち捨てられた車の残骸でかくれんぼだ。子どもの順応性には、いつも驚かされる思いだ。



「子連れで廃墟を旅してきたのか」


「別に歩かせた訳ではない。こちらには軽自動車が数台と、牽引用のトレーラーもある。ガソリンの確保には苦労させられるが、お陰で大所帯を保てている」


「これだけの数を食わせるのは大変だろう」


「確かにこのご時世、子どもまで養うのは難しい。だが純真無垢な笑顔を見るたび、不思議な力を授かっている。そのお陰で正気を保てているとも思うのだ」


「分かる気はする」



 駐車場内は平穏そのものだった。働く人々の顔色は良く、額に汗をかきながら作業に没頭している。子どもたちも、痩せ気味ではあるが元気のようだ。少なくとも、不満顔は見当たらない。



「なぜオレに内情を見せた?」


「我らが私利私欲に溺れていないことを、知って欲しかった。少なくとも、欲望にまみれたロイヤルクランの奴らとは別物であると」


「最初から教えてくれたら、違う未来もあったぞ」


「それは本当に申し訳ない。あとで総長をキッチリ締め上げておく」


「えっ? 充希ちゃん、まだやる気!?」



 早河の掠れた悲鳴を無視した細矢は、オレに片手を差し出してきた。



「共に戦おう。そして、囚われた仲間たちを救い出そうじゃないか」



 オレは差し出された手を握った。お互いの意思を確かめるような、力強い握手になった。



「良いだろう。どう動く?」


「まずは作戦会議だ。私のテントへ来てくれ」



 案内されたのは迷彩柄のテントだ。その中はシンプルで、中央に丸いテーブルが1台あり、他には寝袋と私物入れらしき小箱がひとつ。飾りと言えば小箱の上に1つだけ、食玩と思しきコーギー犬の置物があるくらい。他は無機質な空間だった。



「これを見てくれ。ロイヤルクランの見取り図だ」



 A4サイズの白紙に、大小の四角と文字が細かく書かれている。上から見た図だと思った。



「クランの拠点はおおよそ長方形のマンション。8階建てで、部屋数は南北に10部屋ずつ。1フロアに20部屋あるものとされる。建物は高い塀に囲まれ、出入り口はゲート1つだけだ」


「その部屋の数だけ住民が居る?」


「いや、おそらく6〜7割程度と思われる。非常電源でもあるのか、夜に灯りがつく。その数から、100人ほど居るものと想定した」


「全員が戦闘員か?」


「そう考えるべきだ。連中が、足腰立たぬ老人や、世話のかかる子どもを養っているとは考えにくい。ほぼ全員が労働者で、そして兵士になるだろう」



 オレはワゴン車に乗った男たちを思い出した。盾と槍で武装しており、撃破するにはいくらか手を焼かされた。あれが100人も居るとなると、生半可な戦闘では済まされない。


 

「こっちの兵力はどれくらいだ」


「動ける者は総勢12名。ここの守りも必要だから、出せるのはせいぜい5名くらいか」


「おい。オレたちが共闘したところで、全く勝負にならないぞ」


「敵の全てが拠点に引っ込んでいる訳ではない。半数以上がワゴンに乗って、どこかしらに出ている。本拠が騒ぎにならなければ、外回りの連中は物拾いに集中する。すなわち目下の敵は、マンション残留組だけと言える」


「つまりは潜入作戦か?」


「察しがよくて助かる。総長もこれくらい頭が回ると、私も楽なんだが」


「おいぃ! 何で急に刺した!?」



 細矢は小箱からリストバンドを取り出すと、それをテーブルに置いた。それは赤く、少し使い古されたものだった。



「連中から奪ったものがある。これで仲間だと偽装できるだろう」


「2つだけ……。じゃあ潜り込めるのも2人が限度だな」


「いや、もう1人いける。私を戦利品として連れて行け。連中は女となると目がない。リストバンド無しでもゲートを通過できる」


「それは危険じゃないか?」


「気遣い無用だ。この任務に関わる時点で、安全面など度外視だ」


「分かった。細矢の覚悟に期待しよう。それじゃあ、リストバンドを着けるのはオレと早河でいいな?」


「そうすべきだ。総長は射撃の腕前と、運転技術だけは一級品だ。きっと大いに働いてくれる」


「任せてくれよ充希ちゃん。ここでポイント稼いでくるからよ!」


「じゃあ決まりだ。衣織はここの拠点でオレ達の帰りを――」


「私も連れて行ってください!」



 衣織が悲痛な声で割り込んだ。



「私も凜花さんを助け出したいです。必ずお役にたってみせますから、お願いします!」


「衣織……。この作戦は危険なんだ。特に女のお前はリスクが高くて、こう……ハッキリとは言えないが」

 

「私は心が読めますので、おおよそは察しています。口に出すのも憚られる危険があるのでしょう?」


「それを理解した上で言うのか?」


「私はもう嫌なんです。何も出来ないまま、大切な友達を喪うことなんて……!」



 衣織は顔を伏せると、そっとネックレスを握りしめた。彼女の想いは、ともにディープゾーンを駆けずり回ったことで、理解しているつもりだった。



「衣織。お前は『戦利品』としてなら、同行させてやる。細矢と同じ立場だ。それでも良いか?」


「はい! ありがとうございます!」 


「そういう訳だ、細矢。文句ないな?」


「心が読めると言ったな? それが事実なら、むしろ活躍する場面は多くある」


「決まりだ。この4人で潜入するぞ」



 出立前に着替えを迫られた。面の割れているオレは、ベースボールキャップを目深にかぶった。早河の警官服など論外で、スウェットにニット帽で風貌を変えた。準備が整うと、細矢は後事を身内に託した。


 移動には軽自動車を使う。運転は早河。オレ達4人が乗り込むと、車はまず大通りに出た。遮蔽物の少ない道だ。快調に飛ばしていく。



「お前たち、腹は減ってないか? 今のうちこれを食っておけ。水も持ってきた」



 後部座席から細矢が、1本の水筒と、今や希少なブロック栄養食を手渡してきた。味はメイプルバニラ。フルーツ味の方が好みだが、ありがたく頂戴しておく。



「見えてきたぞ、ロイヤルクランだ。前の2人は下卑た人格に。姫野衣織と私は怯えて俯くのが良いだろう」



 アドバイスに従いながら、マンション外壁のゲートを潜ろうとした。すかさず2人組の男が歩み寄ってくる。その腕にはやはり赤いリストバンドがあった。



「止まれ。お前たちはどこのチームだ?」



 その言葉に、細矢が『新入りだと誤魔化せ』と言い、早河が返答した。



「最近入ったばっかでよぉ。そういうの分かんねぇんだわ」


「アァ? 何だそりゃ。待ってろ、今確認を――」


「いやいや、それより後ろの2人が見えねぇのかよ。絶品のベッピン美女よ? さっさと通した方が良いんじゃね?」


「うおっ! こりゃすげぇ上玉だな。さっさと入れ。ボスが帰る前に、そいつらも部屋に並べなきゃならねぇ」


「おっ、そうかい。お互い良いコトできると良いな」


「そのためにも準備を急げ。昨日捕まえた女もセットにすりゃ、ボスも上機嫌さ。そしたらご褒美だってスゲェ事になるぞ」



 早河はハンドルをさばきつつ、徐行で敷地内に侵入した。塀の内側は、金網や有刺鉄線が幾重にも張り巡らされている。軍の駐屯地かと見紛うほどに厳重だった。


 車は誘導されつつ、緩やかな下り坂を降りていく。行先は地下駐車場だ。



「よし、お前らここで停まれ。戦利品を降ろすぞ」



 誘導した男が停車位置を指定した。その男はTシャツにハーフパンツという姿で、特に武装はしていない。



「新入りども、よくやったなぁ。2人もさらって来るなんて大金星だぜ」


「そうだろ兄弟。これで何か褒美でもくれねぇかな?」


「そこはボスの機嫌次第よ。つうか、見れば見るほどイイ女だよなぁ。こっそり味見させてくれよ」


「おいやめろ。ボスに差し出す前だぞ」


「ちょっとオサワリするくらい良いだろ? 頼むよ、今は他に誰も居ねぇんだ。お前らが黙ってりゃバレねぇんだしよ」



 男は返事も聞かずに、後部座席のドアを開けた。そこには細矢と衣織が俯きながら控えていた。



「さぁて、どっちにしようかな? 細身の美人か、それとも奥の巨乳ちゃんにしようかな? 両方いっちゃっても良いよなぁ〜〜」


「いまだ総長! やれッ!」



 早河は座席から素早く飛び出した。そして無防備な首にハンマーパンチを叩き込んだ。それだけで男は意識を失い、ズルズルと音を立てながら倒れ込んだ。



「コイツは後部座席に放り込んでおくぞ。目覚めたら厄介だ」



 細矢は早河と分担しながら、男の両手足を紐で縛った。阿吽の呼吸というやつか。動きに一切無駄がなかった。


 そして後部座席のドアが閉まると、オレ達4人は集結した。細矢は満足げに頷きながら言った。



「出だしは好感触だな。男女で分断されるかと思ったが、まとまって動ける。幸先良いと言えるだろう」

 

「よし、それじゃあ行くぞ。囚われた凜花と、旅団の奴らを助けるために」



 オレがそう告げると、皆が頼もしく頷き返してくれた。もはや一歩も引けない。だがこのメンバーで、作戦をしくじるとも思えなかった。


 あと少しで救出できる。その実感が、握りこぶしを一層に固くした。

 

 

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