第46話 明かされた悪事
オレ達は誰も居ない階段を駆け昇った。上へ、ひたすら上へ。攫われた女は高層階に閉じ込められているらしい。だとすると、凜花もそこに囚われている可能性が高かった。
「おっ。乾たち、やってんねぇ!」
早河が階段の窓越しから、階下を眺めつつ言った。ゲート付近では激しい戦闘が繰り広げられている。捕虜の苦しみを受けたせいか、疾風旅団の3名は獅子奮迅の大暴れだ。相手の武器を奪ってはなぎ倒し、散々に打ちのめしていく。
頭数は少ないものの、明らかに敵を圧倒していった。
「これで連中の注意が入口に集まったな。オレ達も急ぐぞ」
探索は最上階からと考えていた。5階、6階と妨害もなく進む。しかし7階に到達した所で、思わぬものに行く手を阻まれた。
「えっ、何だ。ここでお終いかよ?」
「そんなハズはない。この建物は8階建てだ」
階段は、もうワンフロアあるべきはずが、行き止まりだった。鉄柵で塞がれており、階段も続いてなどいなかった。
「どうするよワタル。とりあえず7階にでてみる?」
「そうだな。上に行けるルートが別にあるかもしれない。ここを探索しよう」
7階。そこは下層と異なり、オープンスペースが並ぶ構造だった。通路の左右に広がるのは、見晴らしの良さそうなラウンジだ。
ただし、想定通りの利用法ではなかった。
「物置代わりかよ。なんかメチャクチャ散らかってんな」
早河の言う通り、ラウンジの有り様は酷い。寝具やスツールなど、比較的新しい家具や調度品で山を成している。ここの主がズボラなのか、それとも単に家財に無関心なのかは、良く分からなかった。
「それよりも気がかりは、この臭いだ。強烈だな……」
細矢の言葉に皆が口をつぐんだ。悪臭に閉口したのではない。この警告信号にも似た感覚に、強い警戒心が押し寄せてきたからだ。
「ここかよ……臭いのでどころは……!」
パーテーションで区切られたラウンジの奥には、死体の山があった。どれも若い女ばかり。無数の亡骸は一糸すらまとわぬ者、引き裂かれた袖をブラさげる者と様々だが、一様に損壊具合が激しい。無数の打撲痕に、焼きごての痕と、見るに堪えないものばかりだ。
その物言わぬ亡骸は、ただ静かに、おびただしい血を流しては、真紅の絨毯を赤黒く染めた。
「これは、アイツらの仕業だよな」
オレはそう呟くと、奥歯をギリリと鳴らした。
「こりゃあマジで許せねぇな。どんだけ殺せば気が済むんだよ」
「もはや悪逆非道という言葉すら生ぬるい。人を人と思わぬ外道共に、正義の鉄槌を食らわせてやる……!」
オレたちが怒りに震えていると、衣織がおもむろに膝を着いた。そして両手を合わせて静かに祈る。
「かわいそうに。辛かったでしょう、怖くて堪らなかったでしょう。せめて安らかな眠りを……」
オレたちは憤るばかりで、死者を悼むことを忘れていた。だから背筋を伸ばして、祈った。黙祷。心の中で、無念を晴らしてやると誓いながら。
「よし、行こう。一刻も早く、このフザケた悪行を終わらせるんだ」
「そうは言うけどよ、ワタル。8階にどうやって行くんだ?」
7階止まりであるのは、東階段も変わらなかった。他に手段は無いかと探し回ると、通路の中央付近で立ち止まった。
「う〜〜ん。やっぱコレかなぁ?」
通路の中央には2基のエレベーターがある。表示板を見ると、片方は7階までとあるが、もう片方は8階まで行けるようだった。
ただしボタンを押しても反応がない。片隅にはカードスロット式の機器があった。
「いわゆる専用エレベーターってやつか……。カードがなきゃ動かねぇぞ」
「オレがやる。どいてくれ」
「おいおい、もしかしてハッキングまで出来んのか? どんだけ優秀なんだよ」
オレはスマホに触れてゾーンを競合展開した。肩に負荷が重たくのしかかり、気力を吸い取られたような感覚があった。
だが手を止めない。認証カードを探し回るくらいなら、強行突破を選ぶべきだ。凜花は、囚われの生存者達は、1秒が地獄という環境だろう。
速やかに開放すべきという気持ちが、オレの心を急き立てた。
「アニマがなんだ。それで解決するなら、いくらでもくれてやる」
しかし想いとは裏腹に、カードリーダーに反応はない。そうか。解除した時の挙動がイメージできないせいか。その時に音は鳴るのか、どんなランプが点くのか、そういったものを思い浮かべる事が、出来ていなかった。
「どうよワタル。やれそうか?」
「あの、無理しない方が良いです。ワタルさんの身に何かあれば、凜花さんだって哀しみますので……」
イメージすべきことが違うのか。よくよく考えたら、機器の解除はあくまでも通過点だ。オレたちの目的はエレベーターに乗りこみ、8階まで昇ることだ。だから思い浮かべるべき光景は、1つだけだと思った。
「ロックの解除されたエレベーターが、ここに来る事だ……!」
「ん? それが出来ねぇからどうしようかって話なんだがよ?」
「鬼道渉……。冗談を披露するには最悪のタイミングだぞ。こんな世の中でも、節度やけじめを大切にすべき――」
外野がうるさい。だが、オレには確かな手応えがあった。首から上の血液が抜き取られるような、途方もない脱力感。膝から崩れそうになる感覚には、辛うじて堪えた。
「ワタルさん! 大丈夫ですか!?」
「あぁ、心配ない」
「早くゾーンを消しましょう。展開だけでも辛いんですよね?」
「言われなくても切るつもりだ、8階に行けたらな。それより来るぞ」
エレベーターの駆動音が微かに鳴る。そして、ベルの音とともに、無人のエレベーターが入口を開けた。
「ん、え、マジ?」
早河が口を開け広げてまで驚き、細矢も切れ長の瞳を目いっぱいに開けた。
「何をボンヤリしてるんだ。早く行くぞ」
「鬼道渉。先程は無礼な物言いをしてしまった。心から謝罪する」
「オレも、すまねぇ。つうかどんな超技術よ!? 素手でハッキングとか、これもう魔法じゃねぇか!」
「タネ明かしするだけの暇も惜しい。ともかく行くぞ」
エレベーターに乗り込み、8のボタンを押す。入口が閉まり、重力が伸し掛かる感覚には、場違いながらも懐かしさを覚えた。
「なぁ、ワタルよう。なんだか顔色悪いぜ。大丈夫か?」
「なんとか。一応は指先にも力が入る」
「しばらく休んでな。荒ごとはオレと充希ちゃんに任せとけ」
「そうだな。いい加減活躍しなくては、詐欺だと罵られかねない」
話し込む内にベル音が鳴る。そして扉が開くと、正面に2人の武装兵が待ち受けていた。
「ボス、お帰りなさいませ――って、誰だテメェらは!?」
「どうもこんちわ〜〜。通りすがりのヒーローだよ!」
早河は一番槍とばかりに、身を低くして飛び出した。まず男の腹を膝で強く打ち、『く』の字になった相手の首をハンマーパンチで叩き伏せた。
もう1人には細矢が当たった。縮地とも呼ぶべき超高速の詰め寄り方。驚きふためく敵のアゴを目掛けて、高らかに蹴り上げた。つま先が頭上を越える程にしなやかで美しい蹴りは、男のアゴをたやすく粉砕してしまった。
「へっ、楽勝だな」
「気を抜くな総長。ミッション半ばだぞ」
エレベーターから眺めた8階は、やはり独特な構造をしていた。
通路で向かい合うようにして、1枚ずつ大扉がある。それは重量感のある木製で、セレモニーを彷彿とさせた。取っ手もドアノブではなく、金色で、棒の形をしていた。
「さて、確率は二分の一ってやつかな?」
通路側に窓はなく、中の様子を覗き見る事は出来ない。どちらかに凜花達が囚われている。そう信じたかった。
「開けたら一気に突入する。良いな?」
早河の言葉に全員が頷いた。そして勢いよく扉を開くなり、4人とも一斉に踏み込んだ。
「仲間を返せやコラァーーッて、あれ?」
「どうやら無人のようだ」
「ふぅん。見たところ、ボスの部屋って感じだな。それにしても……」
悪趣味だ。皆がそう思った事だろう。
足元はペルシャ絨毯、部屋の奥には天蓋付きのベッドが見える。天井では豪華絢爛なシャンデリアが煌めき、大きなクローゼットも多く並ぶ。壺やら絵画といった調度品の数々も、金銀珠玉が散りばめられており、自ずと光を放つようだ。
「一見して成金趣味ってやつだが……」
異質であるのが壁際だ。そこには牢獄を思わせる鉄鎖が、壁を埋め尽くすほど大量に設えてあった。壁紙にできた赤黒いシミが、胸糞悪い印象をぶつけてくる。
「ふぅん。ここで夜な夜な、良からぬ事をやらかしてんだろ。真っ当なプレイじゃなさそうだ」
「総長。今の口ぶりだと、真っ当な性交渉なら赦されると聞こえるが?」
「やめてくれよ。オレは無理やり力づくにって性質じゃねぇ。ちゃんと大人の色気で惚れさせて、ガッツリ魅了してからって決めてんだよ」
「そうである事を祈っている。この先も疾風旅団が正しくあるようにと」
ともかく、こちらの部屋はハズレだ。一旦通路に出て、向かい側の扉に手をかけた。
「こっちの可能性が高いよな。準備は良いか?」
早河が囁き、そして勢いよく扉を開いた。
しかしオレたちが踏み込むより先に、何者かが室内から飛び出して来た。
「ナメんなよクソオスども! 調子くれてんじゃねぇ!」
その女が振り抜いた肘は、的確に早河の頬を打ち抜いた。この不意打ちには、さすがの早河も膝をついて悶絶した。
「いまだ皆! 一斉にかかれ!」
室内から、やせ細った女たちが駆け寄り、次々と早河の身体に飛びついた。
戸惑って立ち上がれずにいる早河。その頭上から、見下ろすように暴言を吐きかける赤髪の女。
オレは思わず顔を綻ばせてしまった。
「喰らいやがれ、さんざん好き放題やりやがって!」
「待て、オレは違う! 駒江からわざわざ――」
「問答無用だボケ! 御託はあの世で並べるんだな!」
そんな怒声を聞くと同時に、足を振り上げる姿勢を見た。早河の顔を蹴り飛ばすつもりだろう。
さすがに看過できない。オレは両者の間に割って入り、放たれた蹴りをすんでの所で止めた。
「凜花。そのくらいにしてやってくれ。コイツは味方なんだ」
「えっ、そんな……嘘だろ?」
「待たせて済まなかった。助けにきたぞ」
「ワタル……? あぁ、マジかよ、来てくれたのか」
鬼の形相だった凜花が、今度は腰砕けになってへたりこんだ。
「どうした、怪我でもしてるのか?」
「違ぇし。フッと気が抜けたら、急に力が入らなくなって」
「だったら走れるか? ここから逃げるぞ」
オレが手を差し出すと、凜花は力強く引っ張りながら立ち上がった。
「念の為、報告するぞワタル。何も無かったからな」
「何がだ?」
「だから、連れてこられて、その……。何もされてないから!」
「そのようだな。運に助けられたと思う」
「いやいやいや、もっと気の利いたコメントあるだろ!? 無事だった事についてさぁ! こちとらケダモノの巣に閉じ込められてたんだぞ?」
「それは恐らく、ボスが不在だったお陰だな。だから手下に手出しされず済んだ――」
「あぁもう良い! とっととズラかるぞ!」
凜花は、腰砕けになった事など忘れたように、オレの手から離れていった。そして床を踏みつけるかのような、力強い足取りで歩き去ろうとした。
「なぁ衣織。どうして凜花は急に怒ったんだ?」
「ワタルさんは、その、もう少し女心を勉強した方が良いかもしれませんね」
「苦手ジャンルだ。理解できた試しがない。だからオレはモテないんだが」
「そのセリフ、あんまり使わないほうが良いです。特に凜花さんの前では」
「おい、何をくっちゃべってんだ! 早くしねぇと日が暮れちまうぞ!」
オレは唐突すぎる賑やかさに、肩をすくめた。もしかすると笑っていたかもしれない。
何はともあれ、凜花と、他の女たちも助け出す事が出来た。あとはマンションから脱出できたら勝ち。勝利一歩手前までこぎつけたのだ。
だがそれでも、胸によぎる不安をなぜか拭いきれなかった。




