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第34話 新たな門出

 ワゴンの行商キャラバンをこの眼で見るのは始めてだった。活芽かつがと名乗った店主は、刈り上げた髪に筋肉質な体つき、梅雨に入る前だと言うのにノースリーブシャツ。薄着するにはまだ早い陽気だと思った。



「さぁさぁ、何でもあるよ! たくさん買ってってくれ!」



 活芽はワゴンのドアを開け放つと、露天の体裁を整えた。何でもと豪語するだけの事はあり、そこには様々な物資が並べられた。


 缶詰や乾き物といった食品、山のように積み上がる衣類、食器に燃料などなど、一瞥では把握できないほどに多種多様だ。なんとなく個人経営の雑貨店を彷彿とさせた。



「なぁ兄ちゃん。これなんかどうよ。夜のご奉仕にピッタリだろ?」



 活芽が透ける下着を片手に大きく笑った。どうよと言われても反応に困る。女性陣はというと、予想通り軽蔑するか、あるいは顔を赤くして俯いたりした。



「そういうのは要らない」


「えぇ? そんだけ美人の子をはべらかしてて、そっちのお遊びはナシかい? 若いんだからもっとこう、粘膜で楽しもうぜ?」



 下世話なセールストークを無視して、身内と物資の相談をした。すると、宇和前のセカンダリーゾーンが消失した影響が、改めて明るみになった。



「やはり欲しいのは水だな。あるだけ欲しい。それと燃料もだ」


「水ぅ? アンタら、すげぇ水源があるんだろ。坊主のオッサンが毎度そう言ってたぞ」


「数日前に壊れた。どっちもな」


「どっちもって……何だよ、おっかねぇな。まさか、坊さんもやっちまったのか? あのな、仏罰って怖いのよ?」


「あれは本職じゃないらしい。むしろ罰せられるのは宇和前の方だった。それよりどうなんだ。水と燃料だ」


「まぁ、一応あるけどよ」



 活芽は、ウォーターサーバー用のボトルを2つと、固形燃料をいくつか出した。10人規模で考えたら、あまりにも少ない。



「燃料は良いとしても、水をもう少し買いたい」


「勘弁してくれ。これ以上はオレが渇いちまう。むしろこっちが水を譲ってもらおう、と考えてたくらいだぞ?」


「仕方ないな。これの対価は?」


「そっちが何が出せるか、によるな。なにせ物々交換なもんでな」



 それもそうかと思う。話し合った結果、布類と鉄くず、葉野菜をメインに取引を持ちかけた。だが、相手の反応は鈍い。



「葉野菜なんて日持ちはしない。布切れも鉄くずもなぁ……。要らねぇものばかりだよ」


「それは交換してくれないってことか?」


「そうだな。キャベツ30個、アスパラをLのレジ袋に5袋、あとはありったけの布で手を打とう」


「おい、いくら何でもボッタクリだろ」


「そうでもないぞ。今の世の中、水の価値はべらぼうに高い。言っちゃあ現ナマみたいなもんだ。それが嫌だってんなら、ヘドロみてぇな河の水をすするんだな」


「言わんとしてる事は分かる。だが食料の半分以上もとられては、こっちとしても厳しいんだ」


「そうだよな。まぁ言っといてなんだが、そんなキャベツだの布だのを大量に出されても困る。そこで1つ相談だ」



 活芽の視線が凜花と衣織の交互に飛ぶ。それだけで、腹の奥に不快なものが差し込んだ。



「2人のうち、どっちかを売ってくれ。そしたら水と燃料以外にも、好きな服どれでも付けてやるぜ」


「話にならない」


「おい兄弟。お前さんこそフッかけようとすんなよ。このご時世、美人を2人も飼うだなんて贅沢にも程があんよ? まぁ2人とも違うタイプだけどさ、ここは涙を飲んでお別れしちゃって――」


「何と言われようとも断る」


「そりゃないだろ、こんなイイ話なかなか無いぞ? お嬢ちゃんたちもさ、毎日豪華な飯を食って、キレイな服を着てよ、屋根のある部屋で眠れんだぜ? そっちの方が良いだろ?」

 


 活芽は衣織に向かって歩み寄った。コイツは口で言っても分からんタイプか。オレは衣織をかばうようにして立ったが、諦め悪くも回り込み、野放図に手を伸ばしてきた。


 その腕を絡め取って絞めあげたのは、凜花だった。こめかみの青筋具合から、我慢の限界といったところか。



「いい加減にしやがれ! しつこいんだよテメェは!」


「ま、待ってくれ! 暴力反対! オレは、数少ない物流の担い手だぞ? そんなのに手を出したらもう、色んな人を敵に回しちゃうぞ?」


「そうかい。だったらよぉ、まともな口がきけなくなるまで、丁寧に丹念にブチのめしてやろうか!?」 



 そこで衣織が口を挟んだ。止めるのかなと思いきや、全く違った。


  

「私に名案がありますよ。このイヤラシイ男を始末して、車ごと物資をいただきましょう。それで旅が楽になりますよね」


「おっ、さすが衣織ちゃん。冴えてんね。車の運転なら任して」


「ヒィィ! 勘弁してくれ! ここまで揃えんのに危ない橋を渡ってんだ! 家族の為なんだよぉ、だから許してーーッ!」



 そこで凜花と視線が重なった。オレが苦笑しながら首を横に降ると、凜花も手を離した。活芽がその場で尻から倒れこんだ。


 すっかり腰砕けになった傍から、オレは最後の言葉をくれてやった。


 

「話は終わりだ。大切な仲間をモノ扱いするつもりはない。早い内に退散することだな」


「待ってくれ。じゃああれだ、ガソリンで手を打とう!」


「ガソリン?」


「レートはもう、とびきりサービスするから! ちなみにレギュラーでな!」



 オレは改めて皆の顔を見た。とくに拒絶する理由も無く、取引に応じることにした。

 

 ガソリンの備蓄はあった、というより車に給油された状態だった。傾いた車庫の中、2台の軽トラックがある。どちらも満タンの状態だ。


 すると、司馬木が器具を片手に言った。やたらと長い、蛇腹のホースだった。


 

「ここはオレに任せて、お前らは下がってろ。ガソリンは引火しやすいから危ねぇんだ」


「司馬木に出来るのか?」


「一応、取り扱いの免許を持ってんだよ」



 そこまで言うのならと、ガレージの外からお手並み拝見。時おり活芽と会話を重ね、小刻みな車の移動を繰り返した後、作業は終わったらしい。


 それで商談は成立したようなものだ。ガソリンに加え、多少の野菜を渡したことで、予定した品の全てが手に入った。



「いい取引だったぜ旦那。またよろしく頼むわ!」



 活芽が爽やかに笑った。ついさっきまで半泣きの顔だったのに。この切り替えの早さには、再び苦笑を漏らしてしまった。



「良いだろう。仲間を売り飛ばせ、なんて言わなけりゃ、話ぐらいは聞く」


「それはそうと旦那、これから気をつけなよ?」


「何をだ?」


「女ってだけで価値があるのに、美人、しかも2人もだなんて。このご時世じゃかなり危ないぜ。真夜中のスラムで、札束を見せびらかしながら練り歩くようなもんだ」


「そんなにもか。じゃあ警戒しないとな」


「つってもまぁ、この近辺なら大した事ねぇわ。都内まで行くなら話は別だけどよ。あっちは生存者の数も多いから、それだけ危険も増えるんだ」


「オレの目的地は、その都内だ」


「オウ……。まぁイバラの道だとは思うけどよ、アンタらの幸運を祈ってるぜ。それじゃあまた、よろしくどうぞ〜〜」



 活芽がクラクションを短く2回、小気味よく鳴らしては、車を発進させていった。それからどこへ向かったのかは、もう分からない。



「さてと。今後の事を考えないとな」



 改めてふれあいパーク内を巡回してみる。園中はすっかり荒らされていた。鶏舎は無惨にも破壊されて、1羽のニワトリすら残っていない。畑の方も作物が枯れており、靴で踏み荒らした跡が痛ましい。



「畑は襲撃犯と争っている時に荒れました。鶏舎は分かりませんが、周囲に隠れ住む者たちが、ドサクサに紛れて盗んだのかもしれません」



 と、誰かが言った。あれほどの数を奪われたのは痛手だが、この廃墟の海から犯人を探し出すのは、明らかに不可能だった。


 プラネタリウムの火災は、ほぼ鎮火していた。というより、燃えるものが燃え尽きて、黒煙をあげてくすぶっている状態だった。付近に延焼せずに済んだのは幸いだと思う。



「襲撃犯の姿もない。全員逃げたのか……」



 焼死体が転がる結末を予想したが、焼け死んだ者は1人もいなかった。その事実は不思議と心を軽くした。宇和前の共犯者とは言え、あれほど大勢の命を奪うことは、やはり抵抗があったのかもしれない。


 そうして巡回を終えた所で、司馬木が言った。失望を隠そうとはせず、ため息混じりだった。

 


「つうかさ、これ無理じゃね?」


「何がだ、司馬木?」


「ここに居座ることだよ。残った人間で住むには広すぎんだろ。噴水だって枯れてるし」


「オレが宇和前と同じ力を使えば、水も復活するかもしれない」


「だったら尚更ヤバい。キレイな水が吹き出るって他所にバレた瞬間、生存者に狙われちまうだろ。以前みたいに大勢で住んでたら、守り通せるかもしれねぇが」



 司馬木の言葉はもっともだ。豊かな水に、農業や養鶏が可能と知られれば、様々な脅威に晒されるだろう。盗まれる、あるいは強奪もあり得た。


 実際、内紛の隙をつかれて、鶏が根こそぎ奪われる事態になっていた。その犯人、恐らく複数犯は、今もどこかに潜んでいるはずだった。



「たしかに司馬木の言う通り、拠点を変えるべきかもな」


「でもな、10人ってのが半端なんだわ。まともな建物で、ちょうど入れそうなとこって、辺りにどんだけあるんだろ……」


「ちょっと待ってろ。今から一筆書く。紙とペンはあるか?」



 オレが問いかけると、しばらく間をおいて、誰かが駆け戻ってきた。手渡されたのは、ノートの切れ端とボールペンだ。


 さっそく文をしたためた。文面は、いきなり頼って心苦しいこと。あとは司馬木は改心したこと、元囚人たちの身の上話についても触れておく。最後に世話を頼むと締めくくり、手紙を司馬木に預けた。



「これを持って自明大学に行け。その紹介状を渡せば、悪いようにはしないだろ」


「えっ!? あんなところに戻ったら、オレは殺されちまうんじゃ?」


「それをさせない為の手紙だ。たぶんアイツなら上手くやってくれるさ」


「アイツって誰だよ。新リーダーとか?」


「そうだ。大介って名前に聞き覚えは?」


「大介、大介……。あるっちゃあるが、さすがにな。あんなガキが親分になるとも思えんし」


「そいつで合ってるぞ。子どもだと思って甘く見るな。アイツは、そこらの大人よりよっぽど頭が切れるぞ」


「へぇぇ……子どもボスかよ。世の中って分かんねぇもんだな」



 それから全員を集めて話し合った所、今後の方針が決まった。司馬木は生存者達を連れて、自明キャンパスへ行く。受け入れてくれるか確証はないが、恐らく問題ないように思う。


 そしてオレは凜花とともに、予定通り都心へ向かう。少し意外だったのが、衣織もついてくると言った事だ。てっきりキャンパス組に加わると思っていたが。



「良いのか衣織。都心はここより危ないらしいぞ?」


「はい、聞いてます。でも私、ワタルさんや凜花さんに恩返しがしたいです!」


「そんなの気にしなくていいぞ。恩返しならもう十分だ。衣織のおかげで、宇和前の悪事に気付くことが出来たしな」 


「理由は他にもあって……。お二人の事が、少し好きになったんです。こんな時代ですし、どこで死ぬか分かりません。だったら、自分の望むように生きたいんですが……ダメでしょうか?」



 上目遣いになる衣織を見て、オレは少し戸惑う。同行を許したいが、果たして危険な旅に連れて行って良いものか。可能であれば、凜花ですら置いていきたいくらいだ。


 だが、オレの返答よりも前に凜花が動いた。衣織に抱きつき、頬を擦り寄せながら笑った。



「かわいい、いじらしい、最高! 良いよ良いよ連れてく! 誰が何と言おうと、衣織ちゃんは旅の仲間だ!」


「おい凜花、勝手に決めるな……。いや、うん。まぁ良いか」


「ありがとうございます、がんばりますね!」



 そうして話がまとまると、別れの時を迎えた。


 2台の軽トラックは分け合う。オレと司馬木がそれぞれ1台ずつ使用する。拠点に残る食料や物資は、大半を司馬木たちにゆずった。その中から水と缶詰を少しだけ分けてもらった。


 良ければ半分に、と言われたが断った。こちらとしては、足が出来ただけでも十分だ。



「それじゃあな、鬼道きどう。お前とは不思議な縁だったと思うよ」


「司馬木、みんなを頼むぞ」


「もちろんだ」



 司馬木が右手を差し伸べてきた。オレも同調して、手を伸ばし、握る。力強い握手を交わした後に、オレ達は別れた。



「さぁて、出発しようぜ!」



 運転席に凜花、助手席に衣織。オレは荷台に乗っての移動となった。この席は悪くない。肌に感じる風が心地よく、思わず瞳を閉じた。以前の、文明や法律が残っていた頃では、味わうことの許されない体験だった。


 車は軽快に飛ばしていく。こちら側の道は損傷がマシで、走行も比較的スムーズだ。少なくとも駅周辺で見たような、バカでかい大穴はどこにも無かった。


 

「ええと、都心に行くにはどうすっかなぁ? いやそれよりも、明るい内に今日の寝床を探しとくか?」



 凜花も上機嫌で、今にも鼻歌が聞こえそうだった。運転できることが嬉しいのかもしれない。もしや車が趣味だったりするのか。そんな想像を浮かべた矢先、デニムパンツのポケットが震えた。



「スマホの通知? いったい何が……」



 その画面を見た瞬間、オレは凜花に停まるよう叫んだ。ブレーキ音とともに軽トラが尻を振って、その場で急停車した。



「どうしたワタル! 何かあったか!?」


「凜花、衣織。お前たちは、これからイモムシに食われる覚悟はあるか?」


「えっ……。それはもしかして?」

 


 オレは2人にスマホの画面を向けた。そこには、インフォから呼び出しを受けたことが書かれていた。

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