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第33話 戦いはまだ

 何かの焼ける音。ジュウジュウとした音色が食欲をそそる。


 ここはどこだろう、と思う。視界はボヤケており、民家のようだが、誰の家か分からない。それが気がかりで、少しだけ居心地悪く思う。


 だが詮索は途中でやめた。台所で料理に勤しむ結菜の姿を見たからだ。


 

「ごめんねワタル君。もうすぐ出来るから」



 オレは待つ。何時間だって待つ。結菜にはその権利があると思った。

 


「はい、できました! ふんわりオムライスのハァ〜〜トつき!」


「うん」


「もうちょっとリアクションないの? 形が良いねとか、ハートマークなんて嬉しいなぁとか」


「うん、美味そう」


「まったくもう……。冷めない内に食べようか。いただきまぁ〜〜す」


「いただきます」



 結菜はダイニングテーブルの向かい側に座った。しかし、座ったと認識できただけだ。あらゆるもののピントがぼけており、どんな椅子で、どんな机かもよく分からなかった。



「どう、お口にあうかな?」


「うん」


「ケチャップの量が多すぎたかと思うけど、平気?」


「うん」



 ケチャップの酸味と卵の食感が、ほどよく混ざり合う。結菜はかけすぎたと言うが、割と好みの味だった。



「ねぇワタル君。私ね、最近思うんだよね」


「うん」


「もしあの日にね、事件に遭わなかったら、どうなってたかな」


「やめてくれ」


「私達はこんな感じで、傍に居られたのかな。大人になっても、当たり前のように」


「やめろ。今は美味いものを食っている」


「そうだよね。ごめんなさい、ご飯の最中に」


「別に謝らなくて良いよ」



 事実は消えない。起きてしまったなら、どんなに理不尽でも、現実と認めるだけだ。1番大切なのは、その後にどう動くかだと思う。


 思いはしても言葉に出さなかった。今は手料理の味を楽しみたい。



「ねぇワタル君。お皿って、最初からこんな形をしてたのかな?」


「どういう意味だ?」


「椅子とかテーブルとか、時計も窓も、この家も。みんな最初から同じ形だったのかな?」


「わからん。話が見えてこない」


「たぶんさ。スプーン1つでも、色んな歴史があると思うの。素材とか形とか何度も何度も変えて、工夫を凝らして」


「そういう事か。たぶんそうだと思う」


「すごいよね、人間って。最初は何も無かったのに、森とか山とか草地しかなかったのに、こんなにたくさん作っちゃうんだもん」


「そうだな。ご先祖様が、血のにじむ思いで頑張ってくれたお陰だ」


「ついには車や飛行機作ったり、宇宙衛星なんて飛ばしちゃったもんね。すごい事だと思わない?」


「確かにな」


「でもね、そんな素晴らしいものに囲まれて、恵まれた人生を送ってるはずなのに、当時の私は気づかなかったなぁ」


「オレも似たようなもんだ。無くして始めて大切さに気付かされる。月並みの意見だがな」


「できれば、手元にあるうちに感謝したかったな。今更だけど」


「結菜?」



 何を伝えようとしている? 問いかけようとしたが、不意に外が騒がしくなった。壁の向こうから争う声がする。ケンカでも始めたのか。



「うるさいな。ちょっと様子を見てくる」


「今回はここまでかな。またね、ワタル君」


「なんでだよ。うるさい奴なら追っ払ってくるから」


「うん、そうしてね。凜花さん達も困ってるから」


「どうしてその名前が出るんだ? なぁ?」



 世界が端から消えていく。おぼろげな壁もテーブルも、食べかけの料理も。そして最後に結菜の姿さえ。



「おい、結菜! 待ってくれ!」



 思わず手を伸ばした。その先には高い天井が見えた。辺りは薄暗く、いくつかの手持ちライトが、膨大に並ぶ椅子を照らしていた。



「ここは映画館か? いや、違うな……」



 そう言えばこのふれあいパークには、レストランの隣にプラネタリウムが併設されていると思い出す。


 椅子がベッド代わりか、何人かが横になっていた。窮屈そうだが、地べたよりはマシだろう。



「凜花達はどこだ? いや待てよ、妙に騒がしいような……」



 遠くで激しい物音が聞こえた。そして、たまに絶叫が混じっているようだった。



「何が起きてるんだ……。宇和前一派なら倒したはずだが」



 重たい扉を開けて正面ホールに出た。すると、足元に何かが転がった。目を向けると、それはこぶし大の石だと分かった。 



「石……? 誰だよ、危ないだろ」


「ワタル! 目が覚めたのか!?」


「ついさっきな。迷惑をかけた……」



 オレは目に映る光景が信じられなかった。正面入口をソファやテーブルで塞ぎ、何人かが懸命に防衛していた。凜花に加え、Tシャツ姿の司馬木(しばき)や、見知らぬ男も数人混じっている。



「お前ら、これは何の騒ぎだ?」



 問いかけに答えたのは衣織だった。彼女は、負傷した男を担いで後方に退がろうとしていた。



「ワタルさん。体調はよろしいのですか?」


「あぁ。体力面は全く問題ない。それよりどうしたんだこれは。まるで戦争じゃないか」


「あながち言い過ぎでもありません。私達はもう、何日も衝突を続けてますから」


「相手は宇和前の残党か?」


「いえ、そうではありません。ごく普通の住民です」



 衣織の話によると、宇和前を倒した日は平穏だった。住民たちは困惑しつつも、野良仕事と炊事をこなし、いつも通りに過ごした。地下に閉じ込められた囚人たちも、無事に手当を受けて、温かな寝床と料理にありつく事ができた。


 問題は2日目だった。



「噴水が枯れたって?」


「はい。水を無尽蔵に吐き出していた設備が、全て止まってしまったのです。同時に作物も萎れてしまって……」


「それで自暴自棄に?」


「そのようです。辺りは凄まじい憎悪で満ちています」


「おおよそは分かった。助かる」



 オレはすぐにバリケード裏に張り付いた。凜花と司馬木が、見て分かるほどに安堵の表情を浮かべた。



「おお、待ってたぜ相棒! やっと目が覚めたんだな!」


「凜花、状況は?」


「どうにか堪えてる。だがこっちは元囚人だけで、相手はその何倍もいやがる。守るだけで手一杯だよ」


「司馬木も協力してるのか。真っ先に逃げそうなお前が」


「おい、あんま舐めんなよ!? オレは自分ファーストなのは合ってるが、それだけじゃねぇからな?」



 司馬木はホール中央の方を見た。そこには、自販機の陰に隠れる少年がいた。



「オレはムカついてんだ。せっかく地獄から生還したってのに、やっと普通の暮らしに戻ったハズなのによ。また襲われるだなんて、許せねぇだろ!」


「そうだな。オレもそう思う」


「何笑ってんだテメェ? 別におかしなこと言ってねぇだろ!」


「あぁ悪い。なんとなく嬉しくってな」


「何が言ってんだバカ野郎! こちとら何日も戦いっぱなしだ、遊びじゃねぇんだぞコラ!」


「吠えるなよ。悪かったって言ったろ」



 話し込む間も、石が投げ込まれた。バリケードから向こうを覗き込んだ。外には今、5人から攻め立てられていた。


 敵が持つ武器は原始的。石ころだとか、モップばかりで、刃物を持つのはせいぜい1人だけだ。これなら戦える。計算は一瞬で終わった。



「凜花、司馬木。ここの守りを頼めるか?」


「そりゃ構わねぇけど。アタシはまだやれるし」


「じゃあ任せた」



 オレはバリケードを飛び越えて、最前線に躍り出た。連中も始めは驚いたが、すぐに憎悪を剥き出しにした。



「のこのこ出てきたぞ! ブッ殺せ!」



 攻め寄せるのは野良着を着た男たち。何度か見た顔だ。その時は行きずりのオレ達に対して、柔和な笑みを向けてくれたものだ。


 今は、鬼の形相で、草取り鎌を振り上げている。



「お前ら、とにかく落ち着けよ!」



 鎌を警棒で払い落とした。たった1合打ち合っただけで、相手は武器を落とした。やはり脅威ではない。足を引っ掛けてやると、受け身も取れずに背中から倒れた。


 戦い慣れていない、完全に素人だった。連携も全く取れていない。バラバラに攻め寄せては、オレの一撃で簡単に戦闘不能になる。そして投石も精度が低く、まともに当たりはしなかった。



「問題は、相手の数が多いことか」



 倒すそばから敵は数を増やした。1人倒す間に、2人3人と駆け寄ってきた。いつしかオレは、10人以上に取り囲まれてしまった。鎌、木刀、包丁。そんな武器が全て、オレ1人に向けられていた。



「観念しろ、この野郎。よくもオレたちの楽園をメチャクチャにしてくれたな!」



 1人が吠えると、憎悪はさらに色濃くなった。声を出してまで唸る奴までいた。



「落ち着け。確かに水や作物を奪われた事は辛いだろう。だが、それは多くの犠牲の上で成り立っていた。オレ達が見過ごしていたら、さらに多くの人が命を落としていたぞ。それは年端もいかない子どもまで含めてだ」


「はっ。なんだ、それくらいの事」



 何人かが鼻で笑った。残りも、特に驚いたようではない。この反応にオレは、思わず愕然とさせられた。と同時に、胸の中が失望で暗く燃え盛っていった。



「お前たちは、地下の事を知ってたのか?」


「新顔はさておき、古参の連中は全員知ってたよ。宇和前が言う神だの仏だのは全部嘘っぱち。黒魔術か何かで、奇跡を起こしてたんだろ?」


「多少の認知にズレはあるようだが、知ったうえで協力していたんだな? 彼ら生存者を、同じ災厄に苦しめられた仲間を、むごたらしく死なせている事を……!」


「くっだらねぇ。自分の暮らしさえ良けりゃそれで十分だろうが。それより女を寄こせ! さもないとブッ殺すぞ!」


「そうか。お前たちも間接的に関与してたんだな。じゃあブチのめしておかないと」


「何がブチのめすだ! 状況見えてんのかコラ!」



 その声と同時に幾本もの刃物が迫った。素早く位置を変え、同時に払う。それから1人を打ち据えて包囲から突破。背後に回って2人3人と攻撃を浴びせていった。


 敵が怯む。構わず追撃。警棒越しに骨の折れる感触が伝わる。敵は半分以下にまで数を減らすと、散り散りになって逃げていった。鉄柵を乗り越えて、パークの外の廃墟まで。



「終わったか。2度と戻って来るなよ……うん?」



 そこで車のエンジン音を聞いた。狂ったような駆動音を響かせながら、1台の軽トラックが猛然と突っ込んできた。



「くたばれ、クソ野郎が!」


「くっ。危ない!」



 横跳びになって避けた。すると、トラックはそのまま直進して、バリケードに向かって突き進んだ。



「凜花、司馬木! そこから離れろ!」



 トラックはバリケードを打ち破ると、そのままホールに突入。間もなく柱に激突して発火。ボンネットから火柱があがってしまう。



「2人とも逃げろ! 爆発するぞ!」


「ワタル、こっちは何とかなる! 残った連中を連れて裏口から逃げるぞ!」


「分かった! 外から安全を確保する!」



 それからプラネタリウムの裏手へ回った。そこで3人の男が鉄扉を蹴破ろうとしていた。相手が身構える前に突進、その全てを打ち倒した。


 凜花たちが脱出を果たしたのは、その直後だった。



「おう、さすがワタル。仕事が早いじゃん」


「お喋りは後だ。あの様子では火事になっても――うわっ!」



 肌に響く轟音とともに、辺りの空気が揺れた。ついにトラックが爆発を起こしたらしい。表に回ってみる。炎は勢いを増しており、バリケードにまで引火した。建物自体に燃え移るのも時間の問題だった。



「よし、逃げよう。なるべく離れるんだ!」


「うう……助けて……」



 足元から声をあげたのは、襲撃犯の1人だ。這いつくばったまま、救いの手を差し伸べてきた。



「アンタにやられて骨が折れた、痛くて立ち上がれない……」


「それがどうした」 

 

「火事に巻き込まれちまう。頼むから、オレを助けてくれ……」


「ロープで縛られてないだけ、逃げやすいだろ。死にたくなかったら自力で何とかするんだな」



 オレはそう言い残すと、その場から立ち去った。その後に凜花や衣織、司馬木達も続く。元囚人の面々も全員揃っていた。


 それからは難を逃れようとして、北エリアへと向かった。するとそこで、だだっ広い駐車場に停まる1台のワゴンカーを見た。



「何だあれ。あんな車あったか?」



 車の側には、1人の中年男が佇んでいた。短いタバコに爪楊枝を刺して、紫煙を堪能しているようだった。



「おっ。やっとイザコザが終わったかい。こちとらだいぶ待たされたんだ。たんまり買っておくれよ?」



 男が白い煙を吐きながら言った。


  

「買うってなんだよ?」


「おおい、見て分かんねぇのか? 行商(キャラバン)だよキャラバン! 記憶に残るくらいの素晴らしい取引頼むぜ?」



 男は車のドアをスライドさせると、中の荷物を路上に展開していった。オレたちはただ、呆気にとられながら成り行きを見守った。



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