36 番外編 ベアトリクスの趣味嗜好と実益が一致した件(3)
最終話、少し長くなってしまいました。
はー・・。なんだかな・・。
聖女と男装の麗人の話でモランルーセル王国は持ちきりだ。
病気の村人を救った聖女と20人の村人を諭し許した麗人。
村を復興する数ヵ月の労役で許したのは、エティエンヌだけど、なぜかベアトリクスが恩情をかけた事になっている。
聖女は勿論ルーナだ。
・・・で、男装の麗人というのが、男装の変人のベアトリクスだ。
有名になり、ルーナの傍にベアトリクスが張り付いて面白くない。
その憂鬱を払拭すべく、朝早くから素振りをしていたら、ベアトリクスが無言で隣に来て、同じように素振りを始めた。
ベアトリクスに嫉妬していても仕方ないので、心を無にし黙って剣を振る。
するとあまり聞くことのない、ベアトリクスの弱音がぽつり耳に入ってきた。
「エティエンヌ殿下に助けられた・・・」
「は? ああ、ベアトリクス嬢に当たる矢を叩き落としてもらった事か? 大事にならなくて良かったじゃないか」
俺の言葉は慰めにもならなかったようで、更に悔しそうに吐きだす。
「私は王家の人を守る騎士になるために頑張ってきたのだ。それが守られるなど・・、あってはならない」
俺はベアトリクスという人間の本質を初めて見た気がした。
騎士団の中で戦っても、ベアトリクスは上位の強さだ。
それが、王族に助けられて余程悔しいのか、素振りが乱れていた。
そこに、大急ぎで走ってくるエティエンヌが見えると、あからさまにベアトリクスは嫌な顔をする。
だが、それを知らないエティエンヌは合流直後に笑顔で申し出た。
「私も鍛練に参加していいですか?」
青リンゴの如く爽やかな笑顔で頼まれて、断れる奴はいない。
「いえ、一緒には出来ません」
断れる奴がいたー!!
「何を言うんだ。折角だから一緒にすればいいじゃないか」
俺は必死に二人の間を取り持つ。
「あ、そうだ! じゃあベアトリクス嬢とエティエンヌ殿下とで手合わせをしてみては?」
俺の提案に、ベアトリクスはノロノロと、エティエンヌはうきうきとして、二人は刃を潰した剣に持ち替え、向かい合った。
上段から打ち込むベアトリクスの剣を両手でしっかり受け止め、更に横に振った剣も縦に受け止め流すエティエンヌ。
この王子、細身でそう見えないが、剣の腕前は俺と同等・・もしくは上か?
ほおー・・。エティエンヌの剣は流れるように躱しているが、そう見えないようにしっかりと両手で受け止めている。力量の差を分からなくするためなのかも知れないが、それはベアトリクスには通じないぞ。
ベアトリクスも剣術の腕前は確かだ。それならば、相手との差は否が応でも分かるだろう。
しかし、失礼にならないように丁寧に受け止めるエティエンヌの気持ちもわからぬでもない。
決して手加減をしているのではないのだ。
そう思いながら見ていたら、ベアトリクスが急に剣を下ろした。
「手合わせ、感謝する」
一言残し、悔しそうな顔で去って行く。
二人に手合わせを提案したが、その間違いに気がついた。
すぐに追おうとするエティエンヌだったが、何かを悟ったようで、足を止める。
そして、見るからに肩を落とすエティエンヌが、ポツリと本音を漏らした。
「ベアトリクス嬢とアレクシス殿下が並んで素振りをしているのを見て、悋気を起こしました」
は? この王子は何を言っているのか?
「俺とベアトリクスでは100回生まれ変わっても何もないと言える。友情なら生まれるかも知れぬが、それ以上の関係はないと断言できるぞ。それと、ベアトリクス嬢の元気がないのは、騎士を目指しているのに、その守るべき対象に守られ、彼女の矜持が傷ついたからだ」
はっとするエティエンヌは、更に萎れる。
「彼女を傷つけるつもりはなかったのに・・」
ふらふらしながら、エティエンヌも去って行った。
しまった。両方を傷つけたのは俺か?
やってしまった・・。どうしよう。
恋愛って・・難しい。
恩人の恋路の邪魔をしてしまったと泣きついた先はルーナだ。
「ルーナ・・エティエンヌ王子の恋を応援してやるつもりが、失敗してしまった・・」
椅子に座っているルーナに抱きついた俺。ルーナは俺の背中をとんとんとあやすように優しく語りかける。
「うふふ、大丈夫ですよ。二人の間に僅かですが、心が寄り添いつつあるのがわかりませんか?」
「寄り添っている? あの二人が?」
顔を上げるとルーナが、そっと俺の頭に口づけを落とす。
「ベアトリクス様ばかり見ていると、私も悋気を起こしますよ?」
「え・・?」
ルーナが? それはダメだ!!!
俺は立ち上がり、ルーナを抱き上げ俺の膝にルーナを乗せる。
「ルーナを悲しませるなんて、自分自身を許せない。ルーナ、ごめん。俺の全てはルーナのものだよ」
ルーナの顔が俺に下りてきて、俺の唇に柔らかいものが当たる。
珍しく、ベアトリクスの突入がなく、俺は深い口付けを堪能できた。
ルーナがちょっと、人前に出られない艶かしい顔になったので、少しばかり、人払いの時間を要したのは俺の落ち度だった。
お陰で朝食と昼食は、部屋で摂る事に・・。
そのせいで知らなかったのだが、ベアトリクスも一人部屋で食事を摂っていたらしい。
ルーナはああ言ったが、本当に二人がくっつく未来なんてあるのか?
心配だ。
その日の夜は、民族舞踊を見ながら食事をするというので、折角用意してくれた催しが台無しにならないように、部屋に籠っていたベアトリクスをルーナが誘いに行った。
俺も一緒に行こうと言ったが、ルーナに『アレクはここにいてね』と言われ、待てをくらった犬のようにじっとしている。
中々姿を現さない二人に気を揉みながら待つこと数十分、宴が始まるギリギリの時間に漸く、ベアトリクスは席に着いた。
その時、隣に座っているエティエンヌの安堵の溜め息は、俺にも聞こえた。
もう、日数が後僅かしかない中で、ベアトリクスと接触できなかったら、告白すら出来ないよな。
俺も気が気でないんだが・・。
剣の舞の演目では、美しい女性が二刀流で美しい剣術を披露しながら、舞戦う。
「あの、女性達は、美しさもさることながら、剣も舞も一流です。どうですか?」
恐る恐る説明するエティエンヌは、まだ美女でベアトリクスを釣ろうとしているのか。
しかし、肝心のベアトリクスの瞳は舞台を見ておらず、たこだらけの掌を見ていた。
「私は・・・」
「はい、なんでもおっしゃってください」
「私は、人を守護するために頑張ってきた。だが、今回は守られる側になるなんて・・情けない・・」
ベアトリクスが唇を噛みながら俯く姿に、かける言葉が見つからない。
こんなにも落ち込むベアトリクスなど、見たことがなかったからオロオロし、咄嗟に慰める言葉を思い付いたが、ルーナに止められる。
「アレク様、ここはエティエンヌ様にお任せしましょう。だから、しー」と俺の口に人差し指を当て、微笑む。
本当に大丈夫か?
だが、ルーナが言うのだから、俺も黙って見守る事にした。
隣のエティエンヌが、姿勢を正す。
「私は、あなたよりも強い。だから、剣であなたに守られることはないと思うし、あなたに守られたくはない」
この言葉で、ベアトリクスの顔が憤怒に変わる。
しかし、動じずエティエンヌは言葉を続ける。
「しかし、私はあなたに守ってもらいたいものがあります。私は自分が嫌いなのだ。いつも優柔不断で、後ろ向きだ。だから、あなたが眩しかった。どうか、夫婦となり、私の心を守ってくれませんか?」
おおおお!!
言ったぁぁぁぁ!!
俺の心臓が、他人事なのにどくどくしている。
ベアトリクスよ。早く返事をしてやってくれ。
俺がこうなら、エティエンヌの心臓は早鐘状態だろうに。
ベアトリクスが口を開いた。
「残念だが、無理な相談だ。なぜならここに私の心を満たしてくれる美女がいないわ」
一世一代のプロポーズの言葉に、投げやりな言葉で返すベアトリクスに腹が立つ。
なんだそれ!と突っ込みたくなるが堪えた。
ふーっとため息をついたエティエンヌが、すくっと立ち上がる。
流石に優しい王子も怒りで、席を立ったかと思ったが違った。
エティエンヌは、踊り子の一人から打ち掛けを借り、少し紅を引いて舞台に向かい、楽団に演奏を始めさせた。
そして、エティエンヌは女舞を舞い始める。
長めの髪は、もつれることなく広がり、ひじを内側に入れながら伸ばすと細く長い指先が際立って優美に動く。そして、艶かしく流し目でこちらを見れば、男の俺でさえ腰が浮いて抱きつきたくなる色気が漂った。
少し紅を差した唇が、開けば妖艶に微笑み魅了した。
ふわりと回ったエティエンヌから、甘い香りが仄かに届く。
呆気に取られた俺よりも、固まったまま動かない奴がいた。
ベアトリクスだ。
ルーナを見つけた時のような、見入りよう。
否、それ以上かも。
ハーハーハー・・
奴から危ない呼吸音が聞こえる。
更には、女の声とは思えない低い声で喋っている内容は美女を見つけたオッサンのような内容。
「う美しい・・これ以上美しい人がこの世にいるだろうか? いや、いない。究極の美人を見つけてしまった・・手にしたい、手に入れて撫で回したい」
「逃げろ!! エティエ・・ふごぉ!!」
俺が立ち上がったのを、ベアトリクスは何を間違えたのか、俺がエティエンヌを横取りすると思ったのか、飛び蹴りを腹に食わせやがった。
「残念だが、エティエンヌ殿下は私の物だ。先ほど、わ・た・し・が、告白を受けたの」
そう叫ぶと、ベアトリクスは舞台上のエティエンヌに抱きついた。
「エティエンヌ王子殿下、私にあなたの全てを守らせて欲しい」
ベアトリクスの申し出に、エティエンヌは目を見開き、そして美しい涙を一粒流すと「はい、私もあなたの全てを守ります」とひしと抱き合った。
「るるルーナ・・こ、これは一件落着なのか?」
「ええ、勿論です。これ以上ないベストカップルの出来上がりですわ」
・・・まあ、いいか。
恩人である、エティエンヌがあれほどまでに喜んでいるのだから。
彼が幸せなら、口出しは無粋だな。
それからが大変だった。
恋? を自覚したベアトリクスは、エティエンヌを守るために自分の隠密を全て投入し、一切の危険物や憂いをなくそうと奮闘している。
俺が近付こうものなら、
「アレクシス殿下、我が婚約者に近すぎる!後50センチは離れて。あなたの呼吸で彼の大事な香りが吸われるといけないでしょう? それか呼吸は吐いて吐いてを続けて下さい」
「空気を吸わないと、死ぬだろう!!」
俺が怒ると、しっしと追い払う仕草で対応。仕方なくエティエンヌから離れる。
「それくらい離れてくれたら文句は言わないわ。ダーリンの全ては私のものだものね?」
エティエンヌの首筋の香りを満足げに嗅ぐベアトリクスに、エティエンヌは恥ずかしげにしているが、実に嬉しそうだ。
俺達は新年を国で迎えるために、帰り支度を始めたが、ベアトリクスは学校が始まるギリギリまでモランルーセル王国にいるらしい。
そして、新学期に帰り、卒業後すぐに結婚すると息巻いている。
一国の王太子の結婚式がそんな準備期間が短くて不安なのだが、ベアトリクスならやりとげるだろう。
そして、結婚式。
二人が寄り添って立っている姿に、感無量だ。
その後、王太子妃となったベアトリクスが、弱き民を脅し賄賂が横行している地方役人相手に剣を振り回し、剣妃と呼ばれるのは、すぐ後の事である。
めでたし、めで・・・
ああ、そうだ。ベアトリクスの美女図鑑はどうなったかだけ、報告しておこう。
結果を言うと、美女図鑑は完成しなかった。
ただ一人の人物画を集めた画集になってしまったからな。
その美人画集は、絵師が描いた物や、ベアトリクスが趣味で描いたエティエンヌを集めた物。
今では膨大な量になっている。
結婚してもエティエンヌへ向ける、ベアトリクスのマグマよりも熱く、ブラックホールの中心部の質量より重い愛は変わらない。
そして、その愛を全面的に受け入れるエティエンヌも相当なものだ。
その暑苦しい夫婦が、我が国に遊びにくるのだ。
ルーナが喜ぶので、仕方ない・・。迎える準備をしておくか・・。
では、もう一度言う。
めでたし、めでたし。
これで、本当に終了です。
ありがとうございました。
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