第十二章 自爆行為もほどほどにってか?
「……汝、最後の問いに答えたり。我、汝を謎を全て解きし者として認める。先に進むがよい」
石像は重々しいトーンで言うと、その身を光に変えてどこかに消えてしまった。
これでこそ、この身をあえて犠牲にしてちゃっちゃと台所まで水を取りに行った甲斐があったってもんだ。
……まあ、あの後神に「神様パワーを城からの脱出手段として使うとか、反則中の反則でしょうよ。最近私、タカシのせいで肩凝りと腰痛の他に冷え性まで患っちゃったんですけど」などとえんえん嫌味を吐かれまくってしまったが。
でも、また今度困ったらあの手を使わせてもらおっと。何かもう俺、死に慣れちゃったし。
「さーてと。さっさと先に進むとしますか」
言っておくが、もう謎は勘弁だぞ。頭を使うのは得意じゃねえんだ。
そう勝手に思いつつ、俺は階段へと足を進めていった。
ゆっくり階段を下って行くと、何だか得体の知れない不安感が徐々に募ってきた。
「また、何かが待ち受けてるような気がするんだよなあ」
まあ、この城で何かが待ち受けていない方が圧倒的に少ないわけであるが。
そんなくだらないツッコミを入れているうちに、周囲が段々と暗くなり始めた。
どうにか目を凝らせば何があるかくらいは確認できそうだが、それにしても視界はよろしくない。
しかし、この程度でたいまつをこしらえていては一生先に進めそうにないので無理矢理頑張る。
「んっ」
何か今、ペタペタと足音みたいなのが聞こえてきたような。
まさか、魔物が近くにいるのか?
「いや、まさか。さっき、恐い石像とたわむれた直後だし」
連続でボス戦的な展開はできればやめてほしい。今までだって、中ボスみたいなのがやたらと登場ってのはなかったしさあ。
でも、俺の密かな希望とは裏腹にペタペタという音はやむ気配が全くない。
……というか、その音が鳴る回数が段々増えている気がしてきたのだが。
「おおおおっ!」
何か、薄闇の中でもぞもぞしてる奴が見えちゃったんですけど!
しかも、その数がなかなか半端じゃない感じなんですけど!
「ウケケケケ……」
ぎらりと光る異様な数の赤い目が、こちらに向かって一斉に向けられる。
目が周囲の環境に慣れてくるうちに、その正体は否応なしに明らかとなった。
「ひいっ!」
毛皮と思しき軽装をまとった、筋肉質の小柄な肉体。
小振りでありながら、頭部から突き出た鋭い角。
ろくに魔物の知識がない俺にもわかる。こいつらは、ゴブリンとかいう奴らだ。
しかも、先程も述べたようにその数がやばい!
「あわわわ……」
軽く、二十匹くらいはいるよね? いや、下手すりゃこれ、もっといるよね?
巷の噂によると、ゴブリンは弱い部類の魔物に入るという。もしかしたら、剣もまともに持っていられない俺なんかでも一匹くらいは何とかなっちゃうんじゃないかなーなどと期待しちゃったりしないでもない。
でも、この数はちょっ……。
「ウキャキャキャキャー!」
「いぎゃあああー!」
あれこれ考えているうちに、ゴブリン軍団は俺に向かってドバっと一気に飛びかかってきた。
多勢に無勢なんて、めっちゃ卑怯じゃね?
そんな文句を継ぐまもなく、俺の脆い身体はあっという間に引き裂かれていく。
……ていうか、あれこれ考えてる暇があったらさっさとUターンして逃げ出せばよかったんだよなあ。
それに気がついたのは、すっかりゴブリンのエサと成り果てた後であった。
「今度は機敏に動かねえとな」
ゴブリン前の階段まで戻ってきた俺は、ブツブツ言いながら一人で作戦会議を開いていた。
「あの数じゃ、剣とか槍とかで挑んでも敵いっこないし、一気にあいつらの密集地帯を走り抜けようにも、絶対すばしっこそうだしなあ」
気合で色々考えてみるも、どれも浮かぶのは一瞬でオダブツコースまっしぐらっぽいものばかり。
しかしここで、俺の脳内にピーンと妙案が降臨した。
「そうだ。魔法を使えばどうにかなるんじゃ」
俺には、この城で手に入れた魔法が四つほどある。
このタイミングで使わずして、一体それをどこで使うというのか。
「えーっと」
ここで、魔法について書かれた文面を復習しておこう。
『そのイカズチは、翼竜をも一撃で打ち倒すであろう。〈ライトニング〉』
『もしもの時に放てば、一瞬のうちに立ちはだかる敵を殲滅させる禁断の呪文。〈ズドンヴァ〉』
『この呪文を受けた者は、深い眠りに誘われる。〈スリピア〉』
『これを使う時は、恥を捨てよ。さすれば、命だけは助かるだろう。〈マイスルー〉』
ライトニングだけは、絶対に使っちゃ駄目だろ。何せ、屋内で使ったら建物をこっぱみじんに吹き飛ばすというとんでもない威力を誇るアホみたいな魔法だもんな。
てことは、ここで使うべきはやっぱり。
「魔物は、正面から打ち倒すに限る。よーし!」
俺は足早に階段を駆け下り、薄闇にたむろうゴブリンどもの前に踊り出た。
そして、よだれを嫌らしくたらす奴らに向かい、手を突き出してかまえる。
「覚悟しろよ、魔物ども。この俺が、魔法で蹴散らしてやるからな」
魔界の塩の恩恵により、俺の中の魔力は充分。魔法が不発してゴブリンに食い殺されるというオチは、この先にはないはずだ。
よって、こんな臭い台詞を吐いたって、俺は決してイタくないのだ!
「食らえ、勇者の怒りの一撃を。ズドンヴァ!」
「キイィィィー!」
解放された魔力が、周囲一帯に爆発を引き起こす。
まばゆい光とともに闇が取り払われ、全てを無に帰していった。
そこに響くのは、悪しき魔物達の断末魔。壁ががれきと化す音。そして、俺の悲鳴……って、あれ?
「うおああああーっ!」
待て。待て待て。待て待て待て!
この爆発、想像を遥かに凌駕するようなレベルで強過ぎるぞ。
それが原因なのかは知らないけど、何か俺の身体まで崩れ始めてきたんだけど!
「そ、そんなっ……た、た、助けっ」
翼竜を打ち倒したイカズチをも優に超える轟音が、俺の最期の声までかき消してしまった。
凄まじい爆炎に包まれて、もはや何もかもがさっぱりわからなくなって、そして……。
「タカシよ。いい加減起きたまえ」
「うーん……」
気がつけば、いつものお決まりパターンが俺を待っていた。
若干クラクラする頭を押さえながら、周囲を見渡す。
「何があったんだ、一体」
「何があった、じゃないよ全く。あんな臭くて馬鹿丸出しの台詞を吐いて自爆行為を働くとは。ああ、神として本当に情けない」
「おいおい。人が目を覚ますなりのっけからきついことかましてくれるな」
無駄なのはよーくわかってはいるのだが、つい無神経な自称神の面を見ようと空を見渡してしまう。
そんな俺に対し、奴は平然とした口調で毒を吐き続けやがった。
「そりゃあ、きついことをかましたくもなりますねえ、はい。だって、タカシ君は大変アホの極みなことを平然となさって下さったんですもの。おほほほ」
「気色悪い口調はやめろよ。何か知らねえけど、頭がクラクラするんだからさ。くそお、魔法はちゃんと唱えたはずなのにどうして」
「ちゃんと唱えちゃ駄目なもんを唱えたからこんなことになったんだけどもね。そこ、わかってなかったりする?」
「はあ?」
「あのさあ、ズドンヴァの説明文ちゃんと読んだ? よく、思い出してみなさい」
「説明文って……あれは、魔物を一瞬で殲滅させる」
「ノンノンノン。注目すべき点はそこじゃないよ。ほら、確かこう書いてなかったかい? もしもの時に使えばとか、禁断の呪文だとか」
「……あ」
何だか、ちょっとだけ事情が読めてきた気がする。もしかして、この魔法って。
「いくらアホなタカシ君でも、ようやく理解することができたようだね。そう、あの魔法は術者の生命エネルギーを魔力で増幅して大爆発させることによって、何もかもを巻き添えにして吹っ飛ばすっていうたちの悪い魔法なの。お陰で城がまたぶっ壊れて、えらいことになったみたいだよ。ま、先程クージャが己の魔力を総動員して早急に修理なさっておりましたけれども。しかも、全滅したゴブリン部隊も再び動員されたようだし」
やっぱそうか。あれは、唱えちゃいけない罠系の魔法だったということか。
ああ、悔しい。俺はてっきり最強の魔法と勘違いしてとんでもねえ恥をさらしちまったというわけか。
どうせ何もかもを吹っ飛ばすんだったら、今まで吐いた俺のイタい迷言もぜーんぶ吹っ飛ば……ゲフンゲフン。
それにしても、全てを破壊し尽くしちまったにも関わらず、俺が復活する前に修復や魔物の補充をぱっぱと終えちまうなんて。魔王クージャ、恐るべし。
「ま、犬死にはこの程度にして次は頑張るように。魔法を使うっていう発想は悪くなかったんだからさ、あと一歩発展させてみよう。以上」
「あっ」
あのクソ神。言うだけ言ったらまたどっかにずらかりやがったな。
でも、今回はヒントらしき置き土産があるだけマシか。ひどい時は、人をゴッドコン呼ばわりして丸投げにしやがるもんなあ。
「発想は悪くなかった……ねえ」
つまり、あのゴブリンには何らかの魔法を使うのが有効というわけか。
新たな対策をぞんぶんに練ろうと努力を重ねながら、俺は魔王城へと戻っていった。




