第十三章 轟け魔法! 頼むからちゃん……シーズン2
「発想はよかったということは、やっぱり魔法で切り抜けるのが正解ってわけなんだよなあ」
神からの微妙過ぎるヒントを胸に、俺はゴブリンルームの前でうんうん唸っていた。
少なくとも、ライトニングとズドンヴァだけは使っちゃいけないということはよーくわかった。
だとすると、残された魔法はあと二つ。
かけた相手が深い眠りにつくとかいうスリピアって奴と、これを使う時は恥を捨てろだとか何とかいってたマイスルーとかいう奴だ。
「あの口振りからすると、きっとどっちかは正解なんだろうな。でもなあ」
わかっていても、ここは慎重にいかないと後々面倒だからな。何せ、一度は利用させていただいたとはいえ、死んだら城の入口で復帰だし。
「いっそ、城の前で復帰するかその場で復帰するか選べたら楽なのになあ……ん?」
あれ? 何か俺、変なこと言わなかったか。
まあいいや。そんなことより攻略、攻略っと。
「さっさとゴブリン倒すぞ。おー!」
とりあえず気合を入れるために叫んだ後、ゴブリン密集地帯に再び突撃していった。
「ウケケケケ……」
うう、姿は見えづらくても、気味の悪い声は聞こえてくる。
突撃を実行したはいいが、気配もビンビン伝わってくる。何だか、一刻も早く抜け出したくなってきた。
「でも、やるっきゃねえんだよ」
まーたイタい台詞をほざいちまった気がするが、まあいい。魔法を試すまで引き返すわけにはいかないことには変わりないしな。
「はああ……」
右手を薄闇に向かって突き出し、意識を集中させる。
今回は、あの自爆魔法の時のようにはいかない。何せ、今唱えようとしているのは安全に違いない奴だからな。
「食らえ。スリピア!」
「ウケケっ。ウケ……ウキャっ……キャ……」
よーし、よし。どこからかゴブリンがバタバタと倒れる音が聞こえてきたぞ。
敵を深い眠りに誘う魔法。この肩書きは伊達じゃなかったってことだな。
「ウキー……スピピピ」
ふふふ、間の抜けた寝息まで聞こえてくる。今のうちに走り抜けてしまえば、攻略は簡単だな。
「そーっと、そーっと……」
抜き足、差し足、千鳥足……じゃなくて、忍び足っと。
おっと、人前で言ったらダダ滑りしそうなことをつい思い浮かべちまった。でも、これは俺の頭の中にとどめているだけだから露見したりはしないよな。きっと。
しかし、こうもうまく行っちまうと逆に不安といいますか、何かまだあるんじゃねえのって疑っちまう自分がまだ心の中にいやがる。
いいんだよ、タカシ。お前は凡人とはいえ勇者なんだから。これくらい、うまくいく回があったって……。
「ウキャー……」
ん?
「ウキャキャ」
んん?
「ウキャキャキャキャー!」
「うぎゃああああーっ!」
怪しく瞬く無数の赤い光が再び灯ったかと思うと、眠っていたはずのゴブリンどもが俺に向かってかじりついてきた。
そんな。何故、どうして。あいつらは、眠っていたはずだろう?
言いたいことは山盛りだったが、俺はあっという間に口がきけないような状態に成り果ててしまった。
俗にいう、死人に口なしという奴である。
あの後じっくりゴブリンどもの様子を伺ったところ、スリピアが攻略の鍵に成り得なかった理由がわかった。
何ということだろう。あいつらは、生きる分にはほんの少しの睡眠時間しか必要としない種族のようなのだ。
「こんなの反則だよな、ちょっとしか寝ないゴブリンなんてさあ。いくらスリピアかけても、数分もしないうちに目を覚ましやがって。ま、これがわかったのも俺のねちっこい実験の賜物だけどさ」
微妙に遠い位置からスリピアをかけては観察し、かけてはまた観察し。これを繰り返したからわかったことだ。決してこれは、神から恩着せがましく与えられた情報などではない!
ちなみに、スリピア自体に持続性がないんじゃねえの? という疑問を元にして、安全なところで俺自身にスリピアをかけてみたところ、大爆睡しちまった。しかも、かなりの長時間。
だから、あのゴブリンどもがあまり眠りを必要としない種族という仮定にはほぼ間違いはないはずなのだ。ただ単に俺が魔法に弱いという可能性は、低いと思う……と信じたい。
「つまり、ここで使うべき魔法は」
たった一つ、いまだに唱えられないまま残された魔法であるマイスルー。名前はセンスの欠片を感じられないくらいものすごく変だし、そんなに期待はできない。
でも、神が言っていた以上これを唱えるのが正解だとしか考えられない。ここでいつまで考え込んでいたって、話は先に進まないのだ。
「よし! そろそろ行くぞ」
ゴブリン密集地帯に再び突撃し、奴らに気づかれないようなギリギリの位置で様子を見る。
……奴らの注意が俺に向いていないことを確認し、意識を集中。今だ!
「マイスルー! ……おおっ?」
呪文を口にするなり、俺の身体は淡い光に包まれた。
一瞬何が起こったのかよく理解できなかったのだが、ふと自分の手を見るなり仰天した。
「すっげえ! 何だこりゃ!」
視線の先に本来は映っているはずの、俺の手がない。でも、グーだのパーだのやってみると、その感覚は伝わってくる。
つまり、姿が透明になったってことか。
「おおおっ。これならゴブリンどもに見つからないで向こう側に行ける。いやあ……マジですげえじゃん。これ」
マイスルーよ、変な名前とか言ってごめん。お前は、ある意味最強の魔法だよ。
そんなことを心の中で呟きながら、堂々とゴブリンどもの横を通っていく。
「へへ。これなら楽しょ……おっと」
しゃべっちゃまずいよな。きっと、この魔法に消音効果はないだろうし。
ここはやっぱり、抜き足差し足……だな。
「そーっと、そーっと」
「ウケー。ウケケー」
「そーっと。そーっと」
「ウケケケー。ウキャキャキャ」
「ん?」
あれ、何かちょっとおかしくないか。背後から、ものすごい数の視線を感じるのような気が……。
嫌な予感に胸を蝕まれつつも、くるりと後ろを向いてみる。
「ウキャキャキャー!」
「うおあああーっ!」
何が何だかさっぱりわからないが、いつの間にやら背後にゴブリンの行列がズラーっとできていやがった。
しかも、奴らは一斉に俺に向かって飛びかかってきた。
どうして? 俺、正解の魔法を唱えたはずだよね? 魔法によって透明になって、見つからない状態になったんだよね? それなのに、何で俺は……。
「また、食われてんの?」
ああ、透明化してても血しぶきにはしっかりと色がついたままなんだなあ。
そんなことが頭に浮かんだのとほぼ同時に、俺の意識は途絶えた。
「ターカシくーん。まーたお前は……ん?」
「あ?」
「ど、どうしたの。その顔は」
俺の究極極まる仏頂面を確認するなり、クソ神はビビったようだ。
まあ、無理もないわな。さっきから、城の門を蹴っ飛ばしまくって八つ当たりしまくりだしな。
「何があったか、知ってるあんただったらわかるんじゃねえの?」
「いつも以上に態度が悪いねえ。いや、何があったかはよく知ってるけれどもさあ」
「じゃあ、わざわざ聞いてんじゃねえよ。人に嘘の情報を提供して、挙句心の傷を広げるような真似をする。それは神ではなく、悪魔が行う所業なのではないでしょうかねえ」
「う、嘘の情報なんて教えてないが。ただ、魔法の使い方をお前が間違ったというだけのことで」
「はあ?」
「ひいっ」
どんだけ俺にビビっちゃってんだよ、この神は。面を見てやれないのが実に残念だ。
「ま、ちょ、落ち着こう。今や恒例となりつつある、神からのヒントお時間が始まるからさ。ね?」
「ほほーう。神からのヒント、ねえ」
だから、世界の危機を救いたいんだったらヒントじゃなくて答えをよこせっての。こ・た・え・を!
……まあ、せっかくくれるって言ってることだし、聞くだけ聞くけどな。
「あのさ。前にも言ったことだが、魔法の説明文はちゃんと読んでいるのか? はっきり言うと、マイスルーを唱えたこと自体は正解だ。でも、あと一手足りない」
「一手?」
「そう、あと一手。マイスルーがどんな魔法として説明されていたのかをよーく思いだして、何をするべきだったのかを考えて実行するように。じゃ、私はこれで。バイビー」
「は? バイビーって何だよ! 無駄に渋い声を作ってからちゃっかりおふざけぶっこんでんじゃねえよ! おいコラ! おっさんゴラァ!」
神の声は、ぱったり聞こえなくなってしまった。
くそお。久し振りにあのいい加減なおっさんに対して殺意が湧いてきやがった。しかし、今はこの衝動に身を任せている場合じゃない。
「マイスルーがどんな魔法か、よく考えろ。か」
こんなところで、えんえんとつまづいてる場合じゃない。どうにかして、あのゴブリンどもの目を欺いて先に進まなくては。
うまく回らない知恵を振り絞りながら、俺はしばらく唸り続けた。
いまいち確信を持てない中で、俺はゴブリンルームの前に佇んでいた。
「あの言葉の意味をそのまま受け止めるのであれば、アレをしろって言ってんだよな」
自信がない上に失敗すれば一生の恥。もしもうまくいけば……。
いや、迷ってる時間なんてねえ。本当は嫌だが……嫌だが!
「気が全然進まねえけど……こうなりゃやけだ! やけしかねえよ。うおおおおーっ! マイスルー!」
俺はマイスルーを自分にかけてから、着ている服を乱暴な手つきで脱ぎ捨てた。
道具袋にささっとぶち込み、極力小さく丸めて拳に収めてから、ゴブリンが巣くう中に向かって全裸で猛進する。
「ウケー」
「ウキャー」
やっぱり、ゴブリンどもは俺の存在に気づいてはいない。のんきな声を上げながら、薄闇の中でくつろいでいやがる。
「恥を捨てろって、こういう意味だったのかよ。こんなのって……ありかよぉ!」
おそらくマイスルーは、生身の身体の表面だけを透明にする魔法だったんだ。
だから俺の体内から噴き出た血も、俺が身にまとっていた衣服も透明にならなかったんだ。
そりゃあ、服がプカプカ宙に浮いてりゃゴブリンどももついてもくるわな。一応、脳内では納得することができる。
にしても、全裸になった状態で透明人間化して全力疾走が正解だなんて。ひどい、ひど過ぎるぜ。
「くっそおー!」
恥どころか、プライドをも捨てることとなった哀れな勇者。この羞恥極まるこの姿を誰にも見られてなかったとしても、俺の傷ついたハートは永遠に癒されることはない……ぐすん。




