第十一章 謎が全て解けない!
「何でこんな方法で明かりを灯さないといけないんだよ」
ここは暗闇部屋の前。俺はかれこれ長いこと、木製の板と棒とともに死闘を繰り広げている。
何でこんなことをしているかというと、自力で火を起こして即席たいまつを作るためだ。
にしても、誰が城周辺に生えてる木を適当に伐採して、材料の木材を調達して自分で火を起こすという発想に行き着くことができるというのだ。こんな勇者、どこを探しても他には絶対いないぞ。
……いつだかに探索した台所に火を起こす道具さえあればこんな苦労しないで済んだのに、その類のものは全く見当たらなかった。魔物って、きっと自分で火を噴いてかまどを使ってたんだろうなあ。
あ、ちなみに、俺がぶっ壊してしまったはずの城はどういう力が働いたのかは知らないがしっかり元通りになっている。
まあ、あのままじゃ暗闇うんぬん言う前にがれきに道が埋もれて先に進めないから直っててくれてた方が好都合だからいいんだけどさ。
「おっ」
腕が筋肉痛を起こしかけたところで、ようやく種火がついてくれた。
くうう、苦節することすること早数時間。やっとここまでこぎつけた。やっと、やっと、やーっと! 暗闇部屋を攻略することができる。
「さて、これを作ったたいまっ……つっ……にっ……」
ん? 何かおかしい。鼻がむずむずする。
こ、これはまさか。こ、このタイミングで?
い、嫌だ。せっかくここまでこぎつけたというのに、それだけは決してやってはならない!
「ふぇっ……ふぇっ……ふぇっ……」
嫌だああああああーっ! ! !
「ふぇーっくしょーん!」
再び死ぬ気で火を起こしてどうにかたいまつをこしらえた俺は、足元をくまなく照らしながら慎重に足を進めていった。
よくよく見ると、落とし穴になっている床は微妙に色が違っている。ここを避ければ、攻略自体は簡単だった。
「俺が必ず、クージャを倒してみせますから」
落とし穴と犠牲となった先行者達に向かって拝んでから、先に進んでいった。
次に俺を出迎えてくれたのは、何の変哲もない普通の部屋だった。
強いて状況を説明するならば本棚と引き出しがあって、その他は床やテーブルに色々なアイテムが散らばってるのと、壁際に物が立てかけられているのが気になるくらい。本当に、人間が住んでいても違和感がない感じの部屋としかいいようのない雰囲気だな。
変わったところといえば、奥に若干派手な感じの扉があることくらいか。
「とりあえず。探索、探索……と」
例え何もなさそうな感じでも、どんなヒントが隠されているのかわかったもんじゃない。隅から隅まで、徹底的に探し倒すとしよう。
まず目についたのは、今まで攻略の鍵をたくさん俺に与えてくれた本棚の本だ。
何故かこの魔王城、やたらとわけのわからんタイトルの本ばかりが安置されているのだが、これがまたしょっちゅう役に立つものだから目をそらしてはいられない。例えどんなに馬鹿馬鹿しい感じの本であっても、俺は頑張って読み倒してみせるぞ。
「えーっと」
これはただの小説。こっちは魔界の経済についてうんたら書かれているわけのわからない本。それでもってこいつは……。
徹底的に調べまくってみたが、情報らしきものは一切見当たらない。もしかすると、この本棚はハズレなのだろうか。
「ん?」
よく見ると、一冊だけカバーがかかった薄い本がある。明らかに、他の本とは雰囲気が違うのだが。
ひょっとして、これが俺が探し求めているものなのか?
「しかも、付箋までついてる」
これは、かなり期待していいんじゃないだろうか。
よしよし、こいこい。この先重要になるスペシャルヒントよ、我が元に!
「せーのっ! ……んんん?」
勢いよく開いてみたはいいが、そのページに載っていたものを見るなり思考が停止してしまった。
いや、こういう場合って、どういうコメントをしたらいいんだろうな。
とりあえず、事実だけを淡々と語るとこうなる。
『魔界の美熟女・マルシェナちゃん。眩しいばかりの日差しを浴びながら、男どもを悩殺する色気をムンムンと放っております。彼女の美貌に、傍らで揺れるラフレシアもどことなく恥らってしまっているようです』
これはあの、アレですか。魔界とやらで流行してる、グラビア写真集ですか。
どうでもいいが、このマルシェナちゃんとやらの「熟女」という肩書きはともかくとして、「美」という言葉を頭につけて呼んでいいような方なのだろうか。少なくとも、健全な人間である俺には彼女の魅力はさっぱりわからない。
「うぐう」
しかもさらによく見ると、付箋に小さく汚い字で『ク』と書かれている。
ま、まさか。このマルシェナちゃんとやらの写真集……いや、それはないよな。
この『ク』が魔王クージャを示していて、この写真集がクージャのお気に入りだとかいうことなんて、絶対にそんなことないよな。
クのつく名前なんて、クリスとか、クリスティーヌとか、クリスティーナとか、たくさんあるもんな。だから、ぜーったいにそんなことは。
……うん。気を取り直して他のところを調べるとするか!
考えることを放棄した俺は、黒歴史を葬り去るかのように写真集を道具袋にぶち込んで目の前から取り去った。
今度は室内に存在するアイテムに着目し、ひょいひょいと道具袋にそれらを突っ込んでいくことにする。
まず気になったのは、床に転がっていた使用用途が一切不明の変な玉。濁っている上にヒビが入っていて、物としての価値があるかどうかも怪しいものだ。
次に、目についたのはテーブルに無造作に置かれていた手鏡。ちょっとのぞき込んでみると、少しばかりやつれた顔が。
……しかし、それをさっぴいてもパっとしない顔だな。地味というか何というか。普通過ぎ?
いや、今は己の容姿なんぞに嘆いている場合じゃない。さっさと探索を再開だ。
さらにインクが切れたペン、眼鏡、マグカップ、触り心地のいい布きれ、モップなどなど。役に立つ立たないに関わらず、何でもかんでも道具袋に入れてやった。
特に、片方だけしかない長靴なんてどうすればいいのか全くもってわからないんだが、まあいいんだ。本当にここ、何が道しるべになるかわかったもんじゃないんだから。
「さーてと」
部屋を徹底的に荒らし……ゲフンゲフン。徹底的に探索し終えた俺は、若干派手な扉の方に顔を向けた。
この先、嫌な予感とまではいかないが、なーんか待ち受けてるような気がする。
ここまで俺の第六感らしきものは、無駄に高い的中率を誇っている。ということは、覚悟くらいは決めた方がいいか?
「うーん」
まあ、ここで迷ってても話が一向に進まなそうだしさっさと行くか。
「うぎゃあああーっ!」
余裕をぶっこきながら扉を開けるなり、俺はつい今までで一、二を争うほどの絶叫をあげてしまった。
いや別に、扉を開けるなり岩だとかが降ってきてドスンとやられただとか、床がすっぽ抜けて「あーれー」なことになったわけではない。
ただ、殺風景な室内にそびえたつ存在に肝を潰してしまったのだ。
「あっあわわわ……」
下へと続く階段の前に、とてつもなく恐ろしい形相をした巨大像が仁王立ちしている。
そのたくましい腕には石膏細工のごつい棍棒を握りしめ、ぎょろりとした目でこちらをじっと睨みつけている。
こいつは間違いなく魔物だ。しかも、確実に中ボスレベル。
だとすると俺、殺される? あのでっかい棍棒で、一撃で粉砕される?
しかし、この石像がこちらに襲いかかってくる気配は全くない。
足が震えて仕方がないのだが、おそるおそる近づいてみることにした。
「汝、この先に進むことを望む者か」
「ひいっ!」
おおおおっ。何ておぞましくて渋い低音でしゃべりやがるんだこいつは。
それにしても、まともに口を利く魔物に出会うなんて初めてだから、一体どうしたらいいものか迷ってしまう。
……うん。下手に無視をするとぶっ殺されそうだし、とりあえず礼儀正しく応対するとしよう。
「は、はい。出来れば、その先に進ませていただければ大変嬉しく思う所存でございます。はい」
「ならば、我が問う三つの謎に正しき答えを示せ。さすれば、汝に道を譲ってしんぜよう」
「え? ええと」
三つの謎、とな。つまり、それに答えないと魔王の元に辿り着くのは一生不可能ということか。
でも、何だかそれって本格的な勇者もやりそうでちょっぴり盛り上がる。
よーし、ここは一発やってやるかあ!
「ぜひとも、この私に謎をお与えくださいませ!」
「よろしい。では、まず一つ目の問いだ」
石像はゆっくりとした動作でうなずくと、部屋全体に響き渡る声で最初の謎を述べた。
「私はそなた。そなたは私。そなたが私の右頬を打とうとすれば、私もそなたの右頬を打とうとする。そなたが私から遠ざかろうとすれば、私もそなたから遠ざかろうとするだろう。さあ、汝が答えと思うものを我が目の前へ示せ」
「……」
あのー。しょっぱなから、わけのわからん問いをぶっ放されてしまったのですが。
私はそなたで、そなたが私だあ? どっかのフレーズに出てきそうな感じではあるが、何のことだかはさっぱりわからない。
でも、目の前に示せと言われているわけだから、答えはアイテムなのかな?
うーん。それにしたって、こんな頭痛がしてきそうなことを尋ねなくたっていいじゃないか。
「うー……」
とりあえず、考えをまとめるために実際に石像が述べた問いのように動いてみる。俺が右の頬をぶとうとすると、相手も俺の右の頬をぶとうとする。俺が遠ざかろうとすると、相手も遠ざかっていく。
俺の動きに対し、同じ動きをするということか。そっくりそのまま、同じような動き……。
「あっ!」
今まさに、頭の中にピーン! とくるものがあった。
そうだ、あれだ。石像が求めている答えは、あれに違いない。
「わかりましたよ。貴方様がお求めになられている答えはこれでしょう!」
道具袋に手を突っ込んで取り出したのは、先程部屋で拾った手鏡だ。
鏡に映った像は、映っているものと同じ動きをする。
さあどうだ。まさに、これが答えだろう。
「……汝、一つ目の問いに答えたり。次の問いに移る」
いよっしゃあああ!
どうせ一問も解けやしないだろうなあって思ってたのに、全力で脳みそを絞ったら答えをひねり出せた!
よーし、よしよし。この調子で、全て謎とやらを解いてみせるぜ。
気合が入る中、石像は再び俺に謎を与える。
「私は双子。隣りに兄弟がいてこそ、その真価を発揮する。私がいなければ、負う傷にあえぐ者も多く存在することだろう。さあ、汝が答えと思うものを我が目の前へ示せ」
「……」
あのー。何だか、謎の質がちょいとばかし雑になってはいませんか。
双子って唐突に言われても、いまいちピンとこない。双子、双子、双子……。
「あっ!」
今まさに、再び頭の中にピーンとくるものがあった。
いやあ、我ながら妙に冴えてるなあ。双子といったら、間違いなくあれしかない。
「わかりましたよ。貴方様がお求めになられている答えはこれでしょう!」
俺は自信満々に胸を張り、堂々と石像の目の前に手鏡を示した。
鏡に映った像は、そっくりそのまま前にあるものを映す。これぞまさしく、双子だあ!
「……」
しかし、石像は無言でじっとこっちのことを見ている。
この顔で睨まれると恐くて仕方がないせいか汗が止まらない。
いや、この汗は何だかちょっとおかしいぞ。ええと、その。これは、あれだ。
あの、いやーな予感がピリピリとしてきた時に感じる、あれに違いない!
「汝、我が求む答えを示さず。この場で、死をもって償うがいい」
「えっちょっと待っ……うがあっ!」
ぷちっ。
俺は抵抗する間もなく、石像が振り下ろした棍棒に叩き潰されてしまった。
ああ、俺の死を嗅ぎとる予感よ。第六感同様、異様に高い的中率を誇ってくれるのはいいのだが、せめていつもみたいに早く発動してくれればよかったのに。
そうしたら、うまいこと身をかわすことができる可能性がほんのちょっぴり生まれたかもしれないというのにさあ。
あの後神から「いやあ、双子って言葉で一問目の答えと同じものを出すとか、単純にもほどがあるでしょうよ。後半の言葉も考えてさあ、ちゃーんと謎に答えなさいよ。ねえ?」と嫌味を吐かれ、俺は石像が待つ部屋まで戻ってうんうんと頭をうならせていた。
「双子って何だよ。わけわかんねえよ」
物に双子って、該当するものか? しかも、ないと怪我するものって。
一見最初の謎よりも雑かなあと思ったが、内容が雑な分ヒントになりそうな箇所が少ない。
最悪今まで手に入れてきたアイテムを片っ端から相手に見せるという手段もなきにしもあらずなのだが、それを実行したら俺は何回死ぬことになるやら。痛い思いはもうしたくないし、勇者としてもここは正答を導いて攻略したいものだ。
「うー……」
石像が言う謎とやらは、どうも言葉が硬くてわかりづらい。よし、俺風に柔らかく言い換えてみるとしよう。
「えーっと。『俺ってば、双子ちゃんなんだよねー。その兄弟がいてこそ、俺は実力をババーンと発揮するわけよ。俺がいないと、怪我で困っちゃう人もいたりしてぇ~』こんな感じか?」
うん。ものの見事にシリアスの欠片もなくなっちまったんだが。俺の乏しい言語力にアーメン。
でも、少しだけわかりやすくなったような気がする。うむむ、もうちょっとない知恵を絞るか。
「双子ってことは、同じ形をしたものが二つそろってるってことだな。それがペアになって、真価を発揮すると。でもって、ないと怪我とかで困るもの……あっ!」
きた。きたきたきた。今度こそ、二つ目の謎の答えがピーンときた。
「わかりましたよ。貴方様がお求めになられている答えはこれでしょう!」
次に道具袋から取り出したのは、片方しかない長靴だ。
これなら片割れがないとちゃんとした役割を果たさないし、履かないで外を歩いたりしたら人間なら当然怪我をする。
さあどうだ。これが答えなら、あの一言を頼む……!
「……汝、二つ目の問いに答えたり。次の問いに移る」
いよっしゃあああ!
ビビりながら答えた甲斐があったってもんだ。ようやく、二つ目の謎も解いてやったぜ。
あと一問、あと一問。
胸を躍らせながら、俺は石像の言葉に耳を傾ける。
「私の身体は自由自在。その身を軽くして空に漂うことも出来れば、生き物の中に溶け込むこともできる。器次第で、どのような形も有することができるものなり。さあ、汝が答えと思うものを我が目の前へ示せ」
「……」
わからん。全くもって、さっぱりわからん。
意味不明、理解不能、無茶苦茶、滅茶苦茶。
うぐう。頭がショートを起こして、段々クラクラしてきやがった。
また汗がダラダラと垂れてきて、頬をジトっと伝っていく。ああ、のどが渇いた……。
「そういやあ、水があったっけ」
確か、いつぞやに台所で入手した水が残ってたな。塩水を作るのと、薬の調合の失敗の際に消費したせいであまり多くは手元にないが。
「うう、ぬるい。でも、美味いなあ」
いくら魔王城産のものであるとはいえ、水は人間が飲むものとたいして性質に差はないようだ。
あーいいなあ、こののど越し。水って、何だかんだ言って最高に美味い飲み物だよなあ。
これでキンキンに冷えてれば……って、脳内が現実逃避し過ぎだな。
「そろそろ、真剣に考えないと」
その場にどっかりあぐらをかき、若干潤った頭を無理矢理フル回転させる。
「身体が自由自在ってことは、どんなものにも形を変えられるってことだよな。じゃあ、答えは粘土? いやいやいや。粘土は空は飛ばないし、生き物の中になんて溶け込めねえな。つまり自由自在ってのは、比喩表現なのか? 身体が自由自在で、器次第で形が変わる。空も飛ぶ。生き物の中に溶け込める。あっ」
きた。きたきたきた。きたーっ! 三つ目の答え、この勇者の脳内に見事降臨したり。
「絶対そうだ。間違いねえ」
間違いない。三つ目の答えは水だ。
水なら固体・液体・気体と自由自在に姿を変えて、湯気だとか水蒸気だとかの状態になれば空に漂うこともできる。もちろん、液体の状態で摂取されれば生き物の体内に溶け込むことも可能だ。しかも、器に注げばそれと同じ形を成す。これの他に、石像が出してきた最後の謎にふさわしい答えがあっただろうか。
うーん、俺なんだか今回すごくないか?
こんなことをひらめいちゃうなんて、凡人勇者の汚名をそそげるんじゃないか?
「さーてと、早速」
鼻歌混じりに言いながら、道具袋に向かって手を伸ばす。
しかしその時、俺はとんでもないミスを犯してしまったことに気がついた。
「あ」
ない。水なんて、手元に一ミリリットルもありやしない。
その理由というのがまた、明確過ぎて泣けてきた。
「水、飲んじまったじゃねえかあー!」
そう、あまりののどの渇きに耐えられず、ついうっかり全て飲み干してしまったのだ。
まさか攻略に必要だとは思わなかったもんだからつい……ああ、畜生! 数分前の自分の行動が悔やまれまくる!
「どうしよう。てか、一体どうしたらいいんだよ。ううう……」
どうにかして水を手に入れないと、この先に進めない。
確か台所には水道もあったような。だから多分、台所があったところまで戻れば水は入手できる。でも。
「でも、なあ」
台所は、入口近く。しかしここは、城内でもかなり奥の方の位置。
ここからあそこまで、戻らなきゃいけないっていうのか? 自分のミスのせいとはいえ、俺はあそこまで歩くなり走るなりして戻らなきゃいけないっていうのか。それは酷ってもんだよなあ。
「あ」
思いついた。ここで、とっておきの裏技を思いついてしまった。
何か俺、冗談抜きですごいかも。よし、一刻も早く魔王の元へ辿り着くために実行しよっと。
「わかりましたよ。貴方様がお求めになられている答えはこれでしょう」
棒読み気味に言いながら、俺は道具袋からアイテムを取り出した。
それを見た石像の目はさらに険しくつり上がる。
「汝、我が求む答えを示さず。この場で、死をもって償うがいい」
よし、作戦成功。あのクソ神には申し訳ないが、スタート地点までひとっ飛びだあ。
ぶんっと勢いよく飛んできた棍棒に対してニヤりと微笑みながら、密かにガッツポーズを決めた。
ぷちっ。
あっという間に俺は、間抜けな効果音とともに血みどろの肉塊と化した。
かろうじて奇跡的に形をとどめていた右手には、魔王様お気に入りのグラビア写真集が握られていた。




