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第十章 一寸先は闇まみれ

 どうにか二手に分かれた道まで戻ってきた俺は、覚悟を決めるために深呼吸を繰り返していた。

「すーっ。はあああーっ……ふう」

 こんなことを何度やってみても、先に進む決心というものはなかなかつかない。

 何せ、ここは魔王城。今までさんざん引っかかってきたくせにこのタイミングでほざくというのもおかしいかもしれないが、この先にどんなトラップが待ちかまえているかと思うと、何ともおぞましい。

 ついさっきだって、魔王が仕掛けた恐ろしい罠にかかって石碑に押し潰されるという見るも哀れな末路を辿ったばかりなのだ。

 ここは慎重にことを運び、準備を整えてから行動すべきである。

 そう考えた俺は、あえてこうして覚悟を決めるための深呼吸を絶え間なく繰り返しているのだ。

 決して、ヘタレ心が大御礼上昇中というわけではない!

「でも、ここでこうしてても一生話が進まなそうだしなあ。あの、クソ神からも嫌味を吐かれそうだし。……よし、そろそろ」

 いい加減全身に酸素が行き渡りまくったので、渋々ながら決意を固める。

 そして、この先何が待ち受けているのかわからない道にとうとう足を踏み進めていった。

 

 俺が骨を埋めるはめになった方の道とは違い、こちらは普通に城の通路。警戒しながら歩くものの、特に即死トラップらしきものは見受けられない。ただただ、長い廊下が続く。平和なのはいいが、こうも何もないと刺激というものが足りない。

「本当、何もねえなあ」

 仕掛けもなければ、魔物も出てこない。しーんと静まり返っていて、耳に入ってくるのは石造りの床から響く俺自身の足音だけ。

 いや、今までが色々とあり過ぎたってことは薄々わかってはいる。でも、こうも何もないと……なあ?

「おっ」

 ようやく、扉らしきものが見えてきた。さて、次はどんな部屋が俺を待ち受けているのかな。

「鍵はかかってないな。トラップもなし。うん、入るか」

 ドアノブも、至って普通の代物。

 かなり用心深く注意を払いながらも、俺はガチャっと扉を開けた。

 すると、その先に広がっていたのは。

「? ? ?」

 見えない。辺り一面真っ暗で、何も見えやしない。

 この部屋には、一筋の明かりすら存在していない。ただ一面、漆黒の闇が支配するばかり。

 これじゃあ、罠があるかどうかすら判断できないじゃねえか!

「どうやって部屋を探索しろっていうんだよ」

 明かりを灯そうにも、たいまつなどという便利なアイテムなんて所持品にはない。

 つまり、こんなところを手探りで歩き回れというのか?

「うー……」

 静まり返った周囲から判断するに、魔物が潜んでてドーン! なんてことはほぼなさそうだ。

 やっぱり、勇気を振り絞って歩き回るしかないのか。

「何か、嫌な予感がするんだけどなあ」

 正しく言うと、この城に勇者として突入させられてからずっと嫌な予感がしっぱなしなのだが、そんなことを嘆いても仕方がない。

 しょうがない。少しずつ足を前に出して、一歩一歩地道に頑張ってみるとするか。

 まず、つま先をちょいちょいと前方にやってみる。

 うん、一応床はあるな。つまり、進んでみたらいきなり落下という事態はなさそうだ。

 俺は息を吐いてから、力強く前進した。その時。

「んっ」

 足元がふわっと浮いたかと思うと、そのまま身体が前のめりになって倒れ込んでしまった。

「うわわわあっ!」

 そして重力をもろに受け、俺は自分の身に何が起こったのかを理解できないままいずこへと落下してしまった。

「いてっ! うう……」

 ガシャッという音が、尻の下から響いてきた。それに、手元に心地の悪い感触まである。

 これは、まさか。

 そう思いつつ、生唾を飲み込んでから手元にあるものをそっとなで回してみた。

「こ、これって……」

 どことなく丸い形。それでいて、でこぼことした感覚。そして、ぽっかりと空いた二つの大きな穴。

 間違いない。俺の手元にある物体の正体は。

「ず、頭がい骨?」

 状況を整理しよう。俺はおそらく、足を踏み入れると作動する落とし穴に引っかかった。そして今、四方八方を先行者に囲まれているということか。

 ……誰にも助けてもらえないまま死を迎えた、哀れな先行者達に。

「って、よく考えたらめっちゃ恐いんだけど! やだ、嘘だろお! 嫌だあああ!」

 見えないからいいものの、辺り一面骨だらけの空間に俺は落っことされたということだ。そんなもん、よく考えなくたって恐い状況に決まっている!

 しかも、穴から這い上がろうにも全身を強く打ってしまったせいで身体が思うように動かない。

 嫌だ! せめて死ぬんだったら一思いにやってくれよ。こんな骨だらけの空間の中で、力尽きるまで苦しみ続けるなんて。下手なホラーなんかよりも、超ド級の恐さを誇りやがるじゃねえか!

「絶対に、嫌だあああー!」

 俺のむなしい叫びは、一面の闇に吸い込まれていく。

 しばらくは声が部屋にこだまし続けたが、それは次第に弱くなって、そして……聞こえなくなった。


 あの骨空間で力尽きてから、俺は長いこと魔王城の前でガタガタ震えていた。

「こんなもん、誰だって恐いに決まってるだろうが」

 ああ、この心理を「恐い」としか表現できない俺のボキャブラリーの貧困さが情けない。ただ、あの体験はまさにトラウマレベル。元の場所に戻ろうにも、足がすくんで動いてくれない。

「タカシよ。何をしているのだ」

 また神か。人の気を知らないでのうのうと出てきやがって。

「何って、見りゃあわかるだろ」

「うーん。見たところ、城の門の前にしゃがみ込んで、顔を真っ青にしながら震えているといったところ? 原因は、さっきの死に様かな」

「そこまでわかってんだったら、聞く必要ねえだろ。俺はな、ガラスのハートが砕けてやばい状態なんだよ。わかるか? この気持ち。骨に埋もれて、恐怖におののきながら衰弱死した奴の気持ちが。うう、思い出すだけでまだ気分が……」

「本当にハートがガラスでできてるみたいだねえ。まあ、それが砕けたんだったら破片を周囲に飛び散らせて周りの人を怪我させないようにね。で、それはともかく。そのガラスのハートの修復はそろそろ終わったか」

「まだだよ。あの部屋の攻略法のめども、全然立ってねえのに」

 暗闇ばかりが覆う部屋。光を灯す手段を持ってない以上、どう攻略すればいいものなのかすら全く見当がつかない。このまま突撃しても、また落とし穴の餌食になるのがオチだ。

「うーむ、見たところ、今回はかなり重症のようだねえ。仕方ない、私が自ら進んでヒントを出してあげようじゃないか」

「えっ」

 いつもはねちっこい説教をしてから渋々出すというスタンスをとっているくせに、今回はあっさりヒントを出してくれるだと。

 俺はガバっと顔を上げ、暗い空を仰いだ。

「マジか」

「ええ、マジですとも。ここで勇者にくじけられたら、困るのはこっちだからねえ。耳の穴をかっぽじって、よーく聞くがいい」

「はい!」

 いつもは軽蔑してやまない神だが、協力的な姿勢をとってくれるのであれば話は別だ。

 自然と背筋はシャキっと伸びるし、返事にだって気力がこもる。

「うんうん。そういう態度をとってくれればこっちだって協力し甲斐があるというものだ。では……コホン。明かりがなくて困っているのであれば、明かりを自分の力で起こせばいい。タカシよ、お前はその手段を知っているはずだ。明かりを灯すのに必要な物。それを考えれば、自ずと答えは見えてくるはずだ」

「明かりを灯す手段……」

 その曖昧なヒントを聞くなり、俺の頭にピーンとひらめくものがあった。

「そうだよ。あるじゃねえか、明かりを灯す手段が」

 今まで絶望と恐怖ばかりが支配していた心の中が、パアっと晴れるような気がした。

 いける。これなら絶対にいける。確信した俺は、まだ成功してもいないのにガッツポーズを決めた。

「よっしゃあ! 待ってろよ、クージャ!」

 そう高らかに宣言してから、俺は再び魔王城へと突入していった。

 何だか後ろから「あ、ちょっとタカシ! 本当にわかってる? おーい……」と神がのたまう声が聞こえたのは気のせいだっただろうか。


「はああ……」

 暗闇部屋まで死に物狂いで戻ってきた俺は、集中力を高めていた。

 その理由は無論、魔法を放つためである。

「きっとあの魔法を放てば、部屋が照らされるはずだ」

 その発生させた一瞬の光を頼りに、安全なルートを確認する。

 うん、我ながら何て素晴らしい作戦だろう。 

 しかし、自分の力で明かりを灯すだなんて。神もたまには、いいヒントをくれるじゃねえか。

「よし」

 魔力は充分整った。もう、いつでも放つことができる。

 さあ、轟け魔法。再び、俺の道を切り開く術となってくれ!

「ライトニング!」

 そして室内を支配する闇を払いのけ、ドラゴンを打ち倒した時のように俺に新たな道を切り開いてくれ……!

「んっ」

 ゴロゴロゴロ……ドオォオオオオーン!

 耳をつんざく轟音と同時に、まばゆい光が周囲を包み込む。

 そこまではよかった。ていうか、そこまでは想定の範囲だった。

 しかし、期待の気持ちが絶望へと姿を変えるのには時間を要さなかった。

「ぎゃあああ!」

 放たれたイカズチが強過ぎて、城の天井を貫いた挙句に突き崩してしまった。

 そして、がれきと化した城の残骸が、俺に向かって降り注ぐ。

「ぐふっ」

 周囲が光に満たされるどころか、俺の目の前は真っ暗になった。

 

「タカシよ」

「……はい」

 俺は城の前で、きまりの悪そうに目を伏せていた。

 現在の姿勢は、不本意ながら正座。そう、自称神から説教を食らっているのである。

「お前さ、どこまで馬鹿なの? 城の中でイカズチぶっぱなすとか、自殺行為も甚だしいでしょうが。ドラゴンを倒した時は一応屋外だったから大惨事にはならなかったわけだけど、部屋の中でドーンはないでしょ?」

「だって、自分の力で明かりを灯せとか言うから。てっきり、魔法で発生させればいいものなのかと」

「でもさあ、ライトニングの威力を考えたらどうなるかくらい想像つくでしょうよ。城をボロボロにぶっ壊して、おまけに自分はがれきに埋もれて圧死って。あー情けない。城の壁をよじ登って転落死した時も情けなかったけど、今回の死に様が一番情けない」

「自分でも、そう思うけどさあ」

「なら、今度はそんな失敗をしないように。わかった?」

「でもさ、自分の力で明かりを灯せったってわかんねえよ。今まで通った道に、明かりを灯す魔法があったっていうのかよ」

「あのさあ、どうしてお前は魔法にこだわるかなあ。私の言葉の意味を、そのまま受け取れば答えは見えてくるはずなのだが」

「そのまま?」

 そのままって、どういうことだ? まさか、身体に火をつけて歩き回れとか言ってるんじゃねえだろうな。ますます神からのヒントの意味がわからなくなってきた。

 もう、俺にどうしろっていうんだよ!

「……その様子だと、頭が冷えるまでには時間がかかりそうだな。うん、じゃあこれは次までの宿題ということで。以上」

 頭が冷えるだとか、冷えないだとかの問題じゃねえだろうが。

 勇者を見捨ててどっかに行くなよ、無責任な神め!

「くそお! マジでどうしろっていうんだよ。畜生!」

 部屋に明かりを灯すどころか、お先が見事に真っ暗だ。

 一寸先どころかこれからも、この後もずっと闇まみれなような気がする。

 ああ、何かとうとう気分まで暗くなり始めた……。

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