第九章 魔王城に眠る伝説 クージャって、頭大丈夫か?
「ライトニング!」
「グエエエエエーっ!」
周囲を切り裂く轟音とともに空からイカズチが降り注ぎ、ドラゴンの心臓を貫く。
それは確実に奴の息の根を止め、再び闇の世界へと突き落とす。
巨大な身体は火に包まれながら、橋の下へと落ちていった。
こういう解説はできれば魔王を倒した時にしたかったのだが、奴が橋を守る中ボスだった以上、事実はねじ曲げられないのでここで語るはめとなった。
あーあ。せっかく微妙にかっこいい台詞だったというのにもったいない。
「はーあ。魔法ってのは、結構すげえもんなんだなあ。にしても、MPとやらのドーピングに必要だったアイテムが、アレだったなんてなあ」
ドラゴンを打ち倒した余韻に浸りながら、数十分前の出来事を回想する。すると、何だか情けなくなってきて、溜め息が否応なしに口からこぼれ出た。
魔力を得るために必要なアイテムが何なのかを自力で調べるために、俺は例の魔法部屋を隅から隅まで調べ直した。それでも、なかなか情報らしい情報は見つからない。
やけになって、「これ、絶対関係ねえだろ」と思いつつも『モテる秘訣・イケイケ魔物講座』なる本にまで一応目を通した。
……うん、ここは詳しく思い出さない方がいいな。何だか、吐き気がするようなキザな言葉や仕草ばっかり並んでただけだし。
それでもって結局何も見つけられず、さらにイライラしながら『これでアナタもスタミナ戦士! ビンビンお料理レシピ』の方を読んだら、これが何とビンゴだった。
いかにも攻略に何の貢献しなさそうな本には、こう記されていた。
『そこの、魔力に自信がなくて困っているアナタ! その悩み、ワタクシが解決して差し上げましょう。実は、魔界で作られる塩には、魔力を高める効力があるのです! 魔法が得意な魔物に塩辛いものが好きな奴が多い理由はソコナノデスネー! たっくさん食べたり舐めたりすれば、魔力の最大値を増幅させることも可能なのですよ。この裏情報を知ったアナタ、これで今日から魔法戦士の仲間入り!』
やたらテンションが爆裂した文面なのはさておき、内容自体は俺が求めているものそのものだった。
「塩だあ?」
魔界の塩なんて、どこで入手できるっていうんだ?
しばらく悩んだ俺だったが、数分の脳みそのフル回転により、あることに気がついた。
「あ、ここ。魔王城だったっけ」
そう。ここは魔王やその部下達が住む城。つまり、この城にある食材は魔物に合わせたものが用意されているはずなのだ。
そして、肝心の塩はというと。
「錠前をぶっ壊した時のが、確かまだ……」
道具袋から、塩が入った容器を取り出す。見てみると、塩はまだたっぷりと残っていた。
つまり、これを舐めれば魔力が備わる。この、塩さえ舐め尽くせば。
「舐めた途端、死んだりしないよな? これまで罠だとか、まさかそんなことないよな?」
疑心暗鬼に陥りながらチャレンジした結果、現在に至るわけである。
「にしても、塩がここまで活躍する話もめずらしいなあ。まあ、口の中がえらいことになったけど、魔法は使えるようになったからいいけどさ」
やたらと塩に暗躍される魔王城を哀れみながらも、俺はさっさと橋を渡って先に進んだ。
とうとう、おそらく魔王がいる側の城に……。
そう思うと、ちょっぴりだが興奮した。
進んだ先に見えた扉を開けて城に入ると、道が二手に分かれていた。一つは、ごく一般的な城としての通路への入口。もう一つは、何だかダンジョンにつながっていそうな感じの、洞窟みたいな入口だ。
「うーん……」
一体、どっちに進めばいいのだろうか。もとい、どっちが死亡率の低い道なのだろうか。
ここで選択を間違えれば、絶対ろくなことにならない。俺は腕を組み、ひたすら悩み続けた。
「城っぽい方は、入った瞬間に変な罠とか飛んできそうだしな。でも、ダンジョンっぽい方に行ったら魔物が死ぬほど襲ってきそうだしなあ」
罠は、初見殺し系だったら回避はほぼ不可能。でも、魔物なら、全力で逃げ出せば命は助かるかもしれない。
賢明な判断の結果、俺はダンジョンみたいな方の道を先に探索することにした。
ゴツゴツとした地面が続き、足場が最高に不安定な状態で歩いていくと、石の壁のようなものに突き当たった。そこには、文字が刻まれていた。
「何じゃこりゃ」
周囲は薄暗く、視界は良好とは言えない。しかし、情報を手に入れ損ねると命取りになりかねないので頑張って文面を目で追った。
「えっと、何々。『我の秘密を知る者には、いずれ罰が下るであろう。それでもなお、我の秘密を求めし者は、この石を前に突き崩すがいい』」
どうでもいいが、これを書いた奴は相当字が汚いようだ。筆跡に恐ろしいくらいにくせがあって、かなり読みづらい。
あと、我って誰だよ? 当人がいないところで我々言われても、誰のことだかさっぱりわかんねえっての。それに……。
ここで立ち止まっていても、ツッコミの嵐が巻き起こり続けるだけだな。そう思った俺は、石の壁をドンと前に押した。
「おおっ」
重厚な石の壁はゆっくりと倒れ、地面に叩きつけられるなり粉々に砕け散った。
ほんの少ししか力を入れていなかったというのに、あっさりと倒れてしまったものだから拍子抜けしてしまった。
うわあ。何か俺、かっこいいことしたかも。
若干アホなことを考えてしまったが、それは目の前にあるものに気がつくなり頭から吹っ飛んでしまった。
「これは、石碑か?」
その奥には台座があり、今倒した石の壁よりもうんと立派な、古びた石碑が鎮座していた。
これは、とんでもないくらい重要な情報が刻み込まれているに違いない。
そう直感した俺は、すぐさま石碑に飛びついた。
「うん、この字は汚くないな。かなり読みやすい。えっと」
思ったよりも、文章は長い。俺は長文というものは苦手なんだが、読まなきゃ話にならなそうなので自分なりに頑張ってみた。
「『古の時。魔界より、悪の化身クージャが現れる。世界は混乱に満ち、全てが闇に包まれようとした時、勇気ある若者が一人でクージャに立ち向かった』って、ええ!」
これって、俗にいう英雄譚って奴じゃねえか! 何でこんなものが魔王城にあるんだよ。
普通こういうものって、どこかに祀られてるものなんじゃあ……?
「まあ、俺がこんなことを気にしても仕方ないか。『クージャは若者を、圧倒的な力で攻める。しかし、若者はただ勇気があるというだけの者ではなかった。クージャを甘き誘惑で惑わし、隙が生まれたところを星の光を宿した剣で切り捨てた。クージャの肉体は滅び、邪悪なる精神は再び闇の底へと落ちていった。しかし、クージャが蘇りし日がくるかもしれない。その日のために、我はこの石碑を後世に残す。できればこの石碑が、誰にも求められんことを願う』ふーん……」
魔王クージャは、過去にも現れたことがあったのか。そんな話、全然知らなかった。まあ、今まで一度もそんな話がでたこともないし、無理もないかもしれないな。
「でも、甘き誘惑と星の光を宿した剣っていうのが気になるな。ひょっとして、魔王を倒すための重要アイテムだったりするのか?」
その可能性はおおいに高いだろう。特に、星の光を宿した剣だなんて、勇者が魔王を倒す時に使いそうだし。
だが、石碑を読み進めているうちに、俺はあることが疑問に浮かんで仕方なくなってしまっていた。
「それはいいけど、どうして魔王城に自分の倒し方を書いた石碑なんて置いてるんだよ」
謎だ。謎にもほどがある。だって、自分の弱点が記された石碑を壊さないで保存しておくなんて、正気のさたじゃねえだろ。俺が魔王の立場だったら、どんな手を使ってでも粉砕するな。
それを大事にこんなところにしまっておくなんて、クージャは頭大丈夫なんだろ……。
(ゴゴゴゴゴ……)
「ん?」
何か今、すっごく嫌な音を聞いた気がするんですけど。
冷や汗を浮かべながら、音がした方を見た頃には時すでに遅し。
「でええええええっ!」
俺に向かって、石碑が勢いよく倒れ込んできた。
しかも、とても身をかわせないような、とてつもないスピードで。
「うっぎゃあ!」
そのまま俺は下敷きになり、全く身動きがとれなくなってしまった。骨も折れたらしく、全身に強烈な痛みが走る。ただ、胸が圧迫されて呼吸もできないのでこの苦しみからはすぐに解放されそうだった。
「ま……魔王クージャ、恐るべし」
薄れていく意識の中で、俺は悟った。
魔王クージャが、何故石碑を破壊せずに保存しておいたのか。それは、自身の弱点を知った勇者の息の根を確実に止めるための、罠にするためだったのだ。
おそらく、石碑の前の石の壁が罠の起動装置だったのだろう。
あれで仕掛けを作動させて、石碑を読んだ者を片っ端から始末していたのだ。
だが、クージャよ。お前は一つ重大なミスを犯したな。俺は、普通の勇者じゃない。俺は、神によって何度も強制的に生き返らせられる、世にも哀れな勇者なのだ。
「へへ……へ。勝った……な」
覚えてろよ、クージャ。絶対弱点をついて、俺がお前を倒してみせるからな。
この後城の前でクソ神から「何であんなのもかわせないの? 駄目だなあ、タカシは」だの「普通罠だってわかるじゃーん。読んだらすぐにささっとよけるとか、石碑が見えた時点で何かを察して正面に立たないで横から文字を読むとかできたでしょうよ。ここは敵地だってことをしっかり肝に銘じてだねえ」などと説教をくどくどされたのだが、今回は魔王を出し抜けたことが嬉しくてたいしてムカつかずに済んだ。




