第5話:宇宙人の外套
「...どうぞ、上がってくれ」
「...」
どうも知らない空間に入りたくないらしい。まあそれが正常な判断なんだろうが、ちょっと困るんだよな...
「じゃあ、俺は入るぞ。お前は入りたければ入れば良い」
界は靴を脱ぐと、玄関で伸びをした。あくびも出てきたし、本当に眠い。やっぱり幻覚なのだろうか? でもやけにリアルだな。少女は黙って外套のフードを下げると、周りをチラチラ見ながら玄関へと入る。やがてドアが閉まった。界は慌てて鍵を閉めてチェーンを掛ける。これでひとまずは安心だ。
ふと振り向くと、少女は土足で玄関から出ようとしていた。界は急いで駆け寄る。
「ちょっと待て! ストップ!」
彼の大きな声に驚いた少女は、その場でビクッと震えた。彼は少女の身体に手を添えると、玄関に座らせる。そういや、彼女が海外から来たのなら、靴を玄関で脱ぐ習慣なんてある訳無いんだ。失念していた。後で掃除しておくか。
「...良いか。ここで靴を脱いで欲しい」
少女は首を傾げる。伝わる訳無いか。
「こうやって、靴を脱ぐ」
彼がスニーカーを脱ぐ仕草を見て、少女も古風なブーツを脱ごうとする。が、やけに重厚で金属部品もあり、難航していた。ブーツと言うよりかは、安全靴みたいだ。彼は黙っていたが、見るに堪えなくなり、しぶしぶ手を貸す。
数分後、ようやく両方とも靴を脱がせることに成功した。それにしても、彼女の靴も頑丈そうで重たい。やっぱり軍人みたいだ。界は彼女の分の靴も、玄関の端っこに置いた。多分片足だけで1kgはあるだろう。ガチガチ過ぎる。
少女は外套を着込んだまま、彼の部屋の入り口で立ち尽くしていた。本や雑誌、鉄道写真や模型が散乱する部屋。窓際にはデスクトップ型パソコン。キッチンには冷蔵庫や電子レンジ、炊飯器やトースター。それから布団と、洗濯物。誰がどう見ても、散らかっている。
「...すまん。散らかっているよな」
「...」
少女はフードをさらに深く被ろうとした。少し情報量が多かったのだろうか。界はしゃがみ込むと、ガラクタを隅へと寄せて座るスペースを作る作業へと入る。洗濯物を畳み、本を棚へと仕舞い込み、写真を揃えて机に置くと、2人が座る位のスペースは完成した。彼は額の汗を拭う。
「よしっと。さ、座ってくれ」
「...」
少女は立ったままだった。余程引っ込み思案らしい。まあ、知らない国で知らない男の部屋に入れられたら、恐怖の方が先行するか。しかし、せめて外套くらいは脱いで欲しいな...見ていて暑苦しいし、絶対重いだろう。まさか衣服が外套しか無いのだろうか?
「...そのコート、重そうだな」
「...」
界は渋い顔をしながら、慎重に少女の外套を脱がせることにする。確かハンガーが一個余っていたはず。だからそこに掛けておくか。まずは外套のボタンを外していく。金属の重そうなボタンだし、鉛か錫でできているのかもしれない。しかし外すのが大変だった。時折静電気が彼の指を襲った。今って9月だよな、静電気の時期にはまだ早い気がする。
彼女が外套の下にも軍服っぽいやつを着込んでいることを知り、界は胸を撫で下ろした。だったら外套を脱がせても大丈夫だろう。ボタンを外し終えた彼は、続けて袖を外そうとする。ここも重厚な革で作られており、マンモスの革かと思ってしまうほどだった。それと外套を脱がせる過程で彼は、少女の身体に触れないように細心の注意を払った。あらぬ嫌疑は掛けられたくないし、これは客人を迎える者としての最低限の礼儀だ。
さて、残るはフードを外すだけだ。界は革でできたフードに手をかけると、ふぁさりと外す。支えを失った外套は、グシャグシャになって白い床に落ちた。彼はそこで初めて、少女の顔を眺めることができた。
少女の瞳はやはり瑠璃色で、蛍光灯を反射して輝いていた。そして端正な顔立ちと、少し幼い表情。やはり未成年だろう。彼は家へと連れて来てしまったことを後悔した。こんな美少女を見たら、隣人たちは大変な大騒ぎをするぞ。きっと界の妹くらいに思って、沢山の飴ちゃんを貰うだろう、多分。しかも髪色は白で、淡い紫色を帯びていた。だからフードを被っていたのか。確かにこの髪色で出歩いていたら、一発で補導されるだろう。




