第49話:早起きの侍女
翌朝。界は身体が何かに押し潰されるような感触で目を覚ました。彼は朝日の射し込む部屋の中で薄目を開ける。
まず視界に映ったのは、薄紫色の髪である。それらはとても柔らかく、少しだけ良い匂いがするような気がした。この正体が何だったか彼には大体予想がついたが、敢えて考えないようにする。
続いて彼が視線を右端に向けると、何やら黒っぽい人影が見えた。酷く慌てているらしく、群青の髪に包まれた頭を抱えている。そして何やら喚いているようだが、寝起きの彼にはあまり聞こえなかった。やがて人影はこちらに近づくと、界の肩を前後に揺さぶる。だんだん彼の意識もはっきりしてきた。
「...ま! ...様! ...カイ様!」
そこまで言われた時、ようやく界の視界が明瞭になった。彼は寝相の悪過ぎるファイの下敷きになっており、ルクスが必死に彼を助け出そうとしている。界は脚をじたばたさせてファイの下から這い出す。毎朝下敷きにされる所為で、自力で抜け出す方法を編み出してしまった。
界は現在進行形で眠りこけているファイを眺めながら、ルクスの隣に座り込んだ。
「おはよ、ルクス」
彼女は青ざめた表情のまま返した。
「...おはようございます、カイ様」
「...調子でも悪いか?」
「いえ」
ルクスはそっぽを向いて黙りこくってしまう。界は胡座をかきながら彼女を眺めた。
「何かあったのか?」
「...カイ様」
「どうした」
ルクスは界の方へと向き直ると、深々と頭を下げた。
「...申し訳ありません。私の不手際で...」
「別に謝ることじゃねえだろ...」
「いえ。私の所為でカイ様の睡眠が妨げられたのでしたら、私に非がございます」
ルクスは頭を下げたまま続ける。見かねた界は頭を上げるように言った。
「ルクス。ファイの寝相が悪いのは、いつものことだろ」
「...はい」
「なら、それで良いじゃねえか。誰も悪くない」
ルクスはしばらく思案していたが、やがてかすかに口角を上げた。
「確かに、そうでございますね」
界は頷くと、部屋の方に視線を向けた。
「よし、じゃあファイを起こしに行くか」
「はい、カイ様」
2人は部屋に戻る。その真ん中では、ファイが惰眠を貪っていた。界は彼女の肩を叩いた。
「おい、ファイ! 朝だぞ!」
「ファイ様、朝でございます!」
彼女が起きないのを見て、ルクスは右手の人差し指を立てた。
「こういう時は、こうです」
彼女はファイの頬をつまむ。彼女は顔をしかめた。
「ん...ルクス...痛いよぉ」
「ファイ様。コールウォーターを飲ませますよ」
ルクスの言葉を聞いたファイは、途端に豹変した。布団から飛び起きると、座り込んでいた界の後ろへ隠れる。
「コールウォーター、飲みたくない...」
ルクスは両手を腰に当ててファイを叱る。
「ファイ様。いくら何でも、寝過ぎですよ」
「でも」
「でもじゃありません。カイ様も迷惑してましたよ」
ファイは界の方を見る。
「カイ、それって本当?」
「...まあな」
困った表情を浮かべる界を見て、ファイは頭を下げた。頭頂部の角が覗く。
「カイ、ごめんなさい」
「別に謝らなくても...」
界の言葉をルクスは遮った。
「ファイ様、とても偉いです!」
ルクスは彼女の元へ向かうと、薄紫色の髪に包まれた頭をわしわしと撫でた。ファイはまんざらでも無さそうな表情を浮かべる。
(やべ、ルクスの変なスイッチがはいった...)
界は呆れながら、ルクスを元に戻す方法は無いか考えていた。あと、コールウォーターって何だよ...




