第48話:中継科学者
「...確か、この辺だったはずだ」
ロシア連邦、クラスノヤルスク地方。シベリアの深い森林の中を、調査団は歩いていた。これはロシア・EU・日本の共同探査プロジェクトで、1908年にこの地で起きた現象・ツングースカ大爆発の真相を解き明かすことを目的としていた。
「ツングースカ・バタフライに入るぞ」
調査団長にしてモスクワ大学の研究者、ヴィルヘルム・K・カナデンシス(52)は一行に声をかける。一行は森林を抜け出し、妙に開けた空間へと入った。118年前の爆発の影響は未だに色濃く残っており、周辺は翅を開いた蝶のような形の更地が広がっていた。空は曇っている。
「なんか、想像以上に何もありませんね」
ヨーロッパ連合大学の天文学者、ジェームズ・テチス(32)はしゃがみ込むと、地面に散らばった岩石の欠片を採取していく。これまでこの地に多くの研究者が立ち入った所為か、既に多くの試料が回収されてしまっていた。
「やはり隕石の影響のようだな」
ヴィルヘルムは中心付近で立ち止まると、全景を眺めた。かつてこの地の上空で隕石が爆発した影響で、多くの樹木は倒され生態系も破壊されたのだ。だがその原因は現代科学でも明らかになっていない。その為多くの小説家が、「宇宙人のUFOの影響」だの「タイムスリップの弊害」だの騒ぎ出す始末である。
「でも、今更ここを調べる理由なんてあるんですか? 私にはそうは思えませんが...」
ジェームズは溜め息をつく。これで「隕石衝突の影響」と言ったところで、何番煎じになることやら。最悪、政府からの予算をカットされかねない。彼は緩慢な動作で立ち上がりながら、同行している日本人研究者を眺めた。
「...何やってるんですか、橋立さん」
「ん? どうかしました?」
そう呼ばれた女性は丸眼鏡の位置を整えながら振り返る。ジェームズはもう一度溜め息をついた。
「橋立さんも、この調査は無駄骨だって分かっているでしょうに...」
丸眼鏡の女性——橋立咲希(32)は、針葉樹を背にしながら腕を組んだ。
「何を言ってるんですか、ジェームズさん。残り物には福が有る、ですよ」
「...日本の諺を都合良く使わないでください」
ジェームズは苛立ち気味にスマホを弄る。当然ながら、圏外であったが。
「それに、地球トップクラスの頭脳を持った中継科学者の私が居るんですから、何かしらは見つかるでしょう」
ジェームズは舌打ちをする。自称・中継科学者のこの女は、決まった所属先を持たずに科学界を徘徊している。そして第三者の視点から研究の盲点を突き、成果だけを横取りしていくのだ。日本の最高学府である零壱大に引き取られてからは、ますますその活動範囲は拡大していた。
「...あなたのその自信は、一体どこから湧いてくるんですか」
「さあ? それは科学界最大の謎ですね」
ジェームズは頭がキリキリと痛むのを感じた。どうもこいつとは反りが合わない。
「とにかく、この木の下を掘るんで手伝ってください」
咲希は大きなシャベルを引き摺ってくると、針葉樹の下で手を振った。
「嫌です。私は天文学者ですよ、土木工事の作業員では無い」
「あなたは人が目の前で倒れているのに、救急救命士じゃないからと見捨てるんですか?」
ジェームズは彼女の言葉を無視すると、ヴィルヘルムの方へと向かった。咲希は肩をすくめてみせると、暗黙の了解が得られたと言わんばかりにシャベルを振り上げる。
何も当たらない。もう一回。
土しか見えない。もう一回。
木の根っこに当たった。もう一回。
彼女は途中木陰で休んだり、シャベルで脚を刺しそうになりながらも掘り続けた。
「...まだやってますよ。もう1時間くらい経ってます」
ジェームズはヴィルヘルムに話しかける。ヴィルヘルムは黙って咲希の様子を見ていた。彼女はもう一回シャベルを振り上げる。既に針葉樹の根元は剥き出しになっていた——カツン。
「え」
咲希は小さなスコップに持ち替えると、金属音のした周辺を掘り進めていく。ヴィルヘルムとジェームズはそれを見守った。
「...これは」
ヴィルヘルムは目を見開く。木の根元には、小さな金属板が転がっていた。咲希は額の汗を拭う。
「どうやら、この木は爆発の後に生えたものみたいですね。それで金属板を内包したまま、生長してしまったみたいです」
「...何か書いてないか?」
ヴィルヘルムは表面をなぞる。そこには見慣れない文字が踊っていた。
「...なるほど」
咲希は眼鏡を動かす。その瞳は先ほどよりも輝いていた。
「これは...令和、いえ21世紀最大の発見ですね。言うならば...」
咲希は不敵に口角を上げた。
「現代のロゼッタ・ストーンといったところでしょうか」




