第44話:アジフライ
そうこうしているうちに、弁当の加熱作業が終わった。ファイは椅子に勢い良く座り込み、ルクスは「失礼します」と添えて上品に腰掛けた。界は市場の競りのように、両手をバシバシと叩く。
「さあさあ! 今日の夕食はアジフライの入った日替わり弁当だよ! 野菜やご飯も入っていて、栄養バランスも抜群!」
「早く食べたい」
ファイがつまらなそうな表情で零す。界は少しむっとした表情を浮かべた。
「...そこは反応して欲しかったな」
ルクスは弁当のプラスチック容器をしげしげと眺める。やはり彼女にとっては見慣れないものらしい。
「カイ様」
「何だ」
「この容器は、何でございますか」
「...プラスチックだ」
「ぷらすちっく?」
「...取りあえず食うか」
界は容器に貼られたテープを剥がすと、流れるような動作で弁当の蓋を開けた。
「こうやって、蓋を開ける」
ファイとルクスは顔を見合わせる。
「カイ、開け方教えて」
「確かにそうだな」
界は一度蓋を閉じると、2人の少女に向けて説明する。彼は容器の角を指差す。
「この部分に、出っ張りがあるだろ」
2人は頷いた。
「で、透明な方が蓋で黒い方が土台」
彼は隙間に指を差し込む。すると引っ掛かりが外れて、いとも簡単に開封することができた。2人は「おお〜」と声を漏らす。
「よし、じゃあやってみろ」
2人は界の動作に倣い、弁当の蓋を開ける。その表情が輝いた。
「...いただきます」
ファイは両手を胸の前で合わせる。ルクスはそれを見て首を傾げたが、すぐに思い当たったらしく頷いた。
「ファイ様、それはチキュウの挨拶でございますね。食事に感謝の思いを伝えるものです」
「カイが教えてくれたから、私もと思って」
ファイの言葉を聞いたルクスも、両手を合わせる。
「...いただき、ます」
界は嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ俺も、いただきます」
その声と共に、3人での初めての食事が始まった。
「それで、カイ様」
界がアジフライ弁当を半分くらい食べ終わった頃(ファイは既に平らげて、眠そうな表情で椅子にもたれかかっていた)、ルクスはスプーンでフライを割いていた。
「この料理は、何でございますか?」
界は苦笑する。
「ルクス、お前は『弁当』や『いただきます』は知ってるけど、この料理は知らないんだな」
「...申し訳ありません」
「いや、別に良いって...それに分からないことを聞くのは、凄い勇気が要ると思うぞ」
「そうでございますか?」
ルクスは目をしばたく。界は漬物を飲み込んでから口を開いた。
「ああ。だから、分からないことは何でも、遠慮なく聞いて欲しいな」
「承知しました、カイ様」
ルクスは頭を下げる。頭頂部の青い円錐の角が覗いた。
「では改めて、カイ様。この料理は、何でございますか」
界は微笑みながらルクスの方を見る。
「これは、アジフライだ」
「...あじふらい?」
「地球の魚料理だ」
「え、魚って食べられるんですか?」
ルクスは初耳だと言わんばかりに驚く。
「...地球じゃ、普通に魚は食べるぞ」
「いえ、私の故郷では魚は、私たちを食べる側でございました」
「...まじか」
界は顎に手を当てる。そういやそんな話、ファイから聞いたような気がする。
「地球の魚は、小さいぞ」
「そうですか?」
「ああ。それで魚を捌いて、パン粉を付けて揚げたのがこいつだ」
界はそう説明しながら、彼女のアジフライを指差す。ルクスは首を傾げてから、上品な仕草でそれを口へと運んだ。彼女はしばらく口元を手で隠していたが、やがてその表情が輝いた。
「...カイ様」
「何だ」
「...この料理、とても美味しいです」
界は少しだけ誇らしい気持ちになった。
「そうか。気に入って貰えたら、嬉しいな」
ルクスは彼の言葉に頷く。一部始終を眺めていたファイは、あくび交じりの声で呟いた。
「カイとルクス、嬉しそう」
界はファイの方に視線を向ける。
「お前、もう食い終わったのか...」
彼女は椅子の上で伸びをする。
「それは、チキュウの食事が美味しかったから」
「...単に食いしん坊なだけだろ」
「違うし」
拗ねるファイを見ていたルクスは、ふふっと笑った。
「安心しました。ファイ様はどこに居ても、ファイ様でございますね」
「...どういう意味だ?」
界は頭をひねる。ファイとルクスはそれを見て、2人で笑った。
「ううん、こっちの話」
「...そうか」




