第42話:ファイの感謝
「ルクス、玄関で靴を脱ぐのがチキュウのルールなの。カイの言うこと、聞いてあげて」
「はい、ファイ様」
ルクスは頭を下げると、玄関に座り込んでブーツを脱ごうとする。だがファイと同じく重厚な靴だったので、なかなか脱げない。
「...貸しな」
玄関を雑巾がけしていた界は、彼女の靴に手を添える。すると、面白いくらいにスムーズに拘束が解除された。要領を覚えたルクスは反対側の靴も脱ぐと、玄関の端に揃えて置いた。
「カイ様、ありがとうございます」
ルクスはスカートの埃を払うと、界の1Kの部屋をしげしげと眺めた。
「...何か言いたげだな、ルクス」
「ファイ様とカイ様は、こんな狭苦しい部屋に住んでいらっしゃったのですか!?」
「...狭苦しいのは事実だが」
界は無表情で自分の部屋を眺める。確かに6畳の部屋とキッチンだけの空間は狭いが、改めて言われるとくるものがあった。
「でも、カイの部屋はあったかい」とファイ。
「ファイ様、それは本当ですか?」
「うん。カイが優しくしてくれるから、全然気にならないし」
ファイはそう言いながら、淡い紫色の髪を耳にかけた。ルクスは界に向き直ると、群青の髪が床に付きそうなくらい頭を深く下げる。
「カイ様...! ファイ様に優しく接してくださり本当にありがとうございます...! 何と感謝を伝えれば良いか...」
「俺はファイの我儘に付き合っていただけなんだが...」
界はルクスの大袈裟な態度に動揺する。彼女は顔を上げると、微笑みながら口を開いた。
「それが、ファイ様にとって一番嬉しかったのです」
「どういうことだ?」
「チキュウは、帝国から見ればアクセスも不便で技術も進んでおらず、言葉を選ばず申し上げれば田舎でございます」
界は苦笑する。この数日で、地球が田舎であることを嫌というほど実感してきた。
「だからファイ様は、チキュウの住民に何か酷いことをされると思い込んで、とても怖がっていらっしゃいました」
「...まあ無理も無いか」
界は腕を組んで考え込む。帝国側には、地球について「未開の地」という情報しか入っていないのだ。限られた情報から悪い方向に妄想が進んでしまい、怖がってしまったのだろう。
「でもカイ様は、何の見返りも求めずに優しくしてくれた。それがファイ様にとって、どれほどの救いになったか分かりません」
ファイは自分に関する話をルクスがしているのを見て、部屋の隅っこで座り込んで頬を赤くしていた。界はルクスに視線を移す。
「じゃあ俺が無意識にしていたことが、ファイにとっては一番良かったのか...」
ルクスはうんうん、と頷く。
「はい。左様でございます」
ファイは部屋の隅で膝を抱えながら、小さな声で呟く。
「カイ」
「何だ」
「...優しくしてくれて、ありがと」
界は彼女の無垢な視線を見て、慌てて目を逸らした。
「べ、別に。まあお前が嬉しいなら、俺もその気持ちは受け取ってやる」
あからさまに振る舞いが変わった界を見て、ルクスはうふふ、と笑う。
「カイ様、顔が赤いですよ」
「カイ、ツンデレ」
ファイからも攻撃を受けた界は、耳まで紅潮させて否定する。
「お、お前らが原因じゃないからな! これは残暑の所為だ!」
界はそこまで言うと、「弁当を買ってくる」と口実を設けて部屋から駆け出していった。




