第23話:帝国史と第37管区
「さて」
界は座ったまま、腕を組んで考え込む。
「まずは、帝国って何だ?」
ファイは床の上で正座をしたまま、顎に手を当てて口を開く。
「帝国——つまり銀河尋常帝国は、この宇宙の殆どを支配しているの」
「なんか、イキった名前だな」
「で、帝国の元首は皇帝。その下で、およそ数千億の銀河が結集してるの」
「数千億...しかも銀河かよ...」
界は頭を抱え込む。既にキャパオーバー寸前である。
「首都のエインザには、大体7億人が住んでるの」
「国レベルじゃねえか」
「で、帝国の総人口は10の40乗〜44乗人」
「そこ、振れ幅あっちゃ駄目なデータだろ」
「まあ、そこは大体で」
「雑な国だな」
だが、銀河一個はおろか宇宙全体を支配する為には、そのくらいのスタンスが良いのかもしれない。
「じゃあ次だ。支配地域は、どのくらいあるんだ?」
「昨日も言ったけど、チキュウが観測可能な宇宙の93%」
「...規模が桁違いだな」
「でもその殆どが自治領か、属国の領土なの」
「まあ、そんなもんか」
界は昔の中国に存在した、隋とか唐みたいなもんか、と思う。日本も大使を送ってリスペクトしていたし、言い方によっては属国のように見えていたのかもしれない。
「じゃあ実質的な領土は、どのくらいなんだ?」
「大体、銀河数億個くらい」
「...多いな。でも全体が数千億だから、少ないとも言える」
だんだん界にも、帝国のスケール感が分かってきた。一国が全てを支配している、と言うよりかは、一国が多数の属国を従えているのか。
「なるほど。帝国って、いつからあるんだ?」
「神話の時代から」
「...2000年くらい前か?」
「チキュウの神話じゃない」
「すまん。どんな神話なんだ?」
ファイは目を閉じると、聖書の一節を読み上げるように暗唱する。
「時ハコノ宇宙ガ現レテカラ、三十八万年。数多ノ粒ガ飛ビ交ッテイタ空間ニ、銀河創造ノ神ガオハセニナッタ。神ハ銀河ヲ創ル為、数億年ノ眠リニ就イタ」
界はしばらく黙っていたが、天文オタクの知識がその神話の解読に役立った。
「宇宙が誕生してから、原子ができるまでに38万年かかった。そしてその時に光が通れるようになって、確か『宇宙の晴れ上がり』とか言われてるな。そんなことが神話になるのか...」
相変わらず、スケールの大きな帝国だ。とにかく宇宙の黎明期から帝国があったことは分かったので、界は話題を変えることにする。
「つまり、宇宙の始まりと共に帝国は生まれたんだな」
ファイはこくっと頷く。取りあえずはその理解で大丈夫そうだ。
「じゃあ次だ。お前の故郷は、一体どんな星なんだ?」
「...私の故郷は」
ファイは両手を膝の上で握り締めた。あまり思い出したくない話らしい。界は話題を逸らすことにする。
「深入りはやめておくか。軍の仕事は?」
「紛争の鎮圧とか、異種生命の討伐」
「...軍だな」
「で、私は第37管区の93部隊に所属してた」
「...地球の言葉で頼む」
「その本を見せて」
ファイは天体写真集の方に手を伸ばす。どうやらそれを使って説明したいらしい。
「ああ。好きに読んでくれ」
ファイは写真集をパラパラと眺めながら、小さな声で呟いていく。
「...第48管区...第5管区...第90管区...」
「なんか、微妙な気分だな」
恐らくこの写真の殆どは、帝国やその属国の領地として彼女に認識されているらしい。地球人にとっては美しい写真だとしても、彼女にとっては単なる軍事的資料なのだ。
「...あった」
彼女は頁を開く。そこには指輪のような形の銀河が掲載されていた。
「ここが、第37管区の軍事拠点」
「Arp147…不規則銀河の一種だな。地球からの距離は4億3000万光年」
界はその値を口にしながら、地球人が辿り着くには何億年かかるのだろうか、と思った。光速で行っても数億年はかかる。自分たちには眺めることしかできない場所だ。
「ここが、お前の居た場所か...」
界は考え込んだ。目の前の少女はやはり、自分とは遥かにかけ離れている存在なのだと思った。




