第21話:スープの思い出
翌朝。界はいつもより起床時間が遅くなってしまった。仕事を休みにしたので、少し油断してしまったのだろう。まあそこは仕方無いが。
「何とかしてくれ...」
彼はファイの髪が口に入りそうになりながら、身体を動かそうとしてみる。彼はファイの下敷きになってしまったのだ。しかも彼女が寝ぼすけな所為で、全然動くことができない。朝から少女に乗られるなんて良いなー、という話では無い。まず彼女の身体が重いのと(宇宙人のタンパク質って重いのか)、髪がよく絡まるので動きにくいったらありゃしない。おまけに彼女は起きる気配が全く無い。
「どいてくれ、ガキ...」
界は部屋の端っこに右手を伸ばすと、文庫本を一冊手に取った。それを開いた後、強い勢いで閉じる。パシーン、という乾いた音が部屋に響き、ようやくファイは目を覚ました。
「...ん」
「やっと起きたか...」
「カイは?」
「下だっつの!」
「え」
「だから早くどいてくれよ...」
「ええ〜」
「こっちは潰れそうなの!」
「宇宙人少女に潰されて嬉しい?」
「嬉しくないわ!」
ファイはブツブツ文句を言いながらも、何とかどいてくれた。界はやっと解放される。
「痛た...」
「私、こんなに寝相が悪かったんだ」
「...いつもはどうやって寝てんだよ」
「寝袋に吊るされて、無重力空間で」
「ちゃんと宇宙人じゃねえか」
界はもはや定番となったツッコミを口にすると、朝食を作ることにする。今日はフリーズドライのコーンスープだ。
「ほれ。地球のスープだよ」
ファイは食卓の上に置かれたスープをまじまじと眺めた。
「...軍のスープと違う」
「スープは、あったんだな」
界は少し安心した。これまで宇宙人は10秒のゼリーくらいしか食っていないかと思っていたが、まともな食べ物もあるんだな。
「どんなスープだったんだ?」
「えっと...凄いあったかくて」
「うん」
「めっちゃ美味しくて」
「うんうん」
「藻類が入ってて」
「うん(?)」
「深緑色で」
「...おい」
「残したら殴られて」
「パワハラじゃねえか」
「飲んだ後に戦艦を100周させられて」
「ブラックな運動部?」
界は咳払いをする。これ以上帝国宙軍の話をしても仕方が無いだろう。
「とにかく、一口飲んでみろ」
「うん」
ファイはスプーンでスープをすくうと、それを口に含む。
「...美味しい」
彼女の頬には赤みが差していた。やっぱり冷えていたのだろう。
「気に入って貰えて良かった」
「このスープ、チキュウの味がする」
「まあ、そうだろうな」
「なんか、心の中からあったまる感じ」
「そうか」
界は幸せそうにスープを飲む彼女を見ながら、少し考える。肉も卵も米も無い。でも、変なスープならある。それに分厚い軍服。彼女の故郷は、地球よりも遥かに寒い場所なのだろうか? しかしそれだと、出逢った時に寒そうにしていた理由が分からない。彼女にとって、地球は寒かったのだろうか? すると軍と地球はほぼ同じ環境で、どっちも彼女にとっては寒かった。つまりファイの故郷は、地球より暑い星だということか。
「カイ」
「何だ」
「これ、美味しい」
「俺が作った訳じゃねえんだけどな...」
「でもカイは食べさせてくれた」
「そっか」
「私、チキュウの食事が食べられて、とっても嬉しい」
ファイは心底嬉しそうに微笑む。界は照れ隠しにツッコミを入れることにする。
「...どんだけマズ飯を食ってたんだか」
「それに布団もあったかいし」
「俺の布団な」
「水もいっぱい使えるし」
「まあな」
「チキュウ、良い星だった」
「そうか。それは...」
界は口角を上げると、スープのお皿にスプーンを置く。
「嬉しいな」
彼が珍しく嬉しそうなのを見て、ファイも微笑む。
「ふふっ」
「あはは」
2人はしばらく笑った。心の底から笑えたのは、いつ振りだろうか。それは分からなかったが、2人にとってはそれだけで十分だった。




