第19話:木星への軍事侵攻
「じゃあ、当然ながら近隣の軍事侵攻も知らないのね」
「何も知らねえよ」
「えっと...確かKreado-5fはもう領有したわ」
「地球の言葉で言ってくれ」
「ほら、あのガス惑星。大きな嵐が起きていて、衛星がいっぱい」
「木星かっ!?」
「あれは私が生まれる前のことね」
「...シューメーカー・レヴィ第9彗星か」
「あの時は大変だったらしいわ。あっちも抵抗して、迎撃された」
「俺が知ってた天体ショーって、軍事侵攻だったの?」
1994年7月、木星の重力場に捕まったシューメーカー・レヴィ第9彗星は、完膚なきまでに粉砕されて、木星に落下した。それで数週間の間、個人の小型望遠鏡でも観測できるほどの大きさの黒い痕が残っていたのである。天文オタクの間では有名な話だ。
「えっと...帝国の領有範囲って、どのくらいなんだよ」
「チキュウが観測可能な宇宙の、93%」
界は黙り込む。その事実がしばらく理解できなかった。
「俺、帰っても良い?」
「ここはカイの家でしょ」
「そういう話じゃねえんだよ...」
「私は事実を言っただけ」
「事実を聞かない権利だってあるんだよ...これから俺は、木星を見る度に『植民地か』とか思わなくちゃならないのかよ」
「別に良いじゃない」
ファイは澄まし顔でドライヤーを止めた。どうやらこの少女と界の間には、超えられない大きな壁があるらしい。彼は目眩がしてきた。
「取りあえず、俺は明日仕事を休むわ」
「なんで?」
「勉強会だ。この調子だと、俺たち地球人は軍事衝突に全然気付いていない」
「田舎だから、仕方無いわね」
「だからファイ、明日は帝国史について詳しく教えて欲しい」
ファイは少しだけ躊躇う表情を見せたが、小さく頷いてみせた。
「うん」
「じゃあ、また明日な」
界は今日こそ、布団を防衛する為にそこに倒れ込んだ。しかし、ファイは元軍人らしく傘を手に取ると、目に殺気を込めて告げる。
「帝国宙軍だ。そこのチキュウ人、その布団を私に譲れ」
「職権の濫用だろ...」
界は文句を言いながら、布団を彼女へしぶしぶ譲った。
「ほら、こっちで寝ろ」
途端にファイは、帝国宙軍三等兵から16歳の少女へと戻った。
「やった〜」
ファイはキラキラと瞳を輝かせて布団に横たわる。そして枕に顔を埋めた。
「カイの布団、あったかい...」
「悔しい...」
こうして界は、宇宙人少女との奇妙な生活の2日目を終えた。




