第15話:お風呂と葛藤
「それより、お風呂に入るぞ」
「え」
「...あまり尋ねたくないんだが、お前は最後に風呂に入ったのはいつだ」
「軍に入隊した時」
「何年前だよ」
「去年の春」
「風呂キャンにも程があんだろ」
「水が無いんだもん」
「確かに、水を飲むのが5日に一度だもんな」
ファイは自分の髪の匂いをくんくん、と嗅ぐ。
「別に、不潔じゃないし」
「汗はかかないのか?」
「あせ?」
「確かに、そんな暑そうな格好でも平気そうだしな。というか昨日は、外套も着てたか」
ファイは視線を左右に動かす。
「どうしても、入らなきゃ駄目?」
「駄目だ。幾ら宇宙人でも、風呂には入ってもらうからな」
「やましい意図?」
「そんな趣味は無い!」
界は顔を朱に染め上げて否定する。ファイは嬉しそうに笑った。
「顔、真っ赤」
「と、とにかく! 説明するから付いてこい。お前は聡明だから、一回説明すりゃ独りで使えるだろ」
「うん」
界は狭い風呂場へと入ると、シャワーの使い方を説明する。
「こっちを押すとお湯、反対側は水が出る。水は冷たいから気を付けろ」
「承知」
「で、こっちの瓶がシャンプーで...」
界はファイの方を横目で窺う。リンスとかは使うのだろうか?
「ファイ」
「ん」
「お前、髪の手入れはどうしてるんだ?」
「放置」
「...気遣った俺がバカだった」
界はその場で脱力する。彼女の髪は長くて、丁寧に手入れしていると思っていたのだが、まさか放置とは。これが宇宙人の常識なのか?
「で、どうするの」
「説明は以上だ。湯船は無いが...まあ心配の必要無さそうだな」
「その機械を使えば良いの」
「そうだ。じゃ、俺は部屋片付けてるから」
界は洗面所の扉を閉めると、布団の周囲の整理に取り掛かった。昨日は布団を奪われてしまった訳だし、今日こそは防衛しなければ。彼は散らばった鉄道写真をファイルにまとめていく。そう言えば最近、この写真たちもそんなに見ていなかったな。壁にでも貼っとくか。
しかし、いつまで経っても浴室から水音が聞こえない。何かあったのだろうか? 彼は洗面所の扉をノックする。
「ファイ、どうした」
「...別に」
「終わったのか」
「いや」
「ん? じゃあどういうことだ」
「...脱げない」
「俺は覗いたりしない」
「そういう意味じゃない」
界は閉まった扉の前で腕を組む。だとすれば、どういう理由なんだ?
「ファイ」
「うん」
「無理してるか?」
「...違う」
返答が数秒遅れた。ファイは何か無理をしている。
「その軍服を脱ぐのが嫌なら、別にそれでも良いぞ」
「...でも、チキュウの習慣」
「強制はしない」
「そう」
「ただ、その軍服を脱いだって、お前は全てを失う訳じゃない。別に誇りを捨てる訳じゃない」
「そうなの?」
「ああ。別に着たければ、シャワーの後にまた着れば良い」
「...分かった」
扉の向こうから、金属のボタンが落ちる音が聞こえた。界は部屋の方へと向かう。




