第9話:宇宙人の水事情
「...いただきます」
「それは?」
「...いつも食ってる飯に、感謝を伝えるんだ」
「へえ」
「お前もやってみろ」
「...いた、だきます(?)」
「それじゃ『板抱きます』だろ...」
界は文句を言いながらも、トーストを齧る。ファイは少し躊躇っていたが、彼に倣ってトーストを口にくわえた。だが切り離すことができず、口の中が塞がっている。
「ふぉふふぁっふぇふぁふぇふふぉ?」
「...どうやって食べるの、か」
界は自分のトーストを齧ってみせる。ファイもそれを真似したが、丸呑みしようとしてむせた。慌てて界は彼女の背中を叩く。ファイは息を荒くしながら呟いた。
「チキュウの、食べ物、凶暴...」
「凶暴って、ただの食パンだぞ」
「もっと、液体みたいなやつは無いの?」
界は10秒で飲めるゼリーを思い浮かべるが、あいにく持っていなかった。
「...無い」
「ええ〜」
ファイは脚をバタバタさせる。好きなお菓子を没収された幼児のようだ。
「とにかく、機嫌直してハムエッグ食え」
「はむえっぐ?」
「そこの白い皿に乗ってるやつだ」
ファイはハムの炒め物と目玉焼きを眺める。
「これ、何でできてるの?」
「何って...肉と卵だが」
「食べない」
「それって、宗教上の理由で食べられません、的なあれか?」
「...違う」
「じゃあ何だよ」
「食べたこと無い」
「は、はあ」
界は頷く。もはや少しのことでは驚かなくなっていた。
「じゃあこれが、人生初だな」
「?」
「美味いぞ。食ってみろ」
界が美味しそうに目玉焼きを食べるのを見て、ファイもそれを口に含んでみる。初めて食べる卵と肉は、意外と深みのある味だった。
「...待て」
「ん」
「ファイ、お前...」
「どうしたの?」
「手で食うんだ...」
ファイは右手で目玉焼きを掴んで食べていた。
「だって、この2本の棒でどうやって食べるか分かんないんだもん」
「...お前に箸は早かったみたいだな」
界は文句を言いながらも、ファイの様子を優しく見守っていた。
「よし」
界は食べ終わった後のお皿をシンクに入れて水に浸ける。お皿を洗うのは帰ってからだな。ファイは手が脂まみれになったので、さっき教わった方法で手を洗っていた。相変わらず飲み込みの早いやつだ。
「手、洗った」
「石鹸使ったか?」
「うん」
「タオルで拭いたか?」
「うん」
「蛇口閉めたか?」
「...うん」
「怪しいな」
「ちゃんと、閉めたよ」
「一応確認すっか」
界は洗面所へと向かう。そこでは蛇口がギチギチに閉まっていた。
「おい!」
界は慌てて蛇口を開けようとする。これはかなりきつく閉めたようだ。
「蛇口は、閉め過ぎちゃ駄目なんだ」
「そうなの?」
「そう」
界は頷く。このガキが住んでいた星には、蛇口という概念が存在しないらしい。いや、それ以前に水が無かったのか...?
「ファイ」
「ん」
「お前の住んでた星って、水はあったか?」
「あったよ」
「雨とか降ってたか?」
「あめ?」
「空から降る水だ」
「そんなの、神話でしか聞いたこと無い」
「神話...」
界はこの時、ファイはどれだけ水に恵まれなかったのかと思って憐憫の情を隠せなかった。
「水は池に溜まってて、それを農業の為に使ってた」
「ん? じゃあ飲み水は?」
「水が飲めるのは、5日に一度の贅沢」
「はあ」
「いつもは水蒸気を摂取してた」
「やっぱそういうところ、宇宙人だよな...」




