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第9話:あなたの歌は、魔石がなければ歌えないでしょう?

 その違和感に、私が気づいたのは、ほんの偶然だった。


 歌比べを翌日に控えた夜。

 城の回廊で、私はアマーリエが侍女に何かを命じているのを、目にした。


「いいこと、絶対に肌身離さず持っておくのよ。これがなければ、わたくしの歌なんて――」


 侍女の手に握られていたのは、毒々しい紫の光を放つ、拳ほどの魔石だった。

 私は、その光に、見覚えがあった。

 いいえ、正確には、その光が「不自然」であることに、気づいてしまったのだ。


 ◇◇◇


 翌朝、私はそのことを、ジルヴェスター様とブリュンヒルデに伝えた。


「紫の、増幅魔石……だと?」

 ブリュンヒルデの表情が、険しくなった。


「ええ。私、実家にいた頃、義妹の歌の練習を、いつも納屋の隙間から聞いていました。……あの子の地声は、本当は、それほど豊かではないのです。それが、社交界デビューの頃から、突然、人々を熱狂させる『光の歌姫』になった。きっと、あの魔石の力です」


「歌唱魔法を、魔石で増幅している、というのか」と、ジルヴェスター様。「だが、それのどこが問題だ。魔道具に頼るのは、珍しいことではない」


「問題は」と、ブリュンヒルデが低く言った。「その魔石の色です。閣下。紫に濁った増幅魔石は――禁制品です。人の感情を、術者の意のままに(たかぶ)らせる『扇動の魔石』。十年前、暴動を煽るのに使われ、王国法で製造も所持も禁じられています」


 部屋の空気が、張り詰めた。


「つまり、義妹の『熱狂』は、本物の感動ではなく――禁制の魔石で、無理やり人の心を煽った、まやかしだということです」


 ジルヴェスター様の瞳に、冷たい焔が灯った。


「闇市場でしか手に入らぬ品だ。一令嬢が、独力で手に入れられるものではない。……後ろに、誰かがいるな」


 ブリュンヒルデが頷いた。


「調べさせます。おそらく、ハーゲン伯爵領の鉱脈が絡んでいるかと。あの家は近年、不自然なほど羽振りがよろしい」


 私は、静かに目を伏せた。

 義妹の華やかさの裏にあったのは、禁制品。

 そして、それを娘に与えていたのは、おそらく――私を「無能」と切り捨てた、あの父だ。


 ◇◇◇


 歌比べを前に、私は一人、控えの間で、母の形見の――いいえ、唯一持ち出せた、古い髪紐を、そっと握りしめた。


(お母様。私、明日、たくさんの人の前で歌います。馬小屋の子守唄を)


 怖くなかった、と言えば嘘になる。

 けれど、私の歌は、もう、独りぼっちの夜を慰めるだけの歌ではない。

 四年眠れなかった人を救い、暴れる子竜を眠らせ、嵐すら凪がせた歌だ。


 扉が開き、ジルヴェスター様が入ってきた。

 彼は、何も言わずに、私の冷えた手を握った。


「閣下……」


「無理に勝とうとするな」と、彼は静かに言った。「ただ、いつものように歌え。私を眠らせた、あの歌を。……あれが、本物だ」


 その言葉が、震えていた私の心を、まっすぐに支えてくれた。


「はい」と、私は微笑んだ。「行ってまいります」


 そして、私は思った。

 明日、すべての人の前で、義妹に告げるのだ。

 あの、いつもの上品な笑みのまま、静かに。


 ――あなたの歌は、魔石がなければ歌えないでしょう、と。

お読みいただきありがとうございます。

義妹の華やかな歌の裏に隠されていた「禁制の魔石」。そして、その出どころは……?

いよいよ次回、鎮魂祭の歌比べ本番。第一波のざまぁ、どうぞご期待ください!

ここまで楽しんでいただけましたら、【ブックマーク】【評価】での応援を、心よりお願いいたします。

皆様の応援が、眠れぬ城に寝息を取り戻すセレスの子守唄になります。


次回、第10話「子守唄が、城中じょうちゅうを眠らせた日」でお会いしましょう。


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