↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/76

第10話:子守唄が、城中(じょうちゅう)を眠らせた日

 鎮魂祭の朝が来た。


 城の大聖堂には近隣の貴族や、王都からの使者、そして領民たちがぎっしりと詰めかけていた。

 白雪の戦で散った者たちへ、歌を捧げる――それが、この祭の習わしだった。


 最初に舞台へ上がったのは、アマーリエだった。


「皆さま。亡き英霊たちへわたくし、光の歌姫アマーリエが、心を込めて歌わせていただきますわ」


 彼女が口を開く。

 すると――聴衆が、一斉にどよめいた。

 その歌声は確かに人々の胸を揺さぶった。涙する者すらいた。


 けれど私にはわかった。

 彼女の胸元で紫の魔石が、毒々しく明滅しているのを。

 人々の涙は感動ではない。魔石に煽られた、まやかしの昂りだった。


 歌い終えたアマーリエは、勝ち誇った顔で私を見た。


「さあ、お姉様の番ですわ。……どうぞ、その“子守唄”を皆さまに」


 くすくす、という侮りの笑いが、聴衆の間に広がる。

 無能令嬢が何を歌うのか、と。


 私は静かに舞台の中央へ進んだ。

 そして聴衆をぐるりと見渡した。


 涙を流す人。けれどその目はどこか虚ろで心はここにない。

 魔石に煽られ、本当の悲しみすら、奪われた人たち。


(……いいえ。あなたたちの悲しみは、まやかしなんかじゃない)


 私は目を閉じ歌い始めた。


 あの夜と、同じ旋律を。

 四年眠れなかった人を、初めて眠らせた、あの子守唄を。


「……ねむれ、ねむれ。風のこ、嵐のこ。

 今日の痛みは夜が連れていく――」


 その瞬間、聖堂の空気が変わった。


 最初に消えたのは、衣擦れの音だった。

 次に、扇子を使う音が消えた。

 誰かが咳をしかけて、やめた。


 高い天井の下で私の声だけが、まっすぐに立っていた。


 魔石に煽られた、ヒリついた熱狂が、すうっと引いていく。

 代わりに訪れたのは、深い、深い、静寂だった。

 張り詰めていた人々の肩から、力が抜けていく。

 誰かが静かに本物の涙を流し始めた。


 虚ろなまやかしではない。

 愛する者を失った、本当の悲しみと、それをそっと抱きしめてくれる、安らぎ。

 私の歌は人の心の傷を無理やり煽るのではなく――そっと、撫でて、鎮めていった。


 聴衆の中には、安らかな寝息を立て始める者さえいた。

 張り詰めた心が、ようやく、休むことを許されたように。


 そして――異変が起きた。


 突然、聖堂の外から地響きのような咆哮が轟いた。

 鎮魂祭を狙った魔獣の群れ。その先頭に立つ、巨大な親竜が、聖堂の壁を打ち破ろうとしていた。

 人々が悲鳴を上げる。


 けれど私は歌をやめなかった。

 むしろその荒ぶる獣に向かって、まっすぐに旋律を放った。


「ぐ、る……」


 猛り狂っていた親竜が、ぴたりと動きを止めた。

 そしてとろん、と瞳を細め――聖堂の前に、どさりと伏せて、眠ってしまったのだ。

 あの、子竜ルルが私に懐いたのと同じように。


 竜の寝息が聖堂の石畳をかすかに震わせていた。

 この四年、この領のどこにも無かった音だった。

 嵐に慣れた人ほど、その音に動けなくなっていた。


 しん、と、その場の誰もが、言葉を失った。


「魔獣を……歌で鎮めた……」

「あれはただの子守唄じゃない……」


 ざわめきが聖堂を満たしていく。

 その中でただ一人、アマーリエだけが、ガタガタと震えていた。

 彼女の胸元の魔石は、いつの間にか、光を失っている。

 本物の歌の前では、まやかしの魔石など、塵(ちり)も同然だった。


「な、なんで……っ、こんな無能の歌が……!」


 その時、ブリュンヒルデが、衛兵を従えて、進み出た。


「アマーリエ・フォン・ハーゲン嬢。その胸の魔石――禁制の『扇動の魔石』とお見受けする。出どころについて、伺いたい」


「ち、違っ……これは、わたくしは知らな……お父様が……!」


「ほう」と、ジルヴェスター様が、冷ややかに口を挟んだ。「父が、と。……オズヴァルト・ハーゲン伯。禁制品の出どころ、領鉱脈からの横流しについて、追って王都の監査が入るだろう。覚悟しておくことだ」


 崩れ落ちる父。泣き喚く義妹。

 彼らが「無能」と嗤い、捨てたものは――今、すべての人の前でその真価を示していた。


 歌い終えた私のもとへジルヴェスター様が、まっすぐに歩み寄った。

 そして大勢の前で私の手を取り、その指先にそっと口づけた。


「見事だった、セレスティア。……私の自慢の妻だ」


 昨夜、いちばん近くで聞いていると彼は言った。

 本当だった。

 舞台の下、最前列の端。

 いつでも駆け上がれる場所に、この人はずっと立っていたのだ。


 聖堂が万雷の拍手に包まれた。

 その音を聞きながら、私は、こみ上げる涙をこらえきれなかった。


 馬小屋の子守唄と、嗤われた歌。

 その歌が今、一人の人の隣で、世界中に認められたのだ。


 ――ただ、一人だけ。

 鳴り止まない拍手の中で、王都から来た使者だけが、手を叩いていなかった。

 その男は懐から小さな手帳を出して何かを書きつけると、私の顔を、もう一度、じっと見た。

お読みいただきありがとうございます。第1章、ここまでです。


聖堂の場面は、音が順に消えていくところから書きました。衣擦れ、扇子、咳をしかけてやめる人。最後に高い天井の下で、セレスの声だけがまっすぐ立っている。魔石で煽った熱狂と本物の歌の違いを、そこで示したかったのです。


伏せた親竜の寝息が、聖堂の石畳をかすかに震わせます。この四年、この領のどこにも無かった音でした。嵐に慣れた人ほど、その音で動けなくなる。


「私の自慢の妻だ」の前に、一行だけ置いてあります。舞台の下、最前列の端。いつでも駆け上がれる場所に、この人はずっと立っていました。前の晩に「いちばん近くで聞いている」と言ったのは、本当だったのです。


――ただ、鳴り止まない拍手の中で一人だけ、手を叩かなかった人がいます。王都から来た使者です。


ここまでお付き合いくださって、ありがとうございました。第1章を面白いと思ってくださった方は、ぜひ【ブックマーク】と【評価(☆☆☆☆☆)】で応援をお願いいたします。

皆様の応援が、眠れぬ城に寝息を取り戻すセレスの子守唄になります。


次回・第2章開幕。第11話「寝息の戻った城に、初めての春が来る」でお会いしましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。