第10話:子守唄が、城中(じょうちゅう)を眠らせた日
鎮魂祭の朝が来た。
城の大聖堂には、近隣の貴族や、王都からの使者、そして領民たちが、ぎっしりと詰めかけていた。
白雪の戦で散った者たちへ、歌を捧げる――それが、この祭の習わしだった。
最初に、舞台へ上がったのは、アマーリエだった。
「皆さま。亡き英霊たちへ、わたくし、光の歌姫アマーリエが、心を込めて歌わせていただきますわ」
彼女が口を開く。
すると――聴衆が、一斉にどよめいた。
その歌声は、確かに、人々の胸を揺さぶった。涙する者すらいた。
けれど、私には、わかった。
彼女の胸元で、紫の魔石が、毒々しく明滅しているのを。
人々の涙は、感動ではない。魔石に煽られた、まやかしの昂りだった。
歌い終えたアマーリエは、勝ち誇った顔で、私を見た。
「さあ、お姉様の番ですわ。……どうぞ、その“子守唄”を、皆さまに」
くすくす、という侮りの笑いが、聴衆の間に広がる。
無能令嬢が、何を歌うのか、と。
私は、静かに舞台の中央へ進んだ。
そして、聴衆を、ぐるりと見渡した。
涙を流す人。けれど、その目はどこか虚ろで、心はここにない。
魔石に煽られ、本当の悲しみすら、奪われた人たち。
(……いいえ。あなたたちの悲しみは、まやかしなんかじゃない)
私は、目を閉じ、歌い始めた。
あの夜と、同じ旋律を。
四年眠れなかった人を、初めて眠らせた、あの子守唄を。
「……ねむれ、ねむれ。風のこ、嵐のこ。
今日の痛みは、夜が連れていく――」
その瞬間、聖堂の空気が、変わった。
魔石に煽られた、ヒリついた熱狂が、すうっと引いていく。
代わりに訪れたのは、深い、深い、静寂だった。
張り詰めていた人々の肩から、力が抜けていく。
誰かが、静かに、本物の涙を流し始めた。
虚ろなまやかしではない。
愛する者を失った、本当の悲しみと、それを、そっと抱きしめてくれる、安らぎ。
私の歌は、人の心の傷を、無理やり煽るのではなく――そっと、撫でて、鎮めていった。
聴衆の中には、安らかな寝息を立て始める者さえいた。
張り詰めた心が、ようやく、休むことを許されたように。
そして――異変が、起きた。
突然、聖堂の外から、地響きのような咆哮が轟いた。
鎮魂祭を狙った、魔獣の群れ。その先頭に立つ、巨大な親竜が、聖堂の壁を打ち破ろうとしていた。
人々が悲鳴を上げる。
けれど、私は、歌をやめなかった。
むしろ、その荒ぶる獣に向かって、まっすぐに、旋律を放った。
「ぐ、る……」
猛り狂っていた親竜が、ぴたりと、動きを止めた。
そして、とろん、と瞳を細め――聖堂の前に、どさりと伏せて、眠ってしまったのだ。
あの、子竜ルルが私に懐いたのと、同じように。
しん、と、その場の誰もが、言葉を失った。
「魔獣を……歌で、鎮めた……」
「あれは、ただの子守唄じゃない……」
ざわめきが、聖堂を満たしていく。
その中で、ただ一人、アマーリエだけが、ガタガタと震えていた。
彼女の胸元の魔石は、いつの間にか、光を失っている。
本物の歌の前では、まやかしの魔石など、塵も同然だった。
「な、なんで……っ、こんな、無能の歌が……!」
その時、ブリュンヒルデが、衛兵を従えて、進み出た。
「アマーリエ・フォン・ハーゲン嬢。その胸の魔石――禁制の『扇動の魔石』とお見受けする。出どころについて、伺いたい」
「ち、違っ……これは、わたくしは知らな……お父様が……!」
「ほう」と、ジルヴェスター様が、冷ややかに口を挟んだ。「父が、と。……オズヴァルト・ハーゲン伯。禁制品の出どころ、領鉱脈からの横流しについて、追って王都の監査が入るだろう。覚悟しておくことだ」
崩れ落ちる父。泣き喚く義妹。
彼らが「無能」と嗤い、捨てたものは――今、すべての人の前で、その真価を示していた。
歌い終えた私のもとへ、ジルヴェスター様が、まっすぐに歩み寄った。
そして、大勢の前で、私の手を取り、その指先に、そっと口づけた。
「見事だった、セレスティア。……私の、自慢の妻だ」
聖堂が、万雷の拍手に包まれた。
その音を聞きながら、私は、こみ上げる涙を、こらえきれなかった。
馬小屋の子守唄と、嗤われた歌。
その歌が今、一人の人の隣で、世界中に、認められたのだ。
お読みいただきありがとうございます。
第1章、ここに完結です!
義妹の魔石ざまぁ、魔獣を鎮める歌、そして公爵様の公開「私の妻」宣言――盛りだくさんでお届けしました。
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皆様の応援が、眠れぬ城に寝息を取り戻すセレスの子守唄になります。
次回・第2章開幕。第11話「寝息の戻った城に、初めての春が来る」でお会いしましょう。
セレスの歌の“本当の正体”が、いよいよ明らかになっていきます。




