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第11話:寝息の戻った城に、初めての春が来る

 鎮魂祭が終わり、ハーゲン家の一行は、逃げるように城を去った。


 その後のことを私に伝えたのは、ブリュンヒルデだった。


 十日ほどのあいだに、王都から三度、報せが届いた。

 彼女はそれを一枚ずつ、事務の報告と同じ調子で読み上げた。


「一枚目。ハーゲン伯爵領の鉱脈に、王都の監査が入りました。禁制魔石の横流しについて、帳簿が押さえられております」


「二枚目。アマーリエ嬢の『光の歌姫』という呼び名を、王都ではもう誰も口にしないそうです」


「三枚目」


 そこで彼女は、少しだけ間を置いた。


「……ハーゲン伯爵家が招かれていた今季の夜会は、十一件。そのすべてから、招きが取り下げられました」


 私は膝の上で手を組んだまま、それを聞いていた。


 胸がすくのを待っていた。

 待っても、来なかった。


 代わりに思い出したのは、屋根裏の窓から見ていた夜会の灯りだ。

 あの家の人たちは、あの灯りのために生きていた。

 私はその灯りに、一度も呼ばれなかった。

 だから今それが消えても、私の中では何も変わらない。


「……お気が晴れませんか」と、ブリュンヒルデが訊いた。


「いいえ」と私は答えた。「思っていたより、静かなだけです」


 彼女は何も言わず、報せの紙を三枚とも暖炉にくべた。


 長く心を縛っていた鎖がほどけていくような――静かな解放感だけが、あとに残った。


 城の日々は見違えるように明るくなった。


 使用人たちはもう私を遠巻きにしない。

 すれ違うたびに温かく頭を下げてくれる。

 「奥方様の歌のおかげで、閣下が眠れるようになった」――その事実が、城全体の空気をまるごと変えていた。


 変わったのは、人の顔だけではなかった。


 厨房が、朝ではなく夜に忙しくなった。

 嵐に備えて日のあるうちに全部済ませていたものを、みんな夜へ回すようになったのだ。

 洗い場で誰かが鼻歌を歌っているのを、私はこの城で初めて聞いた。

 下手だった。

 誰も、やめさせなかった。


「奥方様! 見てください、城の庭に花が!」


 ある朝、子竜のルルを抱えた若い侍女が、はしゃいだ声で私を呼んだ。


 窓の外。

 万年、嵐に晒され、何も育たぬはずだった城の庭に。

 白い、小さな花がぽつぽつと咲き始めていた。


 風が、弱い。

 それが何より不思議だった。

 この庭の風はいつも、立っていられないほど強かったのに。


「まあ……」


「四年ぶりです」と、ハンナが目を細めた。「閣下が眠れるようになって、夜ごとの嵐が和らいだ。だから土が、ようやく息をつけたのですよ。……奥方様。あなた様はこの城に、春を連れてきてくださったのです」


 春を連れてきた、とハンナは言った。


 連れてきたのではない、と私は思った。

 ずっとここにあったものが、やっと出てこられただけだ。

 嵐に押さえつけられていた四年ぶんの春が、この土の下で順番を待っていたのだ。


 私は咲き始めた花をそっと見つめ、しゃがんで、指先で触れてみた。

 冷たかった。

 まだ土の温度しか持っていない、生まれたばかりの花だった。

 嵐の城に訪れた初めての春。

 それは私が必要とされた、何よりの証のようだった。


 ◇◇◇


 その夜も私はジルヴェスター様の寝室を訪れた。


 彼はもう「儀式だ」とは言わなくなっていた。

 ただ私が部屋に入るとわずかに目元を緩め、寝台の隣をぽん、と叩くのだ。

 ここに来い、と。


 その仕草を、彼は自分でも気づいていないと思う。

 気づいていたら、きっとやめてしまう人だ。


 だから私は気づかないふりをして、そこへ座る。


 私が隣に腰かけ、歌い始めると、彼は穏やかに目を閉じる。

 その横顔には出会った頃の、擦り切れた苦悶は、もうなかった。


「……セレスティア」


 眠りに落ちる前、彼はぽつりと呟いた。


「お前が来てから、私の世界は色を取り戻した。……礼を言う」


 起きているときに、はっきりと「礼」を言われたのは、初めてだった。

 その初めての礼を、この人は目を閉じる直前に言った。

 顔を見られたくなかったのだと思う。

 私はこみ上げるものを隠すように、そっと微笑んだ。


「もったいないお言葉です、閣下。……どうか、おやすみなさいませ」


 彼の寝息が規則正しく、部屋に満ちていく。

 私はその安らかな顔を見つめながら、幸せだと心から思った。


 幸せだと思うたびに少しだけ怖くなるのは、なぜだろう。

 取り上げられることに慣れた人間の癖だ、と自分に言い聞かせて、私は目を閉じた。


 翌朝。

 城の門に、早馬が着いた。


 王都の紋を帯びた騎手は、鞍から降りるより早く、書状を突き出した。

 急ぎの届けだという。

 ブリュンヒルデが封を検(あらた)め、目を走らせ、それから私のほうを見た。


『王宮楽士団より視察の申し入れ。

 団長・宮廷楽長ファルク・ヴェルナー、近く貴領を訪問す』


 その名を当時の私はまだ知らなかった。

 二十年前、私の母を、宮廷から消し去った男の名だとは。

第1章のざまぁを、報告ではなく場面で払った回です。


ブリュンヒルデが三枚の報せを読み上げます。鉱脈への監査、誰も口にしなくなった「光の歌姫」の呼び名、そして取り下げられた十一件の招き。セレスは胸がすくのを待っていて、待っても来ませんでした。


代わりに彼女が思い出したのは、屋根裏の窓から見ていた夜会の灯りです。あの家の人たちにとって、あの灯りは生きる目的そのものでした。彼女は一度もそこへ呼ばれなかった。だから今それが消えても、彼女の中では何も変わらない。ざまぁの手応えを、私はこういう形で書きたいと思いました。


城のほうも変わります。厨房が朝ではなく夜に忙しくなり、洗い場で誰かが鼻歌を歌うようになる。下手でも、誰もやめさせない。嵐に備えなくていい暮らしとは、そういうものです。


最後の一枚に、宮廷楽長ファルク・ヴェルナーの名がありました。


静かなざまぁがお好みの方は、【評価】をひとつ置いていってください。

皆様の応援が、眠れぬ城に寝息を取り戻すセレスの子守唄になります。


次回、第12話「『あなたに剣を捧げます』——騎士団長が膝をついた理由」でお会いしましょう。

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