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第11話:寝息の戻った城に、初めての春が来る

 鎮魂祭が終わり、ハーゲン家の一行は、逃げるように城を去った。


 父・オズヴァルトは、王都へ戻るなり監査の手が伸び、領鉱脈からの禁制魔石の横流しが、次々と明るみに出ているという。

 義妹アマーリエの「光の歌姫」の名声も、まやかしだったと知れ渡り、社交界から姿を消した。

 私を「無能」と嗤い、捨てた家は、自らの手で、自らの足元を崩していた。


 けれど、不思議と、私の胸に、勝利の高揚はなかった。

 ただ、長く心を縛っていた鎖が、ほどけていくような――静かな解放感だけがあった。


 城の日々は、見違えるように、明るくなった。


 使用人たちは、もう私を遠巻きにしない。

 すれ違うたびに、温かく頭を下げてくれる。

 「奥方様の歌のおかげで、閣下が眠れるようになった」――その事実が、城全体の空気を、まるごと変えていた。


「奥方様! 見てください、城の庭に、花が!」


 ある朝、子竜のルルを抱えた若い侍女が、はしゃいだ声で私を呼んだ。


 窓の外。

 万年、嵐に晒され、何も育たぬはずだった城の庭に。

 白い、小さな花が、ぽつぽつと咲き始めていた。


「まあ……」


「四年ぶりです」と、ハンナが目を細めた。「閣下が眠れるようになって、夜ごとの嵐が和らいだ。だから、土が、ようやく息をつけたのですよ。……奥方様。あなた様は、この城に、春を連れてきてくださったのです」


 私は、咲き始めた花を、そっと見つめた。

 嵐の城に訪れた、初めての春。

 それは、私が必要とされた、何よりの証のようで、胸が熱くなった。


 ◇◇◇


 その夜も、私はジルヴェスター様の寝室を訪れた。


 彼は、もう「儀式だ」とは言わなくなっていた。

 ただ、私が部屋に入ると、わずかに目元を緩め、寝台の隣を、ぽん、と叩くのだ。

 ここに来い、と。


 私が隣に腰かけ、歌い始めると、彼は穏やかに目を閉じる。

 その横顔には、出会った頃の、擦り切れた苦悶は、もうなかった。


「……セレスティア」


 眠りに落ちる前、彼は、ぽつりと呟いた。


「お前が来てから、私の世界は、色を取り戻した。……礼を言う」


 起きているときに、はっきりと「礼」を言われたのは、初めてだった。

 私は、こみ上げるものを隠すように、そっと微笑んだ。


「もったいないお言葉です、閣下。……どうか、おやすみなさいませ」


 彼の寝息が、規則正しく、部屋に満ちていく。

 私は、その安らかな顔を見つめながら、幸せだと、心から思った。


 けれど――その平穏も、長くは続かなかった。


 翌朝。

 城に、一通の早馬がもたらした報せが、波紋を広げることになる。


『王宮楽士団より、視察の申し入れ。

 団長・宮廷楽長ファルク・ヴェルナー、近く貴領を訪問す』


 その名を、当時の私は、まだ知らなかった。

 二十年前、私の母を、宮廷から消し去った男の名だとは。


お読みいただきありがとうございます。

第1章のざまぁを終え、城に訪れた「初めての春」。少し穏やかな、幸せな回をお届けしました。

ですが、物語はここから第2の山場へ。母の真実、セレスの歌の正体、そして新たな敵・宮廷楽長ファルク……。

【ブックマーク】【評価】での応援が、執筆の大きな励みになります。

皆様の応援が、眠れぬ城に寝息を取り戻すセレスの子守唄になります。


次回、第12話「『あなたに剣を捧げます』——騎士団長が膝をついた理由」でお会いしましょう。


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