第12話:「あなたに剣を捧げます」——騎士団長が膝をついた理由
宮廷楽長の視察まで、まだ数日の猶予があった。
その間、私は、城の暮らしにすっかり馴染んでいた。
とりわけ、最初は私を警戒していた騎士団長ブリュンヒルデが、いつしか、私の頼もしい味方になってくれていた。
ある午後、私は、城の練兵場で、剣を振るう彼女の姿を眺めていた。
銀の甲冑が、春の陽を弾いて輝いている。
一切の無駄のない、美しい太刀筋だった。
稽古を終えた彼女が、汗を拭いながら、私のもとへやって来た。
「奥方様。このような所まで、いかがなさいました」
「ブリュンヒルデ様の剣が、あまりに見事で、つい見惚れておりました」
彼女は、ふっと、珍しく頬を緩めた。
そして、しばしの沈黙のあと、ぽつりと語り始めた。
「……奥方様。私は、あの『白雪の戦』の、数少ない生き残りなのです」
私は、息を呑んだ。
「あの吹雪の夜。私は、新米の騎士でした。魔獣に囲まれ、もはやこれまでと、死を覚悟した。……その時です。閣下が、たった一人で、吹雪を割って現れたのは」
彼女の瞳が、遠くを見つめる。
「閣下は、ご自分の身を盾にして、私を、そして数十人の民を、城まで逃がしてくださった。……ですが、その代償に、暴走した魔力で、より多くの者を、救いきれなかった。閣下は、ご自分が救った命の数ではなく、救えなかった命の数だけを、数え続けておられる」
「閣下……」
「世間は、閣下を『化け物公爵』『眠れぬ獅子』と恐れ、嗤います。呪われた、不吉な領主だと。……ですが、私は知っている。あの方が、どれほど優しく、どれほど深く、民を想っておられるかを。だから私は、誰が見限ろうと、あの方のもとを離れませんでした」
彼女は、まっすぐに、私を見た。
その瞳に、強い光が宿っていた。
「四年間、私は、ただ祈ることしかできなかった。閣下が、いつか安らかな夜を取り戻せるように、と。……それを、あなた様が、叶えてくださった。たった一つの、子守唄で」
ブリュンヒルデは、その場に、片膝をついた。
銀の騎士が、私のような小娘に、頭を垂れたのだ。
「奥方様。改めて、誓わせてください。私の剣は、閣下のもの。そして――閣下の安らぎである、あなた様のものです。この命に代えても、お護りいたします」
「ブリュンヒルデ様、どうか、お顔を上げて……」
私は、慌てて彼女の手を取った。
彼女のように強く、誇り高い人に、こんなふうに想ってもらえる。
それが、どれほど得難いことか。
「……ありがとうございます。私、ブリュンヒルデ様のこと、姉のように、頼りにしておりますわ」
彼女は、少し照れたように、目を伏せた。
その時、城の方から、侍女頭のハンナが、何かを抱えて、急ぎ足でやって来た。
その顔は、なぜか、ひどく青ざめ――そして、泣きそうに、震えていた。
「奥方様……。今の、お歌……。練兵場まで、聞こえてまいりました。……ああ、やはり。間違いございません」
「ハンナ? どうかなさったの」
「奥様に……エレオノーラ様に、本当に、そっくりで……」
その名を聞いて、私の心臓が、どくん、と跳ねた。
「ハンナ。あなた、今、なんと……? なぜ、あなたが、私の母の名を――」
お読みいただきありがとうございます。
騎士団長ブリュンヒルデの忠義の理由、そして白雪の戦の真相が明かされました。
そして、ラストで侍女頭ハンナが漏らした、母「エレオノーラ」の名……。
物語は、いよいよ核心へ。次回、母の形見と、隠された真実が動き出します。
【ブックマーク】【評価】での応援、心よりお待ちしております。
皆様の応援が、眠れぬ城に寝息を取り戻すセレスの子守唄になります。
次回、第13話「母の形見の楽譜に、私の子守唄が記されていた」でお会いしましょう。




