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第8話:「光の歌姫」アマーリエの凱旋

 鎮魂祭の前日。

 ハーゲン伯爵家の一行が、城に到着した。


 大広間に響き渡る、聞き覚えのある甲高い声。


「まあまあ、なんて立派なお城かしら! ねえお父様、これが全部、義姉(あね)さまの嫁ぎ先ですって。信じられませんわねぇ?」


 義妹のアマーリエだった。

 豪奢な金糸の刺繍が施された、真紅のドレス。

 巻かれた金の髪に、これ見よがしの宝石。

 まるで、この城の女主人は自分だとでもいうように、彼女は胸を張って広間を見回していた。


 その後ろには、肥えた腹を揺らす父・オズヴァルトと、扇子で口元を隠した義母。

 彼らは、私を見つけると、一瞬たじろいだ。

 ボロを着せて追い出したはずの娘が、上質なドレスを纏い、公爵夫人として立っていたからだ。


 父の目が、私の襟元で止まった。

 義母の扇子も、一度だけ止まった。


 この人たちは私の顔を見ていない。

 布と、糸と、石の値段を見ている。

 その見方だけは、屋敷にいた頃から何ひとつ変わっていなかった。


 けれどそれも一瞬のこと。

 義妹は、すぐにいつもの、人を見下す笑みを取り戻した。


「あらぁ、お姉様。ずいぶんといいご身分になられたのね? その薄汚れた子守唄で、よくもまあ、公爵様を騙せたものですわ。……ねえ? 化け物公爵を手玉に取るなんて、お姉様、いつの間にそんな“いかがわしい術”を覚えたのかしら」


 くすくす、と、彼女は意地悪く笑った。


 昔なら、俯いていた。

 今は、目を逸らさずにいられた。

 この二週間で私が覚えたのは、歌の力ではない。

 誰かが自分を必要としている――その一点だけで、人はこんなにも立っていられるということだ。


 私は何も言い返さなかった。

 ただ静かに微笑んでいた。


 その時。


「――その口を閉じろ」


 凍りつくような声が、広間に落ちた。


 階段の上から、ジルヴェスター様が降りてくる。

 漆黒の礼装。冴え冴えとした美貌。

 そして誰もが思わず後ずさるほどの、圧倒的な威圧感。


 ハーゲン家の一同は、一斉に青ざめ、慌てて頭を垂れた。

 「眠れぬ獅子」「化け物公爵」――その悪名は、王都にも轟いている。


「こ、これは公爵閣下、お初にお目に……」


「貴様らに発言を許した覚えはない」


 父の挨拶を、彼は一刀両断した。

 そして私の隣に立ち、当然のように、私の腰を抱き寄せた。


 人前でこんなふうに触れられたことは、一度もなかった。

 驚いて見上げると、彼は前を向いたままだった。

 腰に回された手は、私の震えを止めるためだけに、そこにあった。


「セレスティアは私の妻だ。この女の歌を侮辱することは、ヴァルトハイム公爵家への侮辱と心得よ」


 しんと広間が静まり返った。

 義妹の顔から、すうっと血の気が引いていく。


 静まり返ると、外の風の音が聞こえた。

 弱い風だ。

 この城の者なら、それが何を意味するか分かる。

 ――閣下は今、怒ってはいるが、荒れてはいない。


(……ふふ。少し痛快)


 この人は「私の妻だ」と言った。

 生贄でも、儀式の道具でもなく。

 いつからそうなっていたのかは、たぶん本人にも分かっていない。

 気づいたら、そう呼ばれていた。


 けれどアマーリエは、そう簡単に引き下がる女ではなかった。

 彼女は、青ざめた顔に、無理やり笑みを貼り付けると、声を張り上げた。


「で、ですが公爵閣下! 明日は、亡き方々を悼む、大切な鎮魂祭。歌を捧げるのなら、ふさわしい者が歌うべきですわ。……わたくし、アマーリエ・フォン・ハーゲンは、王都で『光の歌姫』と讃えられた身。明日の鎮魂の歌はぜひ、このわたくしに!」


 彼女は、勝ち誇ったように、私を流し見た。


「それともお姉様? その“馬小屋の子守唄”で、英霊たちを悼むおつもり? みなさまの前で、恥をおかきになりたいのなら、止めはいたしませんけれど」


 広間がざわめいた。


 招かれた貴族たちの目が、いっせいにこちらを向く。

 好奇の目だった。

 辺境の公爵が娶った無能令嬢と、王都で名高い光の歌姫。

 その二人が並ぶところを、この人たちは見たがっている。

 どちらが勝つかではなく――どちらが恥をかくかを。


 ジルヴェスター様が、口を開きかけた。

 断るつもりだ、と分かった。

 この人は私を守るために、祭の次第をこの場で変えてしまえる人だ。


 私は、その袖に触れた。

 ほんの少しだけ。


 彼が私を見た。

 私は、首を横に振った。


 公の場での歌比べ。

 それは、私を大勢の前で笑いものにするための、義妹の罠だった。


 断れば、逃げたことになる。

 受ければ、負けたところを衆目に晒すことになる。

 どちらに転んでもこの子の得になるように出来ている。

 ――昔から、そうだった。


 けれど私は、不思議なほど、落ち着いていた。

 なぜなら――私は、この二週間で、知ってしまったから。

 本物の歌が、どれほどの力を持つのかを。


 そしてもう一つ。

 アマーリエの華やかな歌の裏に、隠された「ある秘密」があることも。

義妹アマーリエ、登場の回です。


この子の厄介さは、罠の作り方にあります。断れば逃げたことになり、受ければ衆目の前で恥をかく。どちらに転んでも自分の得になるように置いていく。セレスにとっては、昔からずっとこうでした。


そのうえで今回、一つだけ違うことが起きます。断ろうとした公爵様の袖を、セレスのほうが引いて止めました。守られる側が、初めて自分で舞台に上がると決めた場面です。


ジルヴェスター様の「私の妻だ」も、この回でした。いつからそうなっていたのかは、たぶん本人にも分かっていません。気づいたら、そう呼んでいた。――広間が静まったあと、外の風が弱かったこと。この城の者なら、それが何を意味するか分かります。怒ってはいるが、荒れてはいないのです。


腰を抱き寄せられた場面にきゅんとしてくださった方は、どうか【評価】を。

皆様の応援が、眠れぬ城に寝息を取り戻すセレスの子守唄になります。


次回、第9話「あなたの歌は、魔石がなければ歌えないでしょう?」でお会いしましょう。

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