第7話:実家から届いた、一通の招待状
城に来て、二週間が過ぎた頃。
私の暮らしは、見違えるほど変わっていた。
温かい食事。柔らかな寝具。
使用人たちの、遠慮がちな、けれど確かな笑顔。
そして――夜ごと、私の歌を必要としてくれる、一人の人。
あの嵐の城が、少しずつ、人の住む家の温もりを取り戻していくのを、私は毎日、肌で感じていた。
けれど、穏やかな日々というものは、得てして、長くは続かないものらしい。
「奥方様。王都より、書状が届いております」
ある朝、ハンナが、一通の封書を運んできた。
その封蝋に押された紋章を見た瞬間、私の指先が、すっと冷たくなった。
ハーゲン伯爵家の、紋章だった。
震える手で、封を切る。
中の文面は、私を「無能」と嗤って追い出した家が書いたものとは思えないほど、慇懃で、親しげだった。
『愛しのセレスティアへ。
此度、ヴァルトハイム公爵領にて催される「鎮魂祭」に、我がハーゲン家もご招待にあずかりました。
久方ぶりに、家族で顔を合わせられること、父も、義母も、そしてアマーリエも、心より楽しみにしております。
立派な公爵夫人となったお前の姿を、ぜひこの目で――』
白々しい、と思った。
「鎮魂祭……」
「はい」と、傍らのブリュンヒルデが答えた。「白雪の戦で亡くなった者たちを悼む、領で最も大切な祭礼です。例年、近隣の貴族を招き、王都からも要人が訪れます。閣下にとっては……最も、つらい日でもあります」
あの悪夢の、もとになった戦。
その死者を悼む祭で、彼は毎年、人前で気丈に振る舞わねばならないのだ。
そして、よりにもよってその祭に、私を捨てた家族が、のこのことやって来るという。
目的は明らかだった。
「公爵家とのつながり」を、社交界で誇示するための、いい手土産。それが、私だ。
◇◇◇
その夜、私は、招待状のことをジルヴェスター様に伝えた。
彼の眉が、わかりやすく、不快げに歪んだ。
「ハーゲン伯爵家。……お前を、薄物一枚で、荷馬車に乗せて寄越した家か」
「……はい」
「お前を『無能』と呼び、馬小屋の子守唄と嗤った、あの家か」
彼が、私の過去をそこまで知っていることに、私は驚いた。
きっと、ブリュンヒルデたちが、調べたのだろう。
「閣下、どうか、お気になさらず。私は、笑って受け流すことに、慣れておりますから」
そう言って微笑んだ私を、彼は、まっすぐに見つめた。
暗い金の瞳に、これまで見たことのない、冷たい焔が灯っていた。
「お前は慣れていても、私は慣れぬ」
彼は、静かに、けれどはっきりと、言い切った。
「君を侮辱した者を、私は許さない。たとえそれが、君の生家であろうともだ。……来るがいい。この城で、その者たちに、思い知らせてやる。お前が今、何者であるかを」
その声には、私を護ろうとする、揺るぎない意志があった。
私を「生贄」と呼んだ人が。
子守唄など要らぬと、突き放した人が。
今や、私のために、本気で怒ってくれている。
胸の奥が、じんと熱くなった。
それと同時に――義妹のあの、勝ち誇った笑顔が脳裏に浮かび、私は、ひそかに覚悟を決めた。
(お姉様。あなたが私の歌を笑えるのも、今のうちですわ)
お読みいただきありがとうございます。
いよいよ、実家とのざまぁ対決の舞台が整いました。
「君を侮辱した者を、私は許さない」――公爵様の独占欲と庇護欲、しっかり育ってきております。
次回からの祭礼編、どうぞお楽しみに!
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皆様の応援が、眠れぬ城に寝息を取り戻すセレスの子守唄になります。
次回、第8話「『光の歌姫』アマーリエの凱旋」でお会いしましょう。




