第29話: すべての嘘が、夜明けに溶ける
簒奪者アーダルベルトの企みは、白日の下に晒された。
王宮にて開かれた断罪の場。
エルフリーデ王女と、良識ある重臣たちの前で、すべての証拠が突きつけられた。
四年前、白雪の戦の混乱に乗じて、甥に呪具を仕込んだこと。
不眠と暴走でジルヴェスター様を、心を病んだ領主に仕立て上げようとしたこと。
宮廷楽長ファルクと結託し、鎮魂の歌い手を引き離そうとしたこと。
そして私兵と操った魔獣で、領を戦火に巻き込もうとしたこと。
叔父様は、一度も否認しなかった。
証拠が読み上げられるあいだ、ずっと天井を見ていた。
最後の一枚が読み終わると、小さく息を吐いてこう言った。
「……兄上に似てきたな。ジルヴェスター」
それがあの人の、最後の言葉だった。
罪を認めるでも、詫びるでもなく。
自分が奪えなかったものの名前だけを、口にしたのだ。
「アーダルベルト・フォン・ヴァルトハイム」と、王が厳かに宣告した。「公爵家家督の簒奪を企て、現公爵への加害、領地への叛乱を働いた。その罪、断じて許されぬ。爵位を剥奪し、生涯、幽閉とする」
かつて、優しすぎる笑顔で私の手を取った叔父。
その素顔は野心に身を焼き尽くした、哀れな男のそれだった。
引き立てられていく彼を、ジルヴェスター様はただ静かに見送った。
そこに憎しみはなかった。
ただ長い因縁にようやく終止符が打たれた、深い静けさだけがあった。
帰りの廊下で、彼は一度だけ立ち止まった。
「……セレスティア。私は幼い頃、あの人の読む声で眠っていた」
「はい」
「今夜からは、お前の声で眠る」
それだけ言って、彼はまた歩き出した。
◇◇◇
ヴァルトハイム家を巡る、すべての嘘が溶けていった。
そしてそれは私の生家にも及んだ。
禁制の増幅魔石を、領鉱脈から横流ししていた、ハーゲン伯爵家。
その罪は義妹アマーリエの一件から芋づる式に暴かれ、ついに王家の知るところとなった。
父オズヴァルトは爵位を剥奪され、領地を没収された。
「光の歌姫」を気取った義妹アマーリエは、社交界から完全に追放され、二度と、表舞台に立つことはなかった。
私を「無能」と嗤い、「馬小屋の子守唄」と蔑み、薄物一枚で生贄に差し出した、あの家は。
今や、自らの罪の重さに、押し潰されて、崩れ去ったのだ。
屋敷は競売にかけられるという。
私が長く暮らした屋根裏も、そのうち誰かのものになる。
あの部屋には窓が一つあって、冬は隙間から雪が入った。
――雪の入る部屋で、私はあの歌を覚えたのだ。
悪いことばかりでもなかった、と思えるのが少し悔しかった。
報せを聞いても、私の心は不思議と、凪いでいた。
ざまあみろ、という、暗い喜びはなかった。
ただ長く私を縛っていた、過去の鎖が、音もなくほどけていくのを感じた。
「お母様」と私は心の中で語りかけた。「あなたを苦しめた者も、私を苦しめた者も、みんなそれぞれの罪の重さで、裁かれました。……私たちはもう自由です」
◇◇◇
すべての裁きが終わった日。
エルフリーデ王女が、私をそっと呼び止めた。
「セレスティア。あなたの歌はこの王都を救いました。鎮魂の歌い手はもはや、誰にも、危険などとは呼ばせません」
「もったいないお言葉です、殿下」
「……ただ」と王女の表情がわずかに翳った。「一つ、あなたに、伝えておかねばならないことがあります。ファルクが審問で持ち出した、三百年前の禁書。……あの『王家と、鎮魂の歌い手の因縁』は、全くの出鱈目ではないのです」
私の胸がざわりと波打った。
「三百年前、確かに王家は、鎮魂の歌い手の血を断罪しました。なぜ、王家が人を癒すだけのその力を、恐れ、葬ろうとしたのか。……その本当の理由を王家は、長い間、隠し続けてきました。そしてその秘密は――今もこの王宮の、最も深い場所に眠っています」
夜啼きの呪い。
鎮魂の歌い手の血。
その本当の起源は叔父一人の野心よりも、もっと古く、もっと深い場所に横たわっていた。
「いつか、あなたはその真実と、向き合うことになるでしょう」と、王女は静かに言った。「その時は――どうか、私を頼ってください」
殿下はそこで、少しだけ言い方を変えた。
「……セレスティア。一つだけ、正直に申します。私は、あなたを守りたいのではありません」
「殿下?」
「守れなかった者の娘に、今度こそ間に合いたいのです。……それはあなたのためではなく、私のためです」
殿下は、それきり何も言わなかった。
私も、何も訊かなかった。
訊けば、この方が二十年抱えてきたものを、今日ここで下ろさせることになる気がして。
新たな謎が地平の彼方に姿を現していた。
けれどそれは、また、別の物語。
今はただ、私は長い戦いを終えた、安堵に身を委ねたかった。
愛する人の待つ場所へ。
私の帰る場所へ。
すべての清算がつく回でした。
叔父は一度も否認しませんでした。証拠が読み上げられるあいだ、ずっと天井を見ていて、最後に「……兄上に似てきたな。ジルヴェスター」とだけ言います。罪を認めるでも詫びるでもなく、自分が奪えなかったものの名前だけを口にした。この人の敗け方は、こう書くよりありませんでした。
帰りの廊下の二行も、置いておきたかった箇所です。幼い頃はあの人の読む声で眠っていた、今夜からはお前の声で眠る、と。
ハーゲン家も崩れます。ただ、報せを聞いたセレスが思い出したのは屋根裏のことでした。窓が一つあって、冬は隙間から雪が入る部屋です。そこで、彼女はあの歌を覚えました。悪いことばかりでもなかったと思えるのが、少し悔しい。
王女殿下のことも書いておきます。私はあなたを守りたいのではない、守れなかった者の娘に今度こそ間に合いたいのだ、と殿下は言います。セレスは何も訊きませんでした。訊けば、この方が二十年抱えてきたものを今日ここで下ろさせてしまう気がしたからです。
三百年前の因縁は、まだ王宮の最も深い場所で眠ったままです。
次回、第30話「子守唄の要らない朝が、来るまで」でお会いしましょう。第1部の最終話――不器用な人が、ようやく命令ではない言葉で答える夜です。




