第25話: 解けない呪いと、赦されない夜
ファルクの失脚により、王都での戦いは、ひとまずの決着を見た。
私たちはヴァルトハイム城へと、帰還した。
城は変わらず、私たちを迎えてくれた。
氷の薔薇がいっそう数を増し、城壁を淡く彩っている。
使用人たちは、無事の帰還を心から喜んでくれた。
門をくぐったとき、ハンナが泣いた。
王都では一度も泣かなかった人だ。
泣いてよい場所というものが人にはあるのだと、そのとき知った。
私の部屋には、暖炉に火が入っていた。
誰も、いつ帰るかを知らなかったはずなのに。
――たぶん、王都へ発った日から、ずっと入れていたのだ。
けれど――一つだけ、解決していない問題があった。
ジルヴェスター様の呪いだ。
寝台に仕込まれていた呪具は、取り除いた。
暴走の頻度は、確かに減った。
けれど夜になると彼は、まだうなされる。
そして私が歌わなければ、安らかには眠れない。
「妙だ」と、ある夜、ブリュンヒルデが、難しい顔で言った。「呪具はすべて取り除いたはず。なのに呪いの根がまだ、閣下の中に残っている」
「奥方様。……立ち入ったことを伺いますが」
彼女はそこで、めずらしく言い淀んだ。
「閣下は、お休みになる前に、何かおっしゃいますか」
「……いいえ。何も」
「そうですか」と彼女は言った。「白雪の戦のあと、閣下は一度も、あの戦の話をご自分からなさいません。私が生きて帰ったことも、ねぎらってはくださいませんでした」
その意味を、私はすぐには掴めなかった。
私は毎晩、彼に寄り添い、歌い続けた。
私の歌は彼の嵐を「鎮める」ことは、できる。
けれど――「解く」ことは、できなかった。
鎮めると解くの違いを、私は手で覚えていた。
鎮めるときは、旋律を上から掛けていく。
解こうとすると、途中で何かに引っかかる。
布の下に結び目があって、撫でても撫でてもそこだけ膨らんでいる、あの感じだ。
なぜ。
その答えに私は、ある夜、たどりついた。
◇◇◇
その夜もジルヴェスター様は、悪夢にうなされていた。
「すまない……っ、私がもっと早く……皆を、助けられたはずなのに……!」
白雪の戦の、夢。
救えなかった、部下と、民の、夢。
四年間、彼を縛り続けてきた、罪の記憶。
私ははっと気づいた。
(呪いの根が解けないのは……閣下ご自身が、ご自分を赦していないからだ)
叔父が仕込んだ呪具は、ただのきっかけに過ぎなかった。
呪いをこれほどまでに深く、根づかせてしまったもの。
それは――彼自身の、消えない罪悪感だったのだ。
私は自分の胸に手を当てた。
同じものが、私の中にもある。
「無能」と言われ続けて、私はそれを信じた。
信じているあいだは、誰が何を言っても剥がれなかった。
剥がしてくれたのは、言葉ではなかった。
この人が四年ぶりに眠った、あの朝の寝息だった。
――だとしたら。
この人の中の結び目も、言葉では解けない。
「自分は罰せられるべきだ」
「眠る資格などない」
その想いがある限り、呪いは、彼の心に根を張り続ける。
私の歌はその根を撫でて鎮めることはできても、引き抜くことは、できない。
「閣下……」
私はうなされる彼の頬に、そっと手を添えた。
呪いを本当に解くために。
彼を本当に自由にするために。
私は彼の最も深い傷――白雪の戦の、あの夜の記憶と、向き合わねばならない。
彼が、自分自身を赦せるように。
けれどそれは、容易なことではなかった。
四年もの間、彼が誰にも明かさず、たった一人で抱え込んできた、罪。
その闇は、あまりに深かった。
どこから触れればいいのかも、分からなかった。
訊けば、この人はまた「憐れむな」と言うだろう。
訊かなければ、いつまでも、私の歌は結び目の上を撫でるだけだ。
――それでも私は、毎晩そこへ行った。
撫でるだけでも、撫でない夜よりはいい。
◇◇◇
そしてその矢先。
城に王都からの早馬が、最悪の報せをもたらした。
「申し上げます! 叔父君、アーダルベルト様が――王宮にて、上奏なさいました。『呪われ、心を病んだヴァルトハイム公爵に、辺境の守りは任せられぬ。後見人たる自分が家督を預かるべきである』と!」
ジルヴェスター様の顔が、険しくなった。
「叔父上め……。ファルクを失い、なりふり構わなくなったか」
「それだけではございません!」と、使者は青ざめて続けた。「アーダルベルト様はすでに私兵を集め、領境へと、進軍を始めております! このままでは、公爵領が――戦に!」
窓の外が、暗くなった。
昼だった。
昼のうちから雲が下りてくるのを、私はこの城で初めて見た。
ジルヴェスター様は、窓のほうを見なかった。
自分がやっていると分かっている人は、確かめない。
解けない呪い。
赦されない夜。
そして迫りくる、肉親との、戦。
――その全部の答えを、私はまだ、一つも持っていなかった。
呪いが解けない本当の理由に、セレスがたどりつく回です。
鎮めると解くの違いを、彼女は手で覚えていました。鎮めるのは、旋律を上から掛けていく作業です。解こうとすると、途中で必ず何かに引っかかる。布の下に結び目があって、撫でても撫でてもそこだけ膨らんでいる、あの感じでした。
同じものが、彼女の中にもあります。「無能」と言われ続けて、彼女はそれを信じました。信じているあいだは、誰が何を言っても剥がれません。剥がしてくれたのは言葉ではなく、この人が四年ぶりに眠った朝の寝息でした。だとしたら、この人の結び目も言葉では解けない。
訊けば「憐れむな」と言われる。訊かなければ、歌はいつまでも結び目の上を撫でるだけ。それでも彼女は毎晩そこへ行きます。撫でるだけの夜でも、行かない夜よりはいいので。
昼のうちから雲が下りてきました。ジルヴェスター様は、窓のほうを見ません。自分がやっていると分かっている人は、確かめないのです。
この夜の重さが刺さった方は、どうか【ブックマーク】を。
皆様の応援が、眠れぬ城に寝息を取り戻すセレスの子守唄になります。
次回、第26話「『呪われた公爵に領は治められぬ』」でお会いしましょう。




