第22話: さらわれかけた歌い手と、嵐の盾
それは、夕暮れの、人気のない路地でのことだった。
元女官の家からの帰り道。
ふいに、四方から、黒ずくめの男たちが、私を取り囲んだ。
「鎮魂の歌い手さまには、しばらく、お眠りいただく。手荒な真似はしたくねえ。大人しく来な」
男の一人が、布のようなものを手に、近づいてくる。
眠り薬の、甘い匂いがした。
私を、攫い、声を、奪うつもりだ。歌えなければ、私は、ただの無力な娘でしかない。
「……っ」
私は、とっさに、歌おうとした。
けれど、恐怖で喉が引きつり、声が、出ない。
その時。
ゴォッ――と、路地を、突風が吹き抜けた。
黒ずくめの男たちが、見えない力に弾き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
吹き荒れる風の中心に、いつのまにか、その人が立っていた。
「私の妻に、触れるな」
ジルヴェスター様だった。
彼の周囲で、魔力の嵐が、渦を巻いている。
暗い金の瞳が、怒りに、燃えていた。
「閣下……!」
「遅くなった。すまない。……お前の身辺を、ブリュンヒルデに見張らせていた。間に合って、よかった」
彼は、嵐を操り、男たちを次々と無力化していく。
けれど、私には、わかった。
彼が力を使えば使うほど、その身の内で、呪いが、暴走の機会をうかがっていることが。
案の定。
最後の一人を退けた時、彼の体が、ぐらりと傾いだ。
「……ぐっ、く……!」
制御を失った魔力が、嵐となって、暴れ出そうとする。
このままでは、彼自身が、そして周囲の家々が、巻き込まれる。
「閣下! 大丈夫です、私がいます!」
私は、もう、震えていなかった。
彼の冷えた手を、しっかりと握り、まっすぐに、歌い始めた。
「……ねむれ、ねむれ。風のこ、嵐のこ――」
荒れ狂おうとしていた魔力が、私の歌に、絡め取られていく。
暴走の寸前で、嵐は、ぴたりと、その動きを止めた。
彼が、力を振るう。
私が、その嵐を、歌で抑える。
二人で、一つの「盾」になる。
それは、私たちが、初めて、完全に呼吸を合わせた瞬間だった。
「……助かった」と、彼は、荒い息の下で、微かに笑った。「お前がいれば、私は、もう、力を使うことを、恐れなくていいのだな」
「はい」と、私は、彼の手を握りしめた。「あなたは、存分に、戦ってください。あなたの嵐は、私が、必ず、鎮めますから」
◇◇◇
逃げ遅れた男の一人を、ブリュンヒルデが、取り押さえた。
厳しい尋問の末、男は、ついに、雇い主の名を、吐いた。
「アー……アーダルベルト様だ。あの後見人の、旦那様が……鎮魂の歌い手を、攫って、声を封じろと……!」
ついに、繋がった。
呪具も、襲撃も、すべては、叔父の差し金。
動かぬ証言が、ここに、得られたのだ。
けれど――ブリュンヒルデの表情は、晴れなかった。
「奥方様。今夜、もう一つ、ご報告が。……尾行の途中、見てしまったのです。叔父アーダルベルト様が、人目を忍んで、ある人物と密会しているのを」
「ある、人物……?」
「はい」と、彼女は、低く言った。「宮廷楽長、ファルク・ヴェルナー。……あの二人、裏で、繋がっております」
お読みいただきありがとうございます。
セレス襲撃、そして「嵐の盾」となった二人の連携! 守られるだけだったヒロインが、公爵様と背中を預け合う関係になりました。
そしてついに、叔父とファルク――二つの影が、一本の線で繋がります。
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皆様の応援が、眠れぬ城に寝息を取り戻すセレスの子守唄になります。
次回、第23話「楽長と後見人、二つの影が手を結ぶ」でお会いしましょう。




