第21話: 後見人の書斎に眠る、呪いの設計図
叔父アーダルベルトが、黒幕。
その確信を得てから私たちは、慎重に、けれど着実に動き始めた。
確信と証拠は違う、とブリュンヒルデは何度も言った。
王都で公爵家が身内を告発するには、紙が要る。
紙にするには、人が要る。
人に口を開かせるには、その人の身が安全でなければならない。
――だから私たちの戦いは、剣ではなく、訪問から始まった。
人の家の扉を叩いて、待つ。それが最初の三日だった。
三日のあいだに開いた扉は、一つだけだった。
まずジルヴェスター様は、叔父の過去を改めて洗い直した。
「叔父上は亡き父の弟だ」と彼は語った。「だが父との間には長く、家督を巡る確執があった。本来、公爵位は兄である父が継いだ。叔父はそれをずっと不服に思っていた。……父が早世し、私が幼くして公爵位を継いだとき、叔父は『後見人』として、すべてを手中に収めようとした」
彼はそこで言葉を切り、暖炉の火を見た。
「……あの頃の私は、まだ字も満足に読めなかった。叔父上は毎晩、寝る前に本を読んでくれたよ」
その言い方があまりに平坦で、私は何も言えなかった。
「ですが、閣下が立派に成長なさったから……」
「ああ。私が成人し、自ら領を治め始めたことで、叔父の野心は潰えるはずだった。……だが、四年前。私は呪いを得た。眠れぬ獅子と呼ばれ、人々に恐れられる、欠陥のある領主に」
私ははっと息を呑んだ。
「まさか、その呪いそのものが……」
「そうだ」とジルヴェスター様は、苦々しげに頷いた。「私はずっと、白雪の戦で力を使いすぎた『報い』だと思っていた。だが――違う。あの戦の混乱に乗じて、叔父が、私に呪具を仕込んだのだ。私を心を病んだ、領主にふさわしからぬ者に仕立て上げ、いずれ廃嫡し、家督を奪うために」
四年間、彼を苦しめてきた呪い。
それは天災でも報いでもなかった。
最も身近な肉親が、野心のために、仕組んだものだったのだ。
その残酷さに私は言葉を失った。
四年、と私はまた数えた。
この人が数えてきたのは、救えなかった人の数だ。
その重さの一部が、はじめから偽物だったことになる。
――それは救いだろうか。
それとも四年ぶんの夜を、もう一度数え直させることだろうか。
「閣下」
「言うな」と彼は言った。「今その顔をされると、私は叔父上を殺しに行く」
◇◇◇
一方、私もまた、自分の戦いを進めていた。
ハンナと、彼女が探し当てた、母の時代の元女官たち。
彼女たちの証言を、一つひとつ、集めていったのだ。
二十年前、ファルクが、いかにして母エレオノーラを陥れたか。
「鎮魂の歌い手は危険だ」という噂を、どのように流布させたか。
そして母が地方へ追われたあと、彼女の身に何が起きたか。
どの家も、扉を開けるまでが長かった。
二十年経っても、あの名前を口にするのが怖い人たちだった。
私が名乗ると、まず私の顔を見て、それから私の喉のあたりを見る。
どの人も必ず、同じ順番で。
――何を確かめていたのかは、そのときの私には分からなかった。
「奥方様」と、ある老女官が震える手で、一通の古い手紙を差し出した。「これはエレオノーラ様が、亡くなる直前に私に託されたものです。……怖くて、ずっと隠しておりました。ですが、あなた様になら」
その手紙には母の、美しい筆跡でこう記されていた。
『もし私の身に何かあれば。それは、病ではありません。
私の歌を恐れる者の、手によるものです。
どうか、いつか生まれてくる私の娘に、伝えてください。
お前の歌は決して、呪われた力などではない、と――』
字が、途中から乱れていた。
はじめの数行は、楽譜の筆致と同じ、整った字だった。
終わりのほうは線が震えて、墨が薄い。
書くのに何日かかったのだろう、と思った。
私の目から涙がこぼれ落ちた。
母は知っていた。自らに迫る危険を。
そしてまだ見ぬ私のことを、最後まで案じてくれていたのだ。
「お母様……」
手紙に、宛名はなかった。
「私の娘に」とだけ書かれていた。
名前を、まだ知らなかったのだ。
――名前も知らない子のために、母はこれを書いて、託した。
その一つだけで、私は立てると思った。
私は手紙をそっと胸に抱いた。
悲しみと――そして、静かな怒りが、胸の奥で確かな炎になっていく。
ファルクへ。叔父へ。
母を奪い、彼を呪い、私たちを苦しめてきた、すべての者へ。
怒りは熱いものだと思っていた。
違った。
冷たくて、静かで、手が震えない。
――だから母は、あの整った字で最初の数行を書けたのだ。
(必ず暴いてみせます。あなたたちが闇に葬ろうとした、すべての真実を)
その翌日。
証言を集めるために王都の下町を歩いていた私は、二つ目の角を曲がったところで足を止めた。
同じ足音が、ついてきている気がしたのだ。――振り返ると、誰もいなかった。
第3章、はじまりました。
呪いの正体が明かされる回です。天災でも報いでもなく、最も近い肉親が野心のために仕込んだものでした。
この人が四年数えてきたのは、救えなかった人の数です。その重さのいくらかが、はじめから偽物だったことになる。それは救いなのか、それとも四年ぶんの夜をもう一度数え直させることなのか。セレスがそこで言葉を失うと、彼は「言うな」と遮ります。その顔をされると叔父を殺しに行ってしまうから、と。この作品の公爵様が言う「言うな」は、だいたい優しさのほうです。
もう一つ、母の手紙のこと。字が途中から乱れていました。はじめの数行は楽譜の筆致と同じ整った字で、終わりのほうは線が震えて墨が薄い。書くのに何日かかったのだろう、と思いながら書きました。
宛名はありません。「私の娘に」とだけ。名前を、まだ知らなかったのです。名前も知らない子のために書いて託した――その一つだけで、セレスは立てると思いました。
ここで胸が詰まった方は、【評価】をひとつ置いていってください。
皆様の応援が、眠れぬ城に寝息を取り戻すセレスの子守唄になります。
次回、第22話「さらわれかけた歌い手と、嵐の盾」でお会いしましょう。




