第18話: 呪具の欠片と、震える子守唄
夜ごと悪化する、ジルヴェスター様の呪い。
その異常さに、最初に気づき、動いたのは、ブリュンヒルデだった。
「奥方様。閣下の寝室を、徹底的に調べさせていただきました。……これを、ご覧ください」
彼女が差し出した手のひらには、黒く濁った、小さな石の欠片が乗っていた。
触れてもいないのに、ぞわりと、肌が粟立つ。
まるで、夜の底の冷たさを、そのまま固めたような――禍々(まがまが)しい気配。
「これは……?」
「寝台の裏に、巧妙に仕込まれておりました。私の見立てでは――『呪具』です。それも、呪いを増幅し、宿主の魔力を暴走させる、極めて悪質なもの」
私の背筋が、冷たくなった。
「では、閣下の呪いが、ここ数日ひどくなったのは……」
「この呪具が、近くにあったからです。おそらく、王都へ来てからずっと、何者かが、閣下のそばに、これを忍ばせていた」
誰が。
なぜ。
いいえ――答えは、もう、私の中で、形になりかけていた。
叔父・アーダルベルト様が近づくたびに、強まる呪い。
彼が、何から何まで取り仕切った、この屋敷。
あの、優しすぎる笑顔。
(まさか……)
けれど、確証はなかった。
ブリュンヒルデも、慎重だった。
「奥方様。今は、まだ動けません。相手が誰であれ、これは王都での話。下手に騒げば、逆に『呪われた公爵が、被害妄想で身内を陥れた』と、ファルクに利用されます。……まずは、この呪具を遠ざけ、証拠を固めましょう」
私たちは、呪具の欠片を、厳重に封じた。
すると――その夜から、ジルヴェスター様の暴走は、嘘のように和らいだ。
◇◇◇
けれど、ジルヴェスター様は、別のことを案じていた。
「セレスティア。やはり、お前を、王都へ連れてくるべきではなかった」
その夜、彼は、苦しげに、そう言った。
「この王都には、私を陥れようとする何者かがいる。お前まで、巻き込まれかねん。……審問など、私が一人で受ける。お前は、城へ帰れ。安全な場所で――」
「いいえ」
私は、彼の言葉を、はっきりと遮った。
「帰りません。閣下。私を、独りにしないでくださいと言ったのは、私です。なら、あなたも、私を、独りで戦わせないでください」
彼は、虚を突かれたように、私を見た。
「呪具を見つけたのは、ブリュンヒルデ様です。呪いを和らげたのは、私の歌です。……私たちは、もう、誰かに護られるだけの存在ではありません。共に、戦えるのです」
私は、震える彼の手を、両手で包んだ。
かつて、初めて彼の暴走を凪がせた、あの夜のように。
「だから――どうか、おそばで、戦わせてくださいませ」
長い沈黙のあと。
ジルヴェスター様は、ゆっくりと、私の手を握り返した。
「……ああ。すまなかった。お前を、見くびっていたのは、私の方だ」
彼の声には、もう、私を遠ざけようとする響きはなかった。
ただ、深い信頼と――言葉にならない、温かなものが、滲んでいた。
「共に行こう、セレスティア。明日の審問。……あの男に、思い知らせてやる。鎮魂の歌い手が、何者であるかを」
窓の外。
呪具を遠ざけた王都の夜は、ようやく、静けさを取り戻していた。
けれど、本当の戦いは、明日、白日の下で、始まろうとしていた。
お読みいただきありがとうございます。
寝台に仕込まれていた「呪具」、そして強まる叔父への疑惑。
「共に戦わせてください」――守られるだけだったセレスが、公爵様と対等に並ぶ関係になっていく回でした。
いよいよ次回、歌劇審問が開幕します!
【ブックマーク】【評価】での応援、心よりお待ちしております。
皆様の応援が、眠れぬ城に寝息を取り戻すセレスの子守唄になります。
次回、第19話「歌劇審問、はじまる」でお会いしましょう。




