第18話: 呪具の欠片と、震える子守唄
王都に来て、三晩。
三晩とも、嵐が来た。
城では、彼が力を使った夜だけだった。
ここでは、何もしていない夜にも来る。
私はそれを「王都だから」と思おうとして、思いきれずにいた。
夜ごと悪化する、ジルヴェスター様の呪い。
その異常さに最初に気づき、動いたのは、ブリュンヒルデだった。
「奥方様。閣下の寝室を、徹底的に調べさせていただきました。……これをご覧ください」
彼女の手が汚れていた。
爪の中に、木の削り屑が入っている。
寝台を一人で解体したのだと分かった。
誰にも頼まずに。
差し出された手のひらには、黒く濁った、小さな石の欠片が乗っていた。
触れてもいないのに、ぞわりと肌が粟立つ。
まるで夜の底の冷たさを、そのまま固めたような――禍々(まがまが)しい気配。
音がしていた。
耳ではなく、歯の奥のあたりで聞こえるような、低く途切れない音。
私が歌でほどいてきたもののちょうど裏側にある音だ、と思った。
「これは……?」
「寝台の裏に巧妙に仕込まれておりました。私の見立てでは――『呪具』です。それも、呪いを増幅し、宿主の魔力を暴走させる、極めて悪質なもの」
私の背筋が冷たくなった。
「では閣下の呪いが、ここ数日ひどくなったのは……」
「この呪具が近くにあったからです。おそらく王都へ来てからずっと、何者かが、閣下のそばにこれを忍ばせていた」
誰が。
なぜ。
いいえ――答えは、もう、私の中で形になりかけていた。
叔父・アーダルベルト様が近づくたびに、強まる呪い。
彼が何から何まで取り仕切った、この屋敷。
あの、優しすぎる笑顔。
(まさか……)
城で叔父様が私の手を取ったとき、あの人の手は冷たかった。
あれは体温ではなかったのかもしれない。
――懐に、これと同じものを入れていたのだとしたら。
けれど確証はなかった。
ブリュンヒルデも、慎重だった。
「奥方様。今はまだ動けません。相手が誰であれ、これは王都での話。下手に騒げば、逆に『呪われた公爵が、被害妄想で身内を陥れた』と、ファルクに利用されます。……まずはこの呪具を遠ざけ、証拠を固めましょう」
悔しかった。
悔しいと思う資格が私にあるのかも、分からなかった。
この人たちは四年、こうして耐えてきたのだ。
証拠のないものを、証拠がないというだけの理由で、飲み込み続けて。
飲み込んだ数だけ、この人たちは口が重くなったのだ。
私たちは、呪具の欠片を厳重に封じた。
すると――その夜から、ジルヴェスター様の暴走は、嘘のように和らいだ。
その夜、彼は久しぶりに、一度も呻かずに朝まで眠った。
私は歌いながら、ずっと考えていた。
四年。
もし呪いがずっと「増幅」されていたのだとしたら。
この人が背負ってきた重さのいくらかは、誰かが上から乗せていたことになる。
◇◇◇
けれどジルヴェスター様は、別のことを案じていた。
「セレスティア。やはりお前を、王都へ連れてくるべきではなかった」
その夜、彼は、苦しげにそう言った。
寝台の縁に座ったまま、膝の上で手を組んでいる。
組んだ手が白かった。
言う前から断られると分かっている人の、座り方だった。
「この王都には、私を陥れようとする何者かがいる。お前まで巻き込まれかねん。……審問など、私が一人で受ける。お前は、城へ帰れ。安全な場所で――」
「いいえ」
私は彼の言葉をはっきりと遮った。
「帰りません。閣下。私を独りにしないでくださいと言ったのは、私です。なら、あなたも私を、独りで戦わせないでください」
彼は虚を突かれたように、私を見た。
「呪具を見つけたのは、ブリュンヒルデ様です。呪いを和らげたのは、私の歌です。……私たちはもう、誰かに護られるだけの存在ではありません。共に戦えるのです」
私は、震える彼の手を、両手で包んだ。
かつて、初めて彼の暴走を凪がせた、あの夜のように。
「だから――どうか、おそばで、戦わせてくださいませ」
長い沈黙のあと。
ジルヴェスター様は、ゆっくりと、私の手を握り返した。
力の入れ方が、いつもと違った。
握るのではなく、確かめるように。
自分が壊さずに人の手を持てることを、この人はまだ信じきれていない。
それでも、離さなかった。
「……ああ。すまなかった。お前を見くびっていたのは、私の方だ」
彼の声にはもう、私を遠ざけようとする響きはなかった。
ただ深い信頼と――言葉にならない、温かなものが滲んでいた。
「共に行こう、セレスティア。明日の審問。……あの男に、思い知らせてやる。鎮魂の歌い手が、何者であるかを」
窓の外。
呪具を遠ざけた王都の夜は、ようやく静けさを取り戻していた。
その静けさが、私には少しだけ怖かった。
寝台の裏に手を伸ばした誰かは、まだこの屋敷のどこかで、眠らずにいるのかもしれない。
呪具が見つかる回でした。
見つけたのはブリュンヒルデです。爪の中に、木の削り屑が入っていました。寝台を一人で解体したのです、誰にも頼まずに。前の話でセレスが手を離せずに探しに行けなかった場所を、この人が代わりに開けました。
証拠のないものを、証拠がないというだけの理由で飲み込み続けてきた四年。飲み込んだ数だけ、この城の人たちは口が重くなりました。セレスが悔しがってよいのかを迷うのは、そのためです。
この回でようやく、二人の関係が変わります。独りにしないでくれと願ったのは自分のほうだ、ならばあなたも私を独りで戦わせないでほしい――セレスはそう言い返しました。守られる人から、並んで戦う人へ。
握り返す力の入れ方も変わっています。握るというより、確かめるような持ち方です。自分が壊さずに人の手を持てることを、この人はまだ信じきれていません。それでも、離しませんでした。
対等になっていく二人がお好きな方は、【評価】での応援をいただけると嬉しいです。
皆様の応援が、眠れぬ城に寝息を取り戻すセレスの子守唄になります。
次回、第19話「歌劇審問、はじまる」でお会いしましょう。




