第17話: 「眠れぬ獅子」を、王都は嗤って迎えた
数日の旅路を経て、私たちは王都にたどりついた。
久方ぶりに見る、生まれ故郷。
けれど、私を迎えたのは、懐かしさではなかった。
「見ろよ、あれが『眠れぬ獅子』だ」
「呪われた化け物公爵……。よくも王都へ顔を出せたものだ」
「隣にいるのが、噂の鎮魂の歌い手か。人を眠らせる、不気味な力だとか」
馬車が大通りを進むたびに、ひそひそとした囁きと、好奇と恐怖の入り混じった視線が、突き刺さってくる。
ジルヴェスター様は、それらを、一切表情を変えずに受け止めていた。
けれど、私には、わかった。
彼の握りしめた拳が、わずかに震えていることが。
民を護るために力を振るい、その代償に呪われた人。
なのに、世間は、彼を「化け物」と嗤う。
私は、そっと彼の手に、自分の手を重ねた。
「閣下。私には、あなたが、誰よりもお優しい方だと、わかっておりますわ」
彼は、少しだけ目を見開き、それから、ふっと、肩の力を抜いた。
「……お前がいると、こういう視線も、不思議と、堪えられるな」
◇◇◇
滞在先に用意されたのは、ヴァルトハイム家が王都に持つ、古い屋敷だった。
その手配を、すべて取り仕切ったのは、同行した叔父・アーダルベルト様だった。
「さあ、ゆっくり休んでおくれ。審問までの間、不自由はさせないよ」
何から何まで、行き届いた気遣い。
使用人の手配も、食事も、彼が用意してくれた。
あまりに親切で、けれど、その親切さが、なぜだか、私の胸を、ざわつかせた。
その夜。
私は、宮廷楽士団のことを、ハンナから聞いた。
「楽長ファルクは、二十年かけて、楽士団を、自らの権力の道具に作り変えました。歌い手も、楽士も、すべて『国家の管理下にある力』として、戦や政治に利用する。……エレオノーラ様が、たった一人、それに抗ったのです」
「そのファルクが、今度は、私を……」
「ええ。ですが、奥方様。今のあなた様には、エレオノーラ様にはいなかった、心強い味方がおります」
ハンナの言葉に、私は頷いた。
ジルヴェスター様。ブリュンヒルデ。ハンナ。
母は、独りで戦い、消されてしまった。
けれど、私は、独りではない。
◇◇◇
だが、その夜更け。
異変は、起きた。
眠っていたジルヴェスター様が、突然、激しくうなされ始めたのだ。
「ぐ……っ、あ……!」
窓の外に、稲妻が走る。
城にいた頃よりも、はるかに激しく、彼の魔力が荒れ狂っていた。
私は慌てて、歌い始める。
けれど――いつもなら、すぐに凪ぐはずの嵐が、今夜は、なかなか鎮まらない。
「閣下……っ、なぜ、こんなに……!」
まるで、彼の中の呪いが、外から、何者かに掻き立てられているかのようだった。
屋敷の窓が、風圧で、ビリビリと鳴る。
遠くで、誰かの悲鳴が聞こえた気がした。
私は、声を振り絞り、歌い続けた。
いつもより、ずっと長く、ずっと強く。
ようやく嵐が凪いだ頃には、東の空が、白み始めていた。
(おかしい。……この王都には、何か、閣下の呪いを、強める“何か”がある)
その違和感は、もはや、気のせいでは済まされなかった。
そして、その「何か」の正体に、私たちは、まもなく、たどりつくことになる。
お読みいただきありがとうございます。
王都の冷たい視線、そして夜ごと悪化する呪い……。何者かが、外から呪いを掻き立てている?
セレスの違和感が、確信へと変わっていきます。次回、呪いの“正体”の一端が明らかに。
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皆様の応援が、眠れぬ城に寝息を取り戻すセレスの子守唄になります。
次回、第18話「呪具の欠片と、震える子守唄」でお会いしましょう。




