第16話: 王都への召喚状と、優しすぎる叔父様
氷の薔薇が咲いた夜から、数日。
王都から、一通の重々しい書状が届いた。
封蝋には、王宮楽士団の紋章。
差出人は、宮廷楽長ファルク・ヴェルナー。
『鎮魂の歌い手セレスティアの力につき、王国楽法に基づく「歌劇審問」を執り行う。
当人および後見たるヴァルトハイム公爵は、来る月の満ちる日までに、王都へ出頭すべし』
「……出頭、ですか」
「拒めば、私が王法に背いたことになる」と、ジルヴェスター様は苦々しげに書状を睨んだ。「ファルクめ。王の権威を盾に、お前を公の場へ引きずり出すつもりだ」
歌劇審問。
それは、鎮魂の歌い手の力が「国家にとって危険か否か」を、公開の場で裁くという名目の儀式だった。
けれど、その本当の狙いは、明らかだ。
私を「危険」と断じ、母と同じように、国家の管理下――ファルクの手の中へ、囲い込むこと。
「閣下。私、参ります」と、私は迷わず言った。「逃げれば、母と同じように、また誰かが、鎮魂の歌い手は危険だと言い続けます。……私は、皆の前で、証明したいのです。この歌が、何のための歌なのかを」
ジルヴェスター様は、私をじっと見つめ、やがて、静かに頷いた。
「……お前は、強いな。わかった。共に行こう。ただし――」
彼の表情が、わずかに翳った。
「王都は、人が多い。そして遠い。長旅と人混みは、私の魔力を、刺激する。夜ごとの暴走が、城にいるときより、ひどくなるかもしれん」
力を使えば、嵐が荒れる。
人の多い王都で、もし暴走すれば、被害は計り知れない。
彼が、これまで王都へ近づくことすら避けてきた理由が、それだった。
「大丈夫です」と、私は彼の手を握った。「どんな夜も、私が歌います。あなたを、独りにはいたしません」
◇◇◇
王都への出立の準備が進む中。
城に、もう一人、思いがけない客が訪れた。
「やあ、ジルヴェスター。久しぶりだね。すっかり立派になって」
穏やかな笑みを浮かべた、初老の紳士だった。
仕立ての良い外套に、品の良い物腰。
けれど、その柔和な笑顔の奥に、どこか、底の見えない冷たさがあった。
「叔父上」と、ジルヴェスター様の声が、わずかに硬くなった。「……なぜ、ここへ」
「つれないなあ。可愛い甥が、王都の審問などという面倒事に巻き込まれていると聞いてね。後見人として、力になりに来たのだよ」
彼は――アーダルベルト・フォン・ヴァルトハイム。
ジルヴェスター様の、亡き父の弟。すなわち、実の叔父だという。
「こちらが、噂の奥方かな? いや、美しい。それに、鎮魂の歌い手とは。ジルヴェスター、お前にはもったいないほどの、良い妻を得たものだ」
アーダルベルト様は、にこやかに私の手を取った。
その手は、ひやりと冷たかった。
その瞬間。
私の隣で、ジルヴェスター様が、わずかに、顔をしかめた。
彼の体の奥で、あの嵐の魔力が、ざわりと、波打ったのを――私は、感じ取った。
(……今、閣下の呪いが、強くなった……?)
なぜ。
この、優しげな叔父が近づいた、ただそれだけで。
言いようのない違和感が、胸の奥に、小さな棘のように刺さった。
けれど、その正体に気づくには、私はまだ、あまりに無防備だった。
「では、王都までの道中、私も同行させてもらおう。なに、遠慮はいらないさ。家族なのだからね」
にこやかに笑う叔父の影が、なぜだか、ひどく長く、冷たく見えた。
お読みいただきありがとうございます。
いよいよ舞台は王都へ。そして登場した「優しすぎる叔父様」アーダルベルト。
彼が近づくと、なぜか公爵様の呪いが強まる……? その違和感の正体は、すぐに明らかになります。
第2部……ではなく、第1部後半戦の幕開けです。
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次回、第17話「『眠れぬ獅子』を、王都は嗤って迎えた」でお会いしましょう。




