第14話:「鎮魂の歌い手」——消された母の、本当の名前
その夜、私はジルヴェスター様に、すべてを打ち明けた。
執務室の火が細くなるまで、話は続いた。
彼は途中で一度も口を挟まず、一度も座り直さなかった。
聞くとはこういうことなのだと、私はその夜、初めて知った。
実家では、話し終える前に必ず、誰かが立ち上がったから。
最後まで聞かれたのは、生まれて初めてだった。
母エレオノーラが、鎮魂の歌い手であったこと。
私の歌がその血を受け継いだものであること。
そして――母が、宮廷楽長ファルクによって、宮廷から葬られた、らしいということを。
彼は長いあいだ、黙って聞いていた。
そしてハンナが語る、母の最期の物語に静かに耳を傾けた。
「二十年前」とハンナは絞り出すように語った。「エレオノーラ様は、王宮で、誰よりも愛される歌い手でした。荒ぶる魔獣を鎮め、戦で傷ついた兵の心を癒し……その歌は、剣よりも、魔法よりも確かに人を救っておりました」
「だがそれを面白く思わぬ者がいた、と」とジルヴェスター様。
「はい。当時、宮廷楽士団で頭角を現していた、若き楽長ファルク・ヴェルナー。彼は歌を『力』として、国家が管理し、利用すべきだと主張する男でした。魔獣の討伐に戦の士気高揚に歌い手の力を、兵器のように使おうとしたのです」
「兵器」
私はその言葉を、口の中で繰り返した。
人を眠らせる歌が、どうやって兵器になるのだろう。
――考えて、すぐに分かってしまった。
眠らせられるということは、眠らせないでおくこともできるということだ。
眠らない兵は、いくらでも戦える。
ハンナの声が震えた。
「ですが、エレオノーラ様は、頑として拒まれました。『私の歌は人を眠らせ、癒すためのもの。人を戦わせ、傷つけるための道具には、決してしない』と。……それがファルクの逆鱗に触れたのです」
「鎮魂の歌い手は扱いにくい、と。だから――消したか」
その言い方に、私は顔を上げた。
消す。
人ひとりを、そういう言葉で処理できてしまう場所が、王都なのだ。
――そして明日、その場所から人が来る。
「ええ。ファルクは、『鎮魂の歌い手の力は危険である』という噂を宮廷に流し、エレオノーラ様を、表舞台から追放しました。そして地方の力なきハーゲン伯爵家へと、嫁がせたのです。……その血を二度と、宮廷で輝かせぬように」
私はようやくすべてを理解した。
父が私を「無能」と嗤い、納屋に追いやった、その本当の理由。
それは私が役立たずだったからではない。
母から受け継いだ、この「鎮魂の歌い手」の力を――父もまた、ファルクと同じように、「危険なもの」「気味の悪いもの」として、恐れていたからだ。
私は母の力ゆえに虐げられていた。
知らぬ間に二十年前の因縁を、私は背負わされていたのだ。
父の顔を思い出した。
私が納屋で歌っていると、父は決まって扉を閉めに来た。
叱るのでも、殴るのでもなく、ただ、閉めた。
あれは聞きたくなかったのではない。
誰かに聞かれるのが、怖かったのだ。
「お母様は……どのように亡くなったのですか」
私の問いにハンナは目を伏せた。
「ハーゲン家に嫁がれて、数年。あなた様を産まれて、ほどなく。……『流行り病』とされましたが、私は信じておりません。最後まで歌うことを諦めなかったお方が、あんなにも突然に」
「……お苦しみに、なりましたか」
「いいえ」とハンナは言った。「お眠りになるように、と申し上げたいのですが」
彼女はそこで、言葉を切った。
「――最後の幾日か、お声が出なくなっておいででした。歌うことも、お話しになることも」
喉、と私は思った。
歌う人から、まず喉が奪われたのだ。
言葉にならぬ、その先を私は察した。
胸の奥が怒りと悲しみで、灼けるように熱くなった。
その時、ずっと黙っていたジルヴェスター様が、静かに立ち上がった。
そして私の隣に来て、震える私の肩をそっと抱き寄せた。
「セレスティア」
低く、けれどこれ以上ないほど、優しい声だった。
「お前の母を奪い、お前から誇りも、居場所も奪った男が明日、この城に来る」
彼の腕に力がこもる。
痛いくらいだった。
けれど私は、痛いとは言わなかった。
この人が誰かをこんなふうに抱くのは、たぶん四年ぶりなのだ。
「案ずるな。お前はもう一人ではない。お前の歌はもう誰にも、馬鹿にはさせぬ。……その男に思い知らせてやろう。鎮魂の歌い手の娘が、何を受け継ぎ、誰に護られているのかを」
私は彼の胸にそっと額を預けた。
心臓の音がした。
速い。
この人も怒っているのだと、それで分かった。
顔にも声にも出さないまま、内側だけが走っている。
涙が止まらなかった。
けれどそれはもう惨めな涙ではなかった。
(お母様。私、明日、あなたを消した男の前で歌います。あなたが命をかけて、守り抜いた、その歌を)
母エレオノーラが何と戦って消されたのかが、はっきりする回です。
ファルクは歌を「力」として国家が管理すべきだと主張した男でした。眠らせられる力は、裏返せば、眠らせないでおく力でもあります。眠らずに済む兵は、いくらでも戦えてしまう。セレスがそこまで一人で辿りついてしまうところを、この回のいちばん怖い場所として書きました。
父のことも書いておきます。彼女が納屋で歌っていると、父は決まって扉を閉めに来ました。叱るのでも殴るのでもなく、ただ閉めた。あれは聞きたくなかったのではなく、誰かに聞かれるのが怖かったのです。二十年前の因縁を、彼女は知らないまま背負わされていました。
最後の幾日か、母は声が出なくなっていた――ハンナはそこで言葉を切ります。歌う人から、まず喉のほうが奪われた。この一点は、後の話でもう一度出てきます。
抱き寄せられたときの、速い心臓の音。顔にも声にも出さないまま、内側だけが走っている人です。
ここまで来てくださった方、どうか【ブックマーク】で続きを追いかけてやってください。
皆様の応援が、眠れぬ城に寝息を取り戻すセレスの子守唄になります。
次回、第15話「氷の薔薇が咲いた夜、公爵様は『離さない』と泣いた」でお会いしましょう。




