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第七話 狂戦士

「……こうして、始原の三賢者は杖、書、石を遺し、これがいわゆる賢者の三種の神器と呼ばれた訳です。このうち賢者の石についてのみが後世に伝わり、素材と作成方法が遺されています。では、その製法を……ウィル君、答えてください」

「は〜い。賢者の石は、素材は四つあって───」


「ンのわぁーーーーーっっ!!」


 ドンガラ、ガッシャーン!! と、私が立っていた床が崩れ落ち、下の階へと落ちる。そこではちょうど授業が行われていたようだ。天井の下敷きになった人はいないが、部屋中の視線が私に集まるのを感じる。

 パティと名乗った女性は手合わせという名目で私を殺すつもりらしい。魔法が使えないことを知らないのか、その狙いには容赦がなかった。私に向かって放たれた光線を回避したはいいものの、それが床に当たって崩れたのだ。パティが上の階から私を見下ろす。


「逃がしません。私と戦ってください」

「いや、だから私は魔法が使えない……」

「問答無用です、戦ってもらえるまで戦います」

「滅茶苦茶だぁ!?」


床下は崩れたが、私は幸いにも無傷だった。しかしあの魔法を受ければただでは済まないし、私には抵抗する術もなかった。


「パティせんせー、ま〜た学校壊した〜」

「魔法バーサーカーのパティ先生がこうなったら止められないぞー」


 おそらく生徒たちがわいわいと騒ぎ立てる。この光景はどうやら普通のことらしい。


「……パティ先生。今は授業中なので、やるなら別の所でお願いします」

「わかりました、テクト先生。では早く教室の外に出てください、バウム先生」

「だからしないって」

「出ないなら私が連れ出しますので」


 ドスン、と上の階からパティ先生が降りてくる。あの高さを臆さずに飛び降りてくるあたり、この世界の人達はやっぱり頑丈にできているらしい。

 パティ先生に首根っこを掴まれて、私は教室の外へと放り出された。


「さぁ、続きをしましょうか」

「待って!? 外って言われましたよね!?」

「はい、だから教室の外に出ました。ここなら戦えるでしょう?」

「この狂戦士バーサーカーが!!」


 腕力も身体能力も常人ならざるパティ先生。どうしても私と戦いたいらしいが、やめてください死んでしまいます。そう叫びながら、私は曲線を描く廊下を走り出した。

 向かう場所はわからない。とにかく今は逃げないと殺られる。この体もきっと頑丈にはできているのだろうが、こんな状況で確かめるのは怖すぎる。


「バウム様、私の方で測定した校舎の地図を表示します。とにかく今は逃げましょう」


 アーシャがこの校舎の構造を昇降機で登っている間に確認してくれていたらしく、脳内に校舎の造形が立体的に浮かぶ。今は9階、リング状の廊下。この廊下は展望台のようになっていて、周りはガラス張りになっておりドヴェー中を一望することができる。

 この校舎は塔のように縦長で、校長室はその10階から直線の長い渡り廊下を渡った先、つまり浮島のようなところにある。

 あの渡り廊下から落ちて、リング状廊下の外に点在する部屋の教室へと落下してきたわけだ。もし落ちる場所がズレていたら、地上へ真っ逆さまだった。


「逃げるっていったって……だ、誰か助けてェェェェェ!!!」


 絶叫しながら駆け抜ける。後ろではパティ先生が真剣な表情で走りながらビームを乱射している。廊下を走ってはいけませんという張り紙もあるが、ビームを撃ってはいけませんと追加しておいてほしい。丸い穴が壁や床、天井に空いていくが、これ私のせいにはならんよな?

 道行く生徒たちが呆れ顔でこちらを見ているが、助けてくれそうにない。仕方がないので、私はぐるっと回って一周し、昇降機に辿り着く。ボタンを押せば昇降機が上から降りてくるのが見えたが、それを悠長に待っている時間はなかった。パティ先生がすでに真後ろに迫っている。


「もう一周しなきゃダメか!?」


 元の体だったらとうに疲れ果てていただろうが、まだ体力があるのはバウム君の身体だからか。だが、この階でぐるぐる回っているだけでは逃げ切れない。いっそあのビームにあたったフリをして、この狂戦士を満足させるか?


「パティせんせーのアレ食らったら普通に死ぬよ〜」


 さっき教室で見た子が私の隣にいた。ちょっと小柄で、袖がぶかぶかに余るくらいの白い服を着ている。黒い髪で目が隠れているが、前は見えているのだろうか。


「死ぬ……って、普通に死ぬ!?」

「うん、死ぬ。パティせんせーは魔法バーサーカーで魔法の腕っぷしがヤバいから死ぬよん」

「魔法の腕っぷし!?」


 腕じゃなくて、腕っぷしがヤバいらしい。元の世界ではそういうタイプはマジカルゴリラと呼ばれていたと思う。多分、魔法の威力がヤバいと言いたいようだ。


「あの人は止められないのかい?」

「止められないかな〜。パティせんせーは真面目なんだけど、自分より強い人を見るとああなっちゃうんだよ〜。でもバウムせんせー魔法使えないのに、なんでああなってるんだろ?」


 のんびりとした声で教えてくれる。丁寧な口調から、パティという人物は根が真面目な人なのだろうが、興奮すると手を付けられないタイプだ。しかし、私はまだ強さを見せていないはずだが……。


「あれ? 私の話したっけ?」


 そういえば、この子は私の名前や魔法が使えないことを知っているらしい。まだ自己紹介もしてなかったと思うが。


「知ってるよ〜。僕ウィル。自己紹介はちょっと後でね。今はパティせんせーなんとかしよ〜よ」

「あ、ああ! でもどうすればいい?」

「僕の魔法でなんとかならないかな〜。バウムせんせーって誰かの魔法を強くできるんでしょ」


 そこまで知ってるなら話は早い。彼は私の能力を知っていて、魔法で助けてくれるそうだ。


「僕が使えるのは毒の魔法だよ〜」

「お気の毒ゥ!」


 死ぬやつだった。毒殺でもしろというのか? いや、今はそんなことでもしなければこちらが殺られる。だが、そこで私はアーシャにふと聞いてみる。


「毒は毒でも、麻痺毒や眠りの毒みたいなのあったよね、なんていったっけ」

「一般的には神経毒と呼ばれています。フグ毒のテトロドトキシンが有名です」


 神経毒。フグ毒のテトロドトキシンや、南米で狩猟に使われる毒物のクラーレなど、身体を麻痺に至らしめる毒だ。まず指先に痺れが起き、やがて身体全体へと痺れが広がる。最終的に呼吸筋が麻痺することで窒息死を迎えることになる。わずかな量でも死に至るが、それより少ない量ならマヒにとどまるらしい。医学知識は無いが、アーシャはそう教えてくれた。


「これだ、使うのはごく微小の神経毒、相手を麻痺させるだけでいい。プロンプトいけるかな?」

「準備できています、いつでもどうぞ」


 ちなみに私とアーシャの脳内会話については、アーシャと一体化しているせいか、ここまでに1秒かかっていない。AIのアーシャは約3000文字の文章を1秒足らずで最後まで読むことができる。その処理速度で私とアーシャは会話できているのだ。


「その毒の魔法……私が次肩を叩いたら、頼む」

「りょ〜か〜い」


 相変わらず気の抜けた返事だ。しかし彼の(私には見えないが)紫色の魔力が溢れ出す。私へと魔力が流れてくるのを感じた。

 動きを止めているこちらに、パティ先生はこつこつと歩いて来る。その手の杖がこちらを狙った、その瞬間。ぽん、と彼の肩を叩く。


 彼に触れると、魔法のプロンプトが流れ込んできた。毒、水、投射、速い……彼の魔法に対するイメージはなかなか良くできていた。そこに、私が付け加える。


「ここへさらに、吹き矢のイメージを付け加える。筒は手で作る。アーシャ、プロンプト出せるかい?」

「吹き矢、了解です。手で作った筒、吹き矢、神経毒、麻痺毒。さらに見えづらさ、即効性を付け加えます。ネガティブプロンプトには流血、爆発、殺傷性を入れます」


 右手を丸めて筒を作る。それを口の前に当て、狙いを定める。必ず当てる。パティ先生との距離、約10メートル。射線、障害物なし。あのビームと、こちらの吹き矢と。どちらが速いかの勝負。


「ポイズンっ」

麻痺毒銃トランキライザー・ガン!」


 少年がポイズンと唱えた魔法は私からアーシャへ、アーシャからあの石板へと届けられる。そして私によって書き換えられ、麻痺毒銃として、私の手の筒から魔法の吹き矢となって放たれた。

 パシュ、と聞こえるかどうかわからない発射音。刹那、パティ先生の首へと吹き矢は突き刺さる。非殺傷性の麻酔銃のような矢が、パティ先生の身体を傾かせた。


「やったかな〜?」


 フラグを立てるな少年。




■第七話 終了

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