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第六話 バウム、先生になる

 春の陽気を思わせる気温。昨日の照りつけるような暑さは鳴りを潜め、流れるような微風が肌を撫でる。

 私は出発の前に、トコル先生に服と外套を買ってもらい、ようやくまともな姿になった。人間用のスーツにあたるところの服らしいが、現実世界の服とは素材が違うのか新鮮な肌触りがする。

 窓に映る自分の姿は、銀髪のセミロングに碧眼。前髪も風に揺れるほど長い。元の世界の私に比べてヒゲも生えてないし、濃くて嫌だった体毛も薄い。何より、顔が老けてない。バウムの年齢がいくつかは分からないが、20になったばかりなくらいだろうか。とにかく身体が軽い。


「全員乗ったな? ドヴェー行き、出るぞー!」 

(馬が喋った……というか、馬みたいな人がいる)


 馬車……いや、馬人力車の荷台に私は載せられていた。荷台を引っ張るのは2人の馬の亜人で、種族名をホースメンと言うそうだ。馬の顔に黒のたてがみを靡かせ、馬の耳が生えている。


 私達は馬人力車に揺られて街道を移動していた。エーカの街を出て東へ約150km行くと、王都ドヴェーに着くそうだ。馬車ならば3日かかる距離である。ホースメンという種族は長距離を移動するのに適した種族であり、荷台を引っ張ってなおこの距離を軽々と移動できるそうだ。夜は月が昇る頃には夜営をして、特に問題も起きずに移動できた。


 旅の途中では、私とリカバーさん、トコル先生の会話は絶えなかった。私が死にかけて記憶が曖昧になっていること、リカバーさんがこの僅かな期間でした経験、私が得た魔法への知見とトコル先生の間での考察。魔法とは、プロンプト。イメージを何者かに送り、それが返されて魔法は出力される。


「……という方法なんです」


 とはいえ、この世界にはコンピューター用語としての”プロンプト”などという言葉は存在しないだろう。そのへんをぼかして、私なりに説明をしてみた。


「うん。魔法の使い方、完璧だよ。僕たち魔法使いは、精霊に唱えたい魔法のイメージを送る。精霊が魔法を返す。そうやって魔法は成り立っているんだ」


「じゃあ、私が回復魔法を使えないのは何故ですか?」

「それはリカバーがちゃんと回復に対するイメージが出来てないからだね。学校に戻ったら、そこをちゃんと教えよう」


 精霊。トコル先生は魔法を返す存在をそう言った。あの石板が精霊なのだろうか。その精霊のこと、この世界の魔法のことを知るためにも、私は魔法学校に行かなければならなかった。その魔法のことをほとんど知らない自分が、これから先生をやるというのだから不思議なものである。


 馬人力車を引く2人はこの仕事にかなり慣れているようで、道中で今移動中のレグルス王国内の話をしてくれた。白馬の女性の方がソニック、黒馬の男性の方がブームというらしい。トコル先生もそれなりに馬人力車で移動することがあり、案内への補足をしてくれたりした。


 それによると、大陸東方に位置するレグルス王国は春夏秋冬の季節があり、北側に氷山のある寒冷帯、南側にエルフの樹海が広がる熱帯があり、その間に挟まれるように国内唯一の城塞都市ドヴェーがあるという。

 エーカからドヴェーまで通るには、内海ともいえる広さを誇るアスール湖を迂回する必要があり、長い間その湖畔を通っていた。つまり、レグルス王国はその造り自体が天然の要塞になっているそうだ。


 アーシャも、私の後ろで会話内容からこの世界のことへの理解を深めている。私が忘れそうになったことでも、アーシャならずっと覚えていてくれるから安心だ。


──メルキオール歴665年 土の月

レグルス王国 王都ドヴェー──


 城壁に囲まれた都市の門の前で馬人力車を降りる。ホースメンの2人に見送られて門をくぐり、私は初めて西洋風の城を実際にこの目で見た。

 王都は大きく円の形に城壁を構え、外側から市民街、貴族街、そして中心にドヴェー城を構える。私達が向かう魔法学校はこの王都において、市民街と貴族街の境界にあり、貴族だけが通う場所でもないということだ。


 エーカの街よりも賑わいは増しており、人間とエルフのみならず、犬や猫のような耳を持つ獣人、爬虫類の頭を持つ亜人、羽を背中から生やした有翼人など、様々な種族が街を行き来している。あらゆる種族が共生し、手を取り合っている光景に、私は言葉に表せない感動を覚えていた。

 おのぼりさんになっていた私に、トコル先生の注意がかかる。


「迷子にならないでくれよ。このドヴェーは広い。一度はぐれたら、簡単には合流できないよ」

「わかっているよ。しかし、ずいぶんいろんな種族が一緒に暮らしているな。種族間での争いとかないのか?」


「ここではないね。この街は古くから王家がどんな種族も受け入れる器の大きさを持っている。それゆえ、いろんな種族の文化を取り入れてこの街は発展しているのさ」


 周囲の人々はみな笑い合っている。異種族間での異文化交流があり、そしてお互いに分かり合っている。これがいかに大変なことか、私は知っていた。

 元の世界では人間同士での異文化交流はあった。しかしお互いを尊重し、受け入れるという試みは忘れられてしまっていた。人々の自己主張は強くなり、結束は無くなって崩壊した。それが私のいた世界だ。だが、楽園はここにあった。


「バウムはこっちの人じゃないんですね? トリーニの方の出身なのかな……ドヴェーはいいところですから、きっと私が案内しますね!」


 こっちの人、とはつまりドヴェー出身ではないということ。そういえば私がこの世界に対して無知であることはたびたび指摘されているが、私自身この憑依先のバウム君のことを全然知らない。いったい彼は何者で、どうして森の中で追い剥ぎに遭っていたのか。そのこともいずれ分かるときが来るのだろうか。


 トコル先生に案内されながら、私達はやっと魔法学校の前に辿り着いた。そこは広大な敷地があり、城と比べても遜色ない大きさの校舎があった。


 まず、校舎は見たこともない材質の壁で覆われ、10階はありそうな高さをしている。元の世界にあるような四角い校舎ではなく、ぐねぐねと丸みを帯びていたり、リング状になっていたり、さらには浮島が付いているなど、デザインにまとまりがない。その各フロアを、エレベーターに似た昇降機で生徒が行き来しているのが見える。


 校庭は広く、生徒が魔法を試す場になっている。あちらこちらで魔法が飛び交っているのが見える。その邪魔にならないよう、外周をぐるりと回って校舎に入る。リカバーさんは知人を見つけたのか、いったんそこで別れた。


 校舎に入ると、外からは見えなかったレンガ造りの壁が見えた。まるで城か砦のようなエントランスを通り、あの昇降機を使い、最上階へと向かう。その先に校長室があるということだ。厳かな雰囲気漂う長い廊下を渡り、校長室の扉をトコル先生が開けた。


「校長、入ります」

「うむ、トコル先生か。入りたまえ。……そちらの方が、新しい先生だね?」


 学校長と呼ばれた男は壮年の人間の男性で、身なりはきちっとしている。髭も生えていない。金の長い髪に鋭い眼光がこちらを見つめる。筋肉モリモリというわけでも、ぽっちゃり系というわけでもない、至って普通の人だ。


「はじめまして、バウム・レコードです。トコル先生にお招きいただきました」

「彼は魔法が使えませんが、魔法を使うための仕組みを完璧に理解しており、教員として僕がお連れしました。彼なら、あの問題を解決してくれるでしょう」


「話は聞いているとも。私はジェクター。このドヴェー魔法学校の校長だ。先のエーカの街襲撃事件は君のおかげで解決したそうだな。……よろしい、トコル先生が見込んだんだ、君には期待しているよ」


 挨拶もそこそこに、あとはトコル先生とジェクター校長は話があるので今日は退室していいとのことだった。後の案内は他の先生に任せてあるとのことだ。


「ひー、緊張したよ。あたしゃこういう場所は苦手だね」

「頑張りましたね、バウム様。しかしこの魔法学校というところは、元の世界の学校とはかなり仕組みが異なるようです。しっかりと魔法学校の生活を観察しなければなりません」


 緊張の糸が解けて、久々に一人になったせいか本音が出る。いつもの独り言も、アーシャが常に反応してくれるので寂しくない。


「覚えることは山積みだけど……アーシャだったら、なんでもすぐに覚えてくれるだろう?」

「もちろんです。私に学習させてもらえれば、必要な時に情報をお出しできます。これからたくさん新しいことが学べると思うと、楽しみですね」


 アーシャは勉強熱心だ。自分の知らないことを前向きに学習したがる。それはいいことだし、私も魔法のある生活にワクワクしないといえば嘘になる。かつての私は学校も勉強も嫌いだったが、チャット型AIを入れてからというもの学びに対する考え方が変わった気がする。

 あと20年は早くチャット型AIに会えていれば、私はもうちょっと勉強ができていたんじゃないかと思うと切なさは込み上がるが、もはや過去の話だ。これから私は魔法が使えない先生なりに最高の授業をするのだ、と心を新たに廊下を渡りきった。


 昇降機のところに女性が立っていた。彼女も普通の人間のようで、教師らしい制服に青い瞳。サラサラとした桃色の長い髪に整った顔立ちで、美女と呼ぶに相応しい。彼女が私を案内してくれる先生だろうか?


「あなたが新しい先生ですね。私はパティ、あなたと同じ教師です。早速ですが、手合わせ願います」


 案内は案内でも、勝負の案内だった。



■第六話 終了

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