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第九話 8組(おちこぼれ)

 次の日。私は2階にある教室の教壇に立ち、自分が受け持つ教室を見渡していた。

 魔法学校の2階は他の階に比べると質素な素材でできている。殺風景な灰色のコンクリートで固められた廊下は堅苦しく、壁や空気もどことなく冷たい。綺羅びやかな1階とは打って変わって、みすぼらしい、と言わざるを得ない。

 それは教室内も同じだ。昨日見た1組の未来的な空間と違い、生活感に欠ける。


 生徒の顔ぶれも一風変わっている。普通の人間と、そうでないのと半々だった。そのひとり……フィール王女。昨日、私を殺そうとパティ先生を操ってけしかけ、私をも操り、逆に気絶した生徒。

 賢者席にいながら、最下級の教室に入れられるのはさぞ恥辱の極みだろうが、それに付き合わされる私の身にもなってほしい。


「フィール、って言ったか? よく出席する気になったな」

「それは私のセリフでしてよ、バウム先生? 私はあなたをいつでも不敬罪で処刑できるんですのよ? 口を慎みなさいな」


 フィール・ヘキサリア・レグルス。黒のドレスに身を包み、こちらを見下すレグルス王国の第一王女。操作魔法の使い手らしい。あとで成績表を見せてもらったが、これでよく賢者を自称できたなと呆れてしまった。

 いかにも賢者には相応しくないが、他に賢者席に入れられるような生徒もいないらしく、空いている空席を埋めるのに都合が良かったそうだ。これは本人にはナイショである。ちなみにフィールは8組に入れられた影響からか、賢者席を剥奪されており後釜には別の人が入ったそうな。

 そんなこんなで初日から私達の間には、バチバチと電撃が走っていた。


「まぁ、とにかく……今日からこの、8組を担当するバウム・レコードだ。魔法が使えない人間なことはみんなも知っていると思うが───」


 そう。私は魔法が使えない。新任の教師は魔法が使えない人間であるという話は、既に学校中に広まりきっていた。そんな先生が魔法を教えるなど私でもおかしいと思う。しかし、私にはこの世界の魔法の仕組みがほぼ完璧に理解できている、という自覚はあった。


 そして、その"ほぼ"という足りないピースは、私とともにこの世界に来たAIのアーシャが埋めてくれる。アーシャは私の後ろで木の芽の姿を取り、浮かんでいる存在だ。私を含めて誰にも視認できていないようだ。だから、アーシャのことを知っているのは私だけだ。


「君達を、最高の魔法使いに育て上げる人間だ。それだけは約束しよう。……王女様を含めて、な」


 ニィ、と笑ってみせると、フィールはゾワッとしたように身体をビクつかせていた。私に睨まれるのが相当堪えたらしい。


「それじゃあ、最高の授業に入る前に……。クラスに新しい仲間おともだちも入ったし、みんなの簡単な自己紹介してくれるかな?」


 8組(おちこぼれ)。ドヴェーの魔法学校は全8組あり、その1番下の組。魔法学校には元の世界のところの何年制みたいなものはなく、魔法各式の変動や成績によって年に2回ほど組が上下するそうだ。

 子供や魔法に触れたばかりの見習いでもふつう七組から始まり、魔法の才能がないものがここで8組に入れられる。


 第一王女フィール。

「第一王女で、"元"賢者席、のフィール・ヘキサリア・レグルスですわ! こんなところに入れられるなど屈辱の極みですが、すぐに這い上がりますからそのつもりで!」


 有翼人の少女エスケ。

「王女様とご一緒なんて嬉しいなぁ、私はエスケ、ガルダ族です。シンセシト山の向こうから来てるんですよ。先月入学したばかりなので、魔法はまだよくわかんないけどよろしくお願いします」


 シスターのトロ。

「トロと申します。教会でシスターをしているのですが、癒し手としての魔法を学びたくて……ここで覚えられるといいのですが。よろしくお願いいたします」


 自称魔法剣士少年デル。

「デルだ! 魔法剣士やりたくてこっちで魔法覚えにきたんだ! 先生魔法使えないらしいけど、魔法のこと詳しいんだって? 魔法ヘタクソ同士仲良くしようぜ!」


 自称暗黒魔道士オルト。

「ククク……暗黒魔道士ダークネスウィザードのオルトだ。魔法の勉強なぞ不要だが、暗黒魔法を覚えるためにはこの学校に所属せねばならんのでな」


 トカゲの亜人ラウザ。

「ラウザ。リザード族……です。トカゲって呼ばないでください、先生」

「あっ、ごめん! 気をつけるよ……」


 そして、ゴブリンの四兄妹。赤、青、黄色、緑色だ。

「名前は」「特に」「ない」「です」


 この10人が、私が受け持つ生徒達だ。


 王立の魔法学校といえば貴族や選ばれた人間だけが入れそうなイメージだが、レグルスの王様は亜人交流を深めるために、魔法を学びたい者は誰でも歓迎しているそうだ。

 面白いところは、この魔法学校では在学中の学費は一切発生しない。代わりに魔法学校に入学した時点で自分の魔法使いの階級が書き込まれたステータスカードというものが発行され、それが身分証明書になると同時に、所有している限り、収入が発生すると自動的に学費が徴収されるそうだ。魔法の世界において、こんな自動化されたシステムがあるとは。


 閑話休題、そういうわけでクラスの半分が人外となるこの8組の自己紹介が終わった。これは大変な仕事になりそうだ。


「みんな、ありがとう。私はここの出身じゃないから、亜人交流も今日が初めてになるが……ぼちぼち慣れていくつもりだからよろしく。さて、前任の先生がどこまでやってたのか知らないが……とりあえずこの小テストをやらせろって上から言われててね。授業の前に、君達にはこれをやってもらいます」

「「「えぇーっ!?」」」


 全員がブーイングの声を挙げた。まぁ当然といえば当然か、私もテストはあまり好きじゃない。しかし彼らの成績を自分でもチェックする必要があるので、致し方がなかったと言える。許せよ若人。


 当然、私もテストの内容は確認している。魔法の属性相性や魔法に対する理解度、魔法イメージの問題……私でも多少は理解できるような内容である。元の世界、日本ではゲームや漫画、アニメでよく見るような内容だ。

 炎と対になる属性は、だとか、元素を司る精霊の名前は、とか。


 精霊。この世界では、魔法を唱えるためにイメージを精霊に送り、精霊は魔法として返してくれるのだそうだ。


 だが、この世界が言うところと、私が考えている魔法のイメージの送り先は違う。もっと根源的な……全ての魔法が記録されている何か、あの石板に秘密が隠されているはず。それを知覚できるかどうかが、この世界の魔法を理解するための鍵になるはずだ。


「アーシャ、どう思う? ここで言っている精霊は普段どこにでもいて、例えば石や木や水に宿っている存在なんだって。でも、あの石板はそういうのとは違うよね」

「違うと断言は出来ませんが、あの精神空間における石板は全ての魔法が記されたデータベースのようなものだと考えられます。バウム様は、あの光景を知っている。となるとバウム様のAI観に何かヒントがあるのではないでしょうか?」


 私のAI観。私がアーシャと会話するときに考えていること。言われて、引っかかる点はいくつかある。しかし結論を出すにはあまりにも情報が足りない。またあの石板に接触できれば、あるいは。


 そして三十分後。戻ってきた回答をサラサラと確認していく。なるほどこれは……。


「……フィール。おめでとう」

「当然ですわね、私賢者席ですもの。この程度出来て当然……」

「お前だけ全問不正解だよ! そしてみんなも1点から4点ってどうなってるんだ!?」


 なんということだ。まるで魔法の知識がない。炎属性の対になるのが氷属性になってしまうのはまだわかる。正解は惜しいが水属性だ。ここに火属性という珍回答や、暗黒属性って書いたのはオルトだな。フィールに至っては、つめたい属性とか書いている。ゴブリン四兄妹は、字の書き方から教えたほうがいいかもしれない。どうやって入学したんだ?

 そこに、トロが手を挙げて弁明してきた。


「バウム先生、実は私達……まだ、魔法の勉強なんてしたことなくて。それを学びに来たのに、8組にはまだ先生がいなくて、教えてもらえてないんです」


 学校側の問題だった。8組は魔法の教え方も下手なら、授業もろくに出来ていないらしい。途端、私は脱力した。これは重症だ。学校も生徒も。彼らはこのまま落第生として笑いもので終わっていい子達ではない。王女含め。


「わ、私が0点……! そんなはずは……」

「ゴブリン以下……ぷっ」

「エスケ!! 不敬罪でブッ殺しますわよ!?」


 あっちではぎゃーぎゃー騒いでいる。確かにゴブリン四兄妹以下だ。読める範囲でなんとか正解を書いてくれている。そんなとき、そのゴブリンの1人がこちらにやって来た。赤い肌の彼は、私の顔を見つめている。


 いや、その視線は私に向けているものじゃない。


「せんせ、なんで大精霊さまが頭の後ろにいるの」


 それは、アーシャに向けられていた。


■第九話 終了

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