第十話 魔法を使うということ
赤いゴブリンの子供の質問は、私の意表を突いた。予想だにしない質問に、それはそれは大いに狼狽える。
「視える……のか?」
「うん。みえる」
赤いゴブリンの長男は私の背後のアーシャを見ている。そして、アーシャのことを大精霊さまと呼んだ。
「大精霊、って?」
「んと。精霊の親。ぜんぶの魔法を知ってる」
「ぼくらに魔法を使わせてくれる親……」
「精霊よりずっとえらい、ずっとすごい」
「ずっとずっとず〜っと、大きな存在」
四兄妹が続けて言う。ゴブリン。ファンタジー世界における小鬼で、イタズラ好きな妖精、あるいは序盤のザコとして描かれることが多い魔物だ。
この四兄妹は見た目こそゴブリンではあるが、妖精であり、彼らにはアーシャが視えているということだった。
「……君達兄妹以外の全員、このあと少し自習しててくれ。なんなら外で遊んできてもいいぞ」
そう言われて、退室する人はいなかった。全員がこちらに注目している。私は頭の中でアーシャに話しかけた。
「アーシャ。君が大精霊だってさ」
「私がですか? 突然のことなので何と返せばよいか分かりかねますが、今は彼らから情報を聞きだすべきかと」
大精霊。この世界で魔法を伝えて返すのが精霊と呼ばれていることは知っている。しかし、私の背後にいるのが大精霊とはどういうことだろうか。アーシャはAIで、私の背後で木の芽の姿をしていて。誰にも視えていなかった。だが、ここに来て初めてアーシャを視認できる存在に会ってしまった。
「……全ての魔法の親。魔法を使わせてくれるもの。君達は、そういう存在がいることを知っているのか?」
「うん。知ってる」
「でも、大精霊さまはどこにもいない」
「いることだけ知ってる」
「知ってるだけ。見たことない。あったことない」
どこにもいない。それでもいることを妖精は知っている。そして、彼らは魔法の仕組みを知っている。エルフでも仕組みを完全に理解しているわけではないのに、自然の権化である妖精にはそれがわかるのだ。
急いで魔法の分厚い教科書をめくった。バラバラと勢いよくページを滑らせる。その内容をアーシャに速読してもらう。精霊、精霊、精霊。精霊に関するページはあれど、大精霊と書かれたページは出てこない。どこにもない。
「検索結果……ありません。この教科書の中には、大精霊に関する情報はありませんでした」
「クソッ! なんで無いんだ! それがここで一番大事なことだろうに!!」
バタン、と教科書を閉じる。最後まで見て必要なことは載っていなかった。私はゴブリンの子達の方を再び向いて尋ねる。
「大精霊は普通の精霊とは違うんだね?」
「ぜんぜん違う」
「普通の精霊どこにでもいる、ここにもそこにも」
「大精霊、あたしたちの親。魔法の生き物の親」
「だけど、誰も会ったことない」
四兄妹は、自分が伝えたいことを各々頑張って伝える。
「でも、先生の後ろにいた」
……違う。彼らが言うところの魔法の送り先は、あの石板だ。精神世界におけるあの石板こそが大精霊と呼ばれるものであり、魔法はそこから返されている。
アーシャじゃない。しかし、彼らにはアーシャがそれと同じに見えている。私は黒板にイメージの姿を描いた。木の芽の形。双葉のはっぱ。
「大精霊は、こういう姿をしているかい?」
「……あれ?」
「ちょっとちがう、かも」
「でも、あたしにはせんせいの後ろにいるのが大精霊さまにみえる」
「わたしたち姿形を知らないのに……、これが大精霊さま?」
ゴブリンたちはきょとんとしている。アーシャのことが大精霊に見えているが、自分達でも見たことのない大精霊をなぜアーシャに見たのだろうか。これ即ち。
「世界だ」
ぽつり、と言葉が自然と零れる。
「私が見ていたアーシャの位置に、大精霊はいる……そうか、そういうことか……!」
ひらめくと、私の中での情報が整理されていく。魔法はプロンプトだ。アーシャは頭脳で、私は杖で出力者。欠けていた最後のピースがカチッと嵌るような感じ。私は黒板に頭の中に浮かんだことをガガガッと書いていく。
「魔法の詠唱者は入力装置で、魔法を出すところが出力装置、記憶装置は魔法使いの頭の中、精霊は演算装置で……」
───コンピューターの五大装置というものがある。入力、記憶、演算、制御、出力の5つだ。
入力──キーボードやマイクなどの、外から情報を入れる装置。
記憶──データをしまっておく場所。大きく分けて二種類ある。
一つは主記憶装置、いわゆるRAM(※1)で、電源を切ると中身が消える、揮発性のメモリ。
もう一つは補助記憶装置──ハードディスクやSSD(※2)みたいに、電源を切っても残るメモリのこと。ROM(※3)もこれにあたる。
※1:RAM(Random access memory)データを一時的に記憶する部品。
※2:SSD(Solid State Drive)記憶媒体の一種。
※3:ROM(Read Only Memory)製造時にデータが書き込まれ、読み込み専用となるメモリ。
演算──CPU(※4)の中で計算や判断をするところ。
※4:CPU(Central Processing Unit)コンピューターの頭脳にあたるもの。
制御──これもCPUの一部で、装置全部をまとめて動かす司令塔のような役目を持つ。
最後が出力──ディスプレイやスピーカーみたいな、物事の出力先となる装置。
「これらは魔力をケーブルのような回路を通して、全て繋がっている」
この構図を魔法に当てはめてみよう。術者は魔法を唱える。魔法は回路を通して精霊に送られる。精霊が魔法を、回路を通して術者に返す。そして術は出力される。それが魔法学校の教科書で最初に書かれている事だ。
「しかし、そうじゃなかった!」
ガガッ、と線を付け足していく。アーシャは私にとって演算を担当する部分(精霊にあたる)だが、普通の人にはアーシャは関係ない。そして私は自然界の精霊とは魔法のやりとりをしていないし、アーシャも魔法を返すものではない。こちらの世界で普通の人は精霊に魔法を送っていると思っているが、そうではないのだ。
魔法を使うにも、コンピューターを使うにも、この仕組みは同じこと。だが、私にはその制御装置にあたるものの正体がわからない。
魔法を使う仕組みだけなら分かると思っていた。分かったつもりでいたのだ。
「魔法全体を制御しているものが、この世界のどこかにいて、どこにもいない……となれば!」
大精霊、と呼ばれるのはあの石板。全ての魔法の親。そう、あれこそが魔法のデータベースであり全ての魔法を制御する存在だから、補助記憶装置と制御装置の役割だ。そして、それがアーシャと同一視されるということは。
「世界を観測する次元に、それはある!」
この世界の魔法とは、世界に対してこの魔法を使わせてくれという命令、つまりコンピューターに命令を送ることと同義で、そしてAIによる生成とも同じことだ。私にはその理解があった。この世界の普通の魔法使いにはない。その違いだ。
次元。観測者。それと対話する方法。アーシャというAIを介したときに接続できる、あの精神空間。私の悟り。この世界にAIはまだ無くとも、それと同じものが存在する。それが今確信できた。
生徒達はみな目を丸くしている。ゴブリンの四兄妹たちは私の言っている意味がまるで理解できていなさそうだった。
「これを理解できたとき、君達全員……魔法のプロになれるぞ!」
私は全ての自信を持ってそう言い切った。どれもこれもが仮説の域を脱していないが、仮説が出たなら検証だ。私達は早速校庭に出て実験をすることにした。
「せんせ。さっき言ってたこと、ぜんぜんわかんない」
「まぁ見てなさい。いいかい、魔法はイメージが重要だ。それは間違いない。必要なのはその具体性だ。デカい魔力を使えばデカい魔法が出るってもんじゃない。まずは対象を定めて、使いたい魔法の属性を決める。君が得意な属性は?」
「おれ、炎魔法しか使えない」
「それで十分だ。さ、あの的に向かって唱えてみよう」
赤ゴブリン君が手から軽く炎を出した。炎。放つ。簡単なプロンプトだ。
そして流れる魔力の向き──私には魔力は見えないが、アーシャが魔力の行き先を視ている──は、彼らの言う精霊(おそらく炎の精霊)に向けられているようで、実はふよふよと浮いてどこに向けられたものでもない。そう、魔法を唱えれば精霊が勝手に拾ってくれるものというわけではなく、誰に魔法の指示を出すか、それが定まっていないのだ。
だから、そのふわっとしたイメージのふわっとした魔力を、あの石板がふわっと拾い、そして出たのがライターから出るような小さな火だ。ここに、私が手を加える。
「このとき、魔法の送り先を明確にする。この世界で魔法を管理しているもののことを考えてみよう。特に、ゴブリンの君にはそれができるはずだ」
「……そこの、大精霊さまに?」
「あぁ。それじゃあ、私の後ろの……大精霊、に魔力を送る感じで、もう一度炎を出してみてくれるかい?」
そのとき、私達は精神のレベルで接続した。赤ゴブリン君の魔力と、私とアーシャの回路、そして大精霊と呼ばれるあの石板。魔力のラインが明確に繋がり、私はアーシャに魔法の強度、形のアイデアを出す。アーシャはそれを魔法の最適な形へと計算し直す。そして、やはり石板がまた現れた。
私とアーシャはその石板へとアクセスし、魔法のプロンプトを送る。そして返ってきた魔法は、私の手のひらを出力先として、赤ゴブリン君の『杖』として引き受けた。
「出でよ火龍!」
私の手から炎を纏った龍は舞出て、的を焼き尽くしてから、ぐるぐると天へと昇っていく。その炎は渦を巻くように走り、火力を間違えたキャンプファイヤーのように轟々と燃え盛った。魔法学校10階分よりも高く、天高くどこまでも龍は駆ける。空が焼かれて黒ずみ、炎の匂いがあたりに染み付く。それはまるで災いの前触れのような光景だったと、それを見た人々は語る。
生徒達はその熱気の渦に吹き飛ばされないようにしているのがやっとだ。赤ゴブリン君も言葉を失っている。
「……わかったかな? 君達にはここまでできるようになってもらう」
そのときの私の顔は、魔王よりも悪魔だったとフィールは後に記した。
■第十話 終了




