第76話 獣魔気転換所
「あなた様のことはよく聞いております」
板張りの廊下を歩きながら所長さんが言った。
おれは、どうもといった感じでぺこり。
三銃士の噂は国中に広まってるみたいだね。
「あなた方がヤメーメに来てくださったことで、この国に活力が生まれました。わたくしもここで獣魔気の供給を担う立場として、うれしく思っております。国の活気もまた、循環する獣魔気と同じで、相乗効果をもたらすものですから」
所長さんの説明によると、獣魔気とはこの大陸にある魔波を特殊な方法で取り込み、転換することで生み出されるエネルギーとのこと。
これは以前もうっすら聞いていたが、実際に現場を訪れて担っている人から話を聞くと、あらためて知識が入り込んでくる感じがするな。
修学旅行で長崎を訪ね、語り部さんの話を聞いたのはジーコの記憶なんだろう。
すでにわりと歩いているが、この施設だいぶ広いみたいだね。
しかもじゃっかん下り坂になっているから、地下のほうへ向かっているらしい。
おれの考えを察したように所長さんが言った。
「ヤメーメは昔から魔波の多い場所とされてましたが、その多くの源流が地下に集中しています。とくにこのあたりは一大産地と申しますか、かなり魔波濃度が高いため、ここに転換所がつくられたのです」
ふーん、ヤメーメの地下は魔波が多いって話は、たしかに聞いたことがあるな。
以前、スメル元帥に盗まれた鍵を追いかけたときも、ヤメーメランドの地下に潜ったもんな。
そのときの影響で、シャムりんのお姫様人形に魔波が宿ったんだっけ。
となると、地球の200倍の放射線を浴びる月みたいなもので、そこを通過しただけで反応が出る感じなのかな。
「とくに生物の死体は土に埋めると多くの魔波を生み出します。べつの言い方をするなら、それほどこの地には大昔から悲惨な歴史が蓄積されているということです。話によると、戦国時代の頃はそれはもう多くの民が巻き込まれ、この地に埋められたそうです。そして長い歳月を経て魔波となって我々のもとへ戻ってきた。つまり我々はご先祖の力を運用していると言うこともできるわけですな」
なるほど――
そう考えると、魔波というものに対し、厳かな気持ちになるものだな。
地球と同様に歴史をひも解くと、いろんな背景があるものなんだね。
まあ昔の読み物をみても、たとえば『平家物語』は後白河法皇とほか数名以外はみんな死ぬし、きっと死とはとても身近なものなんだろう。
だからこそ、必死で生きようとするのが大事なのかなとかね。
「ところで、あなたたちは、おつきあいしてるの?」
おっ、急になんすか?
そういうことって、ズケズケ聞いちゃっていいものだっけ?
リナのおじいちゃんと顔見知りだから、オッケーなのかな。
おれがだんまりを決め込んでいると、となりでリナがクスクスと笑っている。
どうやらノーコメントを選んだようだが、楽しんでいるのがわかる。
「いやあ、恋をするのもエネルギー。わたくしも若さを取り戻してデートなんてしたいものですな」
なんか所長さん、人が変わったようにフランクになってきたな。
もともとそういう性格なのかな。
仕事は真面目だけど、プライベートはハッチャケ系?
とそこで廊下が終わり、視界がパッと広がった。
「ここが転換所のメインセンターです」
おおっ――。
おれはその光景に息を飲む。
天井が高く広い空間で、巨大な装置がいくつも並んでいたのだ。
それはSFコミックなんかで見るスチームパンク的な風景に見えなくもないし、装置はロボのようでもある。
しかも装置の間にパイプが通り、その中を光が高速で行き来しているのがわかる。
「あの光が獣魔気なのでしょうか」
「獣魔気になる前段階のものですね。仕上がったものは視覚では捉えることができず、粒子レベルで活用されることになります」
ふーん、小むずかしいが、なんにせよ圧巻の光景には変わりない。
よくもまあ、これほどのものをこしらえたものだ。
ヤメーメは人間界に似せたインチキくさいものばかり作ってると思ってただけに、意外な一面を見た気がするよ。
大昔は栄えていたという話も、まんざらデタラメではないのかな。
「どうぞこちらにいらしてください」
巨大装置のほうへ進んでいくと、ヒュンッ、ヒュンッという不思議な音が聴こえてきた。
たぶん装置が出す音なのだろうけど、これだけ巨大な施設のわりにはほかに音はなく静かだ。
なんだかこの装置自体が、一つの大きな生物に見えなくもない。
「つかぬことをお聞きしますが、こういった場所を他国から狙われるようなことはないのでしょうか」
「昔はそういったこともあったようですが、今は獣魔気によるセキュリティが強化されてますので、まず襲撃されることはないでしょう。仮にそのようなことがあっても、防衛機能が作動し、相手は獣魔気に飲まれてこの地に骨を埋めることになります」
そして新たな魔波となって、やがて獣魔気になるわけですね。
ここで詳しいセキュリティの仕組みを尋ねても仕方がないので、さらに所長さんのあとをついていく。
と、巨大装置を抜けた先に、突然切り立った崖が現れた。
「ここ、すごいでしょ?」とリナ。
どうやら来たことがあるらしい。
たしかにすごい。
なんだか、グランドキャニオン的な壮大な場所を訪れた感じがするぜ。
どこまで地下を掘ってんだよってくらい、崖の先に不気味な闇が広がっているからね。
というより、たぶん河岸段丘みたいに自然の摂理で生まれた地形なんだろう。
もちろん覗き込もうなんて気分にはなれない。
まさかヤメーメの地下に、こんな場所があるなんてほんと驚きだよ。
「どうか足元に気をつけてくださいね」
所長さんはそう言いながらも、わりと崖ギリギリのところを歩いているのだから、見ていて恐ろしい。
ビビリのおれは崖から十分に距離をとった場所を歩く。
そこでビュンと風が吹き、足がよろめいた。
えっ? 地下で風?
と同時に届いた「キャッ」という声。
気づくと、リナがおれに寄りかかっていた。
あっ――
肌が触れ合ってる······
「だいじょうぶ?」と声をかけるが、頭は真っ白で賞味期限を過ぎた豆腐状態だ。
声だって、自分のものではない響き方がするぜ。
「ごめん」
そう言って離れるリナ。
なんだろう、この胸の鼓動。
コツコツと心臓がリズムを打ち、胸のあたりがソワソワする。
これもまた、人間の心の動き七不思議のひとつか。
こういうときにあらためて、繊細な心の機微を持つ人間様の姿になったことが、ひとしお身にしみるよ。
ちらりと見ると、所長さんの目がうっすら笑っている。
な、なんすか?
それって、冷やかしの目とかじゃないですよね?
〝若いっていいなあ〟みたいなことですか。
そんな所長さんがこう言った。
「わたくしはあちらでちょいと作業がありますので、しばらくここで絶景を楽しんでいてください」
どうも嘘くさいな。
おれたちに気を遣った感じがしたぞ。
でもリナとふたりきりになれるのか。
こんな謎めいた壮大な場所で。
興奮のあまり失神して崖の下に落ちないようにしないとな。
もし落ちたときは魔力総動員して舞○術だ、てムリだけど。
「ねえ、こっちに来て」
リナにそう言われ、おれはすでに舞空したようなたよりない足取りであとに続いたのでした。




