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第75話 リナと初めてのデート(?)

「なんだかこうしてゆっくり外を歩くのはひさしぶり」


 明るい声でそう言うリナの格好は、ふだんの宿屋のお手伝いのときよりも気を配っているのがわかる。

 そして首には、タンニシ王国に行ったときのお土産であげた桜柄のネックレス。


 日光が彼女の首元をやさしく照らし、蜂蜜色の髪の毛はキラキラと輝いている。

 あるいは、女性とふたりきりで外を歩いている状況に感動して、おれの瞳が潤んでいるからか。


 ねえ、これってデートだよね?

 なんかおれ、ラブコメってない?

 デートと散歩の線引きって、どこにあるんだっけ。


 ジーコの脳の国語辞典を引きたいところだが、ラノベやゲームばかり詰め込んで、ほしい情報はすぐに検索できない。

 もちろんおれが今持ち歩いてるガラケーでAIに尋ねるのもムリ。


 一瞬、リナにこっちの世界では珍しいガラケーを見せてあげようかと思ったが、かえって混乱させそうな気がしたのでそれはやめておいた。


「タタロオさんは、旅ばかりでなかなかゆっくりできないんじゃないですか?」


「うん、まあ、ほっつき歩いてるだけだけどね」


 あれ? 〝だけ〟が重なっちゃったけど、この日本語って、だいじょうぶかな。

 というより、おれがいま話してるのがほんとに日本語なのかも、そのあたりは不明だ。


 異世界に来たことで言語認識能力も付与されているみたいだが、それはつまり異世界語を自然に使いこなせるみたいなことかもしれないからね。

 とはいえ、この脳の半分はジーコのものだし、日本語として理解してるのはたしかだ。

 たぶんやりとりをする言葉自体が、マガハラ大陸におけるリンガ・フランク(世界共通語)と解釈していいのだろう。 

 嗅商王国やタンニシ王国の言語も理解できてるわけだし。


 と、おれが頭の中でブツブツ言ってるのも、あきらかにこの緊張する状況をごまかすためにほかならないんすわ。


 それでも今の時代は心の中の言葉は外に漏れないから、まだ救いだよね。

 あと数百年もすれば、心の言葉まで管理されて、昔はよかったなんて言うんだろう。

 まあそのときはプライベートなんて概念もないんだろうけど。

 

 村の南側にあるヤメーメランドが見えてきたところでリナが言った。


「あそこのジェットコースター、とてもたのしいのよ」

「ふーん」


 じつはスメル元帥げんすいを追っかけるときに乗ったことあるんだよね。

 あのとき、ほんとに死ぬかと思ったよ。

 だって安全テストもしてないから、勢いで吹っ飛ばされちゃったし。

 あそこは悪魔が住まう場所だから、ぜったいに行っちゃいけないよ。

 

 といったことは、リナを失望させそうだからグッと飲み込む。


「そろそろまた開業するって聞いたけど?」

「そうね。昔ヤメーメランドができたときは、着ぐるみのネズミがダンスなんかして、夜はパレードもあって、とても賑やかだったのよ」


 それって浦安の······いや、ちがうか。

 ネズミのダンスなんて、古今東西の物語を広げれば、そこらじゅうにありそうだもんね。

 でも夜のパレードって······

 まあこれもよしと。


「村でダンスチームを見かけたよ」

「エンターテイメントっていうの? わたしも踊ってみたいわ。タタロオさんは、踊りは好き?」


「うーん、どうだろう」


 チャウ丸やシャムりんならともかく、鈍臭いおれに踊りは不向きな感じがする。 

 ステップだって自分の足を踏んづけちゃって、熱したフライパンの上に立ってピョンピョンやってる感じになりそうだもん。


「今度一緒に踊れたらたのしそうね」


 リナ、そ、それって、Shall We ダンス的なこと?

 欧米のハイスクールのダンスパーティ的な?

 もしかして、やんわりと誘ってくれてるの?

 

 おわかりのように、すでにわたくしはソフトなパニックにおちいってます。

 イヌの頃、もっと恋愛小説読んでおけばよかったぜ。

 ってそれもムリか。

 どうした、おれの脳?

 脳細胞が園児ばりに好き勝手動きまわって、収拾がつかなくなってるじゃないか。

 一度みんな集合して、前にならえだ。

 まずは手に持つおもちゃを床に置いて落ち着こうではないか。  


「タタロオさん、だいじょうぶ?」


 よほどおれの動揺が伝わっているのか、とうとう心配されてしまったよ。


「リナはだいじょうぶ?」とわけのわからない返しをするおれ。


「わたしは楽しいわよ」


 おれの動揺は病的だけど、ともあれリナが楽しんでくれてるのならよかった。


 ヤメーメランドを過ぎると大きな茂みが現れ、そこを抜けていくとやがて石造りの立派な建物が見えてきた。


「あそこがヤメーメの獣魔気転換所よ」

「ふーん、ずいぶん大きいんだね」


 それは堂々たる威容なたたずまいだ。


「ヤメーメは衰退してきたけど、獣魔気だけは長い間欠かさず供給し続けたって聞くわ。言ってみれば、あそこはこの国の心臓みたいなものなのかも」


 なるほど、血液を循環させるように、あの場所から国全体に獣魔気を送ってきたんだね。


 門のところまで行くと、守衛さんみたいな人がリナを見て頭を下げた。 

 どうやらリナは顔見知りらしい。


「さあ入って」と慣れた様子で言うリナ。


 門を抜けると、少年野球ができそうなくらいの敷地が広がっていた。


「ここには来たことあるんだね?」


 おれがそう尋ねると、リナはニコリと笑みをつくって言った。


「じつはわたしのおじいちゃんは、昔ここで所長をやってたのよ」

「えっ、そうなんだ!」


 それはそれは。

 だから守衛の人も親密な感じで接してきたわけね。


 すると前方から、作業服を着た男が近づいてきた。 

 初老の男性は温容な顔つきで、髪は逆エビ固めみたいなオールバックだ。

 そして服の中から胸毛が、これでもかというほどはみだしている。


「彼はここの所長さんなの」

「こんにちは」とご挨拶。


 なんだか胸毛に対して挨拶をしている気分になるから不思議だ。

 グイグイ迫りくる感じがするからね。

 国の心臓を担うトップは、なかなかのインパクトの持ち主ってわけか。


 リナが親しげな様子で事情を伝えると、所長さんはおれに向かって言った。


「ええ、お好きなだけ見学して行ってください。わたくしがご案内させていただきます」  


 リナとおれは、胸毛を風にそよがせる所長さんの後ろについていく。

 

 もちろん獣魔気も気になるけど、やっぱりおれの関心はリナとのことだ。


 だってこれはイヌの頃も含めて、はじめてのデート(?)なんですよ?

 そりゃ気分はハイになりますワン♪

 興奮しすぎて頭の電気が爆発しないようにしないとね。


 そしておれはヤメーメの獣魔気転換所へ踏み入れて行ったわけだ。


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