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第77話 リナの告白

 今なお、おれはリナとデートの真っ最中。

 しかも異世界にある伝説の大陸の地下で。

 

 薄暗いながらもそこは壮大な景色が広がり、足を滑らせたら落下してオダブツの獣魔気転換所だ。

 

 ひぃ、ちょっと覗き込んだだけでも、広がる暗闇が悪魔の口の中に見えておっかないぜ。

 

 ほんとはリナの手をにぎってあげるのが紳士なのだろうけど、まさかそんな調子ノリスケおじさんなことはできない。

 そっちのほうがよほど危険(デンジャー)だもんね。

 

 そこでリナが岩場のところで立ち止まった。


「ねえ、座ろっか」


 ちょうどふたりが余裕をもって座れる大きさの岩だ。


 腰をおろすと、壮大なパノラマが視界を埋める。

 どうですか、このナウロマンチック。

 いまだに夢うつつって気分だよ。


「転換所、おもしろいでしょ?」

「そうだね、ずっと感動しっぱなしかも」


 おれの言葉を地下の空気が回収していく。

 もしかすると、ここにも何かしらの魔波が浮遊してたりするのかな。


 と思ってたら、リナがこう言った。


「深呼吸をするだけで魔波がからだに入り込んでくる感じがするわね。ねえ、知ってた? 魔波ってからだの中に入ると、勇気が出てくるのよ」


 そいつは知らなかった――勇気?


 そしてリナはこう続ける。


「ねえ、タタロオさんは今、好きな人はいらっしゃるの?」

「エッ」


 切り立った崖の先から、新たな風が運ばれてきた感じがした。

 もし地下に風が吹いてるなら、地上へ抜ける場所がどこかにあるのかな。

 それともこの揺らぎは、おれの心の動揺か。


「あっ、でもタタロオさんはいろんなところを旅してるから、たくさんの出会いがあるものね。変なことを聞いちゃってごめんなさい」

「いいよ、べつに。いないよ」


 あれ? 

 いま、おれ、スラッと返答しなかった?


「えっ、タタロオさんはいま、おつきあいしている人はいないんですか?」

「あっ、うん、もちろん、いない」


 マグロのぶつ切りみたいなしゃべり方になってますよ、チンネンさん?


 自分で冷やかしたくなるほど情けない気分だよ。

 明日に日本語学校の入校式を控える、来日したての人じゃないんだからさ。

 もっとシャンとしよーぜ。


 といっても、心臓のコツコツが加速しているのだから、こりゃもうどうしようもない。


「リナは?」


 ぼんやりした頭で勝手に口が動いていた。


「いるよ」

「えっ、つきあってるの?」

「まだだけど。これからかな」


 そして目をじっと向ける。

 だ、大胆······

 そして、か、快感······いや、ちがうか。

 

 往年のセーラー服な名台詞みたいになったのも、頭の糸があやとりばりに絡まっているからだ。

 

 でもその目って、あきらかに······

 

 ねえ、みなさん、こういう場合ってどう解釈したらいいんでしょうか。

 これでもやっぱり自意識過剰のアホンダラなんでしょうか。

 

 じっと目を見られてるんですよ?

 これって、自分に気があるのかなって、サイやイノシシでも思うんじゃないかな。

 

 ほんとに魔波を吸い込むと勇気が湧いてくるみたいだね。

 それともこの大陸のレディはみんな積極的なのかな。

 欧米の人のラブロマンスもグイグイ攻めるイメージだけど、海外ドラマを観た感じでも、ここまで積極的ではなかったような。

 いや、今思い出してるのはゾンビドラマだ。

 いかんぞ、ジーコの脳がショートして火花を散らしてるじゃんか。

 こりゃ一度、部品の修理を依頼したほうがよさそうだな。

 まだ脳がフュージョンして一年経ってないから、無料サービスでやってもらえるだろう。


「わたし、お母さんがいないの」


 ん?


 おれの脳が突然、落ち着きモードに。

 ゆっくりリナの顔を見る。


「物ごころついたときには、パパしかいなかったから。でもヤメーメにはそういう人はわりと多くいるのよ。人間の世界って、両親がいるのがわりとふつうなの?」


「いや、そうとはかぎらないと思うよ」


 おれは人間じゃないけど、ジーコの知識だとそういう答えになる。

 そして飼われイヌのおれも、実のパパママの姿は知らない。

 まあ、イヌの世界じゃアルアルだけどね。


「たぶんわたしのお母さんだった人は、ほかの国に行っちゃったんだと思う。この大陸では女性はいろんなところへ出かけるの。男よりも探究心が強くてロマンを求めるのよ」


 キングの娘さんはさらわれたという話だったが、じっさいタンニシで聞いた話では、自らやって来たって言ってたもんな。

 きっとリナもずっと宿屋にいることに、鬱憤(うっぷん)のようなものが蓄積しているのかもしれない。

 そう思ったらリナがこう言った。


「でもわたしはべつにどこか遠くに行きたいとかはないかな。どちらかというと、好きな人と落ち着ける場所でじっとしているほうがいいかも。そういう感じって、わかる?」

「うん、わかる気がする」


 それは本音だ。

 元来、おれは犬小屋でじっとしてるほうが好きなタイプだったからね。

 もし好きな子がそばにいたら、毎日が有頂天でずっとヘラヘラしてるだろう。


 にしても、リナのお母さんの話は切実だな。

 とても安易に踏み込めない話題なので、彼女が話すのを待つほかない。


「パパにはすごく感謝してるの。仕事を手伝うのも好きだし。ねえ、タタロオさん。とつぜん、いなくなったりとかしないよね? ほら、冒険者の人って、いつ何が起こるかわからないし、お別れの挨拶もなくいなくなるなんて話も聞いたことがあるから。そういうのは、なんかイヤだな」


「だいじょうぶ、おれも基本、家でまったり派だから」


 なんか詮ない答えになっちゃったな。

 もっとなんか言わないと。


「おれはべつに冒険者みたいなものではないし、なんていうか、とても慎重なタイプだから、あまりムリはしないと思う。カンポさんの宿も居心地がよくて気に入ってるし、これからもお世話になると思うよ」


「そうなの? うれしい······」


 あの宿に地球の犬小屋とつながる抜け穴があるのだから、お世話にならないわけにはいかないもんね。


 ただ······


 うれしいと言ったあと、リナはおれにからだを寄せてきたんだ。

 ··················

 ············

 ······カチン(下腹部で虫たちがモゾモゾモゾモゾ)


 チンネンさん、石像になってますよ?  

 一家をなした名犬ならまだしも、ダサいキーホルダーの売れ残りみたいなおれが、恋にうつつを抜かしちゃっていいの?

 

 うん、これはたぶん恋なんだと思う。

 ジーコの脳にある辞書の「こい」の項目には、しっかりそう書いてあるもん(「鯉」じゃないよ)。

 もう認めちまおう。

 ああそうさ、おれはリナを意識している。

 これはもう、どーしょーもない。

 あとはこの心の動きと、素直に向き合っていくだけか。

 

 そこで背後から気配がした。


「おたのしみのところ申し訳ないけど、行きましょうか」


 胸毛ぼうぼうの所長さんが立っていた。

 

 そうだね、だいぶゆっくりしちゃったもんね。

 そしてそろそろ本格的に、キングの娘さん探しを再開しないとな。

 

 チャウ丸とシャムりんも旅をする気満々だし、タンニシから連れてきた魔動物のサワラのことも気になるし。

 

 おれはリナと並んで、先を歩く所長さんのあとをついていったわけだ。


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